表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後継〜神皇帝新記 第二章  作者: れんおう
37/39

『35』

『35』

 王君の名にかけて--アツンドがそう宣して始まった反逆組織に関する調査だったが、その進捗は捗々しくなかった。

 右政武代補佐のジョーザ・グイバとその部下、及びゼロン・サニールが反逆組織に属していた証は次々と見つかった。それらは必要以上の量とも言え、何かしら意図的なものすら感じられた。現に、明らかになった反逆者から先へは何一つ繋がっておらず、全容どころか端緒すら掴めていなかった。

 ならば、当人たちから話を聞いて口を割らせるのが常套であるが、それも困難を極めた。ジョーザ以外の者は死亡しており、最早この世にいない。

 そしてジョーザは、生きてはいるものの、会話すらままならない状態だった。地下牢に入れられた当初は活力もあり、ひとしきり暴れ叫んでは疲れて眠るという一連を繰り返していた。

 しかしながら、ここ数日は人が変わったかのようで、牢の隅に蹲り、顔すら上げなかった。小刻みに震えている様は、何かに怯えているようだった。いずれの姿も狂人の類と括れたが、動きすらなく、言葉すら発しない今の方が、証言者としてはより絶望的であった。

 さらにジョーザに関しては、自室から犯行の計画を記した書面が見つかっている。具体的な記述に乏しい計画書は稚拙極まりなかったが、端々に王君やその一族、或いは王宮への恨み言が書き殴られてあった。それらは、字体の粗さも相まって、見る者にジョーザの狂気に対する恐怖を増幅させた。

 「ジョーザさんが記したというこの計画書だけど、こうした字体には悍ましさすら感じる人が多いだろうね。ただ、これ見よがしって言うのかな、感情の赴くままっていうよりは作為的な側面がある気がする。王君や王宮を良く思っていないのは間違いないんだけど、何だろう……そう、作られた狂気みたいな表現がしっくりくるかな」

 ミーシャルールは眉間を指で摘んでから視線をやや上方へ向けた。頷く者が多いのは、ミーシャルールの見立てが的外れではないことを物語った。ミーシャルールをはじめ、タクーヌ、ルネル、デルソフィアの四人はキーオンの自室を訪れていた。キーオンの居室にはシザサーもおり、調査によって発見されたジョーザが記したとされる計画書を見せるために四人を招いた格好だ。

 「とすると、誰か別の奴がこれを書いたってことになるけど……それはやっぱりあたし達が探してる黒幕がいるってことになる」

 ルネルは、計画書が置かれた木机を指で叩いた。六人は、計画書が置かれた木机を取り囲むように立っていた。

 「同感だ。だが…」そこで口籠もり、キーオンは計画書へと視線を落とした。

 「この計画書からも、黒幕を辿ることは出来ない」

 キーオンの続きをミーシャルールが引き取って言った。

 「その通りです」短い一言を発した後、口を真一文字に結んだキーオンからは口惜しさが滲んでいた。

 今回の一連の事件には黒幕が存在し、それが右政武代のノールン・ヒレイレなのではないかという可能性を知る者だけで調査を進めていたが、未だにノールンへと繋がる手掛かりは何一つ掴めていなかった。仮にノールンが黒幕であるならば、王宮が全力を挙げて調べても、その端緒すら掴ませない組織と繋がっていることとなり、かつノールンの地位や立場を鑑みれば、組織の中枢にいることが容易に想像できた。限られた人員での限られた調査では限界があるのは自明で、遅滞する調査への焦燥が、王宮を挙げて調査すべきとの思いを惹起するが、この点についてはシザサーが首を縦に振らなかった。

 その一方で、全てがノールンの思惑通りに進んだわけではなかった。

 ブラウラグアの生存を確認したという話は王宮及び王国街へ瞬く間に拡散していった。民や王宮に仕える者は調査隊の働きを高く評価し、その長を担ったシザサーを讃えた。

 やはり、ブラウラグアはエイブベティス王国の誇りであったとの思いに、多くの者が改めて至ったと言えよう。この時点で、自身の血縁を王君の養子にするというノールンの願いは、ほぼ潰えたも同然だった。

 さらに追い討ちをかけたのが、まさに王君の養子となり次期王君に据えようとしていたスピネ・ワレント本人のセイトゥナ園における悪評

が、止まることを知らない時の流れのように各方面へと拡散していったことだ。

 発端は、スピネとスピネに迫る優秀な成績を収める者による些細に思われた喧嘩だったが、その裏に潜む負の連鎖を見逃さなかった者たちがいた。そうした者たちが、ここぞとばかりにスピネの本性と称して流布した内容は尾鰭も付き、真偽はともかく、聞くに耐えないほど悪辣な内容へと遷移した。裏ともいうべき顔を隠しきれず、それが露見した際の対応も魯鈍であったスピネの評価は急速に下降していった。

 そして、スピネの悪評はノールンの耳にも届いた。ノールンの対応は迅速だった。何の躊躇いもなく甥を見限ると、その地位を用いて軽罪を幾つもでっち上げ、ワレント家そのものを没落させた。名門であるワレント家を、いとも容易く没落させてしまうところに、ノールンが現状持つ権力の大きさが窺えた。

 「もう、何とかならないのかな。そんな奴をのさばらせておくなんて…」ルネルが憤り目一杯といった態で吐き捨てた。

 「悔しいけど、現状はこれ以上は望めないね。何だかんだいっても、地位によって守られてる」ルネルの憤りとは対照的に、ミーシャルールが淡々と告げた。

 「でもこっちには王太子様もいるし、それに…」

 ルネルは言葉を継がず、視線だけを動かした。自然と皆の視線もルネルを追い、この場にいる者たちの視線が一人へと集まった。ゆっくり一人ひとりの視線を受け止めると、デルソフィアは最後にルネルを見つめた。

 「心配するな、ルネル。悪が栄えることなど決して無い。右政武代にも反逆組織にも、この先必ず綻びが生まれる。そこを突けない者たちではあるまい」そこで視線をシザサーへと向け、「そうだろう、シザサー」と呼びかけた。

 「はい。王宮は……、この国は私が守ってみせます」

 力強い言葉だった。余人をもって代え難い存在であると証していた。

 王太子がこの域にもう少し早く到達していれば、恐らくノールンも含めた反逆組織の暴走は無かったかもしれない。

 一方で、王太子がこの域に達したならば、暴走を止められるかもしれない。

 そう思いながらミーシャルールはシザサーを見つめ、さらにその少し後ろに控えるキーオンを見た。そこで違和感を覚えた。

 心ここにあらず--。ミーシャルールはキーオンから、そんな印象を受けた。思い詰めている、とまではいかないが、この場にあって唯一人、皆と思考の方向性が違うといった風情だった。

 武の力量なども含め、この男はあらゆる面で底を見せていない。改めて確信したミーシャルールは、キーオンを入念に観察したい衝動に駆られたが、その鋭い感覚に触れてしまわぬよう、適度に視線を散らすよう努めた。

 キーオンは黒幕の存在を指摘し、それが右政武代のノールンではないかという考えを示した。その背景や理由の説明も的を射ていた。それをもとに我々は、黒幕の存在を明らかにするために動いてきた。現時点で成果は挙がっていない。

 ただ……ノールンが黒幕、それを前提として動いているが故に、その前提がそもそも成り立っていないならば、成果に繋げるのは不可能である。

 ミーシャルールは推し量るようキーオンに射抜くような視線を向け、気付かれるぎりぎりのところで視線を外した。

 皆の思考がノールンへ向かう中、異なる方向を見ているような先刻からの姿。

 ……黒幕はノールンではない。その可能性はあるだろうか…。無いと言い切れる筈がない。

 そこまで思い至り危うく微苦笑がこぼれそうになったミーシャルールは、下唇を噛むことで誤魔化した。

 可能性でいえば、それこそ解は無限にも等しい。恐らくキーオンは、ノールンが黒幕という筋も、ノールンではない別の誰かが黒幕という見立ても、それら全てを包含した上で仮説と検証を繰り返しているのだろう。ノールン一択で動く者とは思考の方向性が異なるのも道理である。

 それでもミーシャルールは、キーオンには意中の人物がいて、それを明らかにしたい衝動と、秘さなくてはならない理由との狭間で揺れているのだと思えてならなかった。


 ノールン・ヒレイレ--。ここ数日、この男のことを考える時にキーオンの脳裏には、もう一人の人物が絶えず浮かんでいた。

 ノールンについては、王宮の右政武代を務める男であり、その地位まで上り詰めた時点で有能な人物であることに疑いの余地は無い。さらに、国の発展を願う気持ちは誰よりも強いが、それには自身の力が不可欠であるという自負に付随した強大な野心を隠そうとはしていない。無謬であることを疑わず、権力を振りかざすことへの躊躇いは皆無。進むべき道にある障壁を手前勝手に破砕することも何ら厭わない。

 それでいて、目をかけた者へは相応の仕事や役割を与え、成果には必要以上の恩賞で応えるなど、追従してくる者への矜持の持たせ方などにも長けている。故に、下に集う者も少なくない。

 だが……。

 国を動かしていく上で必要な一翼だとは思うが、国の頂に立つべき者とは言えない。

 エイブベティス王国の頂、王君の地位は代々、チオニール家による世襲だ。世襲が絶対だとは思っていない。しかしながら、永年続いてきた世襲には永年続いた理由があり、それを蔑ろにはできない。

 人が担ってきた仕事を、果たしてきた役割を、次代に継ぐという場面は、世の中に無数と存在する。何も、王君だけに限ったことではなく、後継という観点で、親から子へという形は最も相応しい一つだと思う。

 王君の後継はチオニール家による世襲。今は、それで良いのだ。

 そうした中で、再びノールン・ヒレイレを思う。表立った動きや公式な発言はないが、王君という地位がチオニール家による世襲で代々受け継がれてきた歴史を厭悪している。

 国の中にあり国を最も想い、最も発展させることのできる才を備える者が、頂たる王君であるべき。これがノールンの考えであろう。

 そんな王君、そうした国の頂への野心を、ノールンは確かに隠してはいない。今回の一連の反逆行為が、国の頂を簒奪するのだという思いの発露といえば得心がいく。

 だが、国の発展という観点からすると、現王君を弑逆して頂に立っても王国民の支持は決して得られず、統治が不安定になった国の発展など見込めないことは、火を見るよりも明らかだ。ノールンは、そこに考えが及ばぬ無能では決してない。考えが及んだ上で実践してしまうような無法でもない。

 とすると、今回の王国或いは王宮への反逆に関しては、本当にノールンが黒幕なのであろうか。その疑義は必然で、その解は……否、となる。

 そして、否の解が導いてくる真の黒幕だと考える対象が、ここ数日、キーオンの脳裏を離れないもう一人……アルズス・ヨリトだった。

 右政武代補佐のアルズス。同じセイトゥナ園の出身で、かつ同じ政武代補佐の地位にあり、よく比肩されたが、自身よりも年少で、かつ女性でありながらその地位まで上り詰めた才には、正直戦慄することすらある。ただ、圧倒的な才ばかりが伝わるだけで、野心や国を想う気持ちなどは一切漏れ伝わってくることがなかった。

 澄んだ氷のように冷たく美しい雰囲気を纏い、その才と地位の相乗で、近寄り難い存在であることは間違いない。自身にも他者にも厳しいとされるが、特に能力の低い者は容赦なく切り捨ててしまうという。

 一方、澄んだ氷とは対照的に、内面は厚い防護壁で覆われ、その深淵を窺い知ることはできない。底知れぬという観点で言えば、ノールンを遥かに凌駕している。上長すら、その掌中に収めているのだろうか。

 「アルズス、君なのか……」

 もう何度目かになる問いかけが、キーオンの心内にこだました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ