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後継〜神皇帝新記 第二章  作者: れんおう
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『34』

『34』

 一語で表すなら精悍--そんな表情が幾つも並んでいた。

 王君アツンド及び左政武代ガルヴィと、王太子シザサー率いるブラウラグア調査隊の面々は、玉座の間で対面した。シザサー及びデルソフィア、そしてフォーディンがブラウラグアを目撃したことで、予定が変更され、調査隊全員での王宮への帰還となった。

 黒装束たちの襲撃を二度に渡って受け、必死の態でこれを退けた。その正体が同じ王宮に仕える者たちであったことを知った衝撃に激しく動揺した。仕えるべき王宮、拠り所である王国に対して謀反を起こした理由に皆目検討もつかず、憤りで身を焦がした。在りし日の姿に思いを馳せれば、朋輩であったことに偽りはなく、寂寞が心に疼痛を齎した。

 そうした果てで調査隊の面々は心身共に強くなり、精悍さをさらに増した表情に至っていた。

 一分の乱れもなく並ぶ調査隊の最前列には、シザサーが一人で立った。隊長として、全ての報告を一人で行うつもりだった。

 アツンドらと対面する前に幾らか考えた末、シザサーはまず、ガゼッタ山とナハトーク樹海の境界に設置した前線基地が黒装束を纏った一団に、二度に渡って襲撃を受けた事実を報告しようと決めていた。それに従って話を始めた。

 黒装束たちの襲撃は二度に渡り、いずれの襲撃も何とか退け、負傷した者はあったものの死者は出なかったことを報告。併せて、一度目の襲撃時には、自身が不在であったことも伝えた。

 アツンド、ガルヴィとも一様に驚きの表情を浮かべた後、お互いに顔を見合わせ、何かを企図したかのような表情となり、二人を代表してアツンドが黒装束たちの素性と襲撃の目的を問うた。

 シザサーは、黒装束たちの正体はいずれも右政武代補佐ジョーザ・グイバの部下たちであったと明かした。この答えに、アツンドとガルヴィは再び顔を見合わせた。その顔が驚愕の色に染まっていくのが誰の目にも明らかだった。

 何かある--とシザサーは悟ったが、疑問を呈したい気持ちを抑えて続けた。

 襲撃の目的については、正確にはよく分からないことを告げると、アツンドとガルヴィの表情は驚愕から怪訝なそれに変わった。それを見たシザサーは説明足らずだったことを詫び、戦いの敗北を悟った黒装束たちは、全員が自ら首を斬って自死したことを加えた。

アツンドとガルヴィの表情は再び驚愕へと傾き

、二人とも微かに肩を震わせた。

 玉座の間を沈黙が支配した。

 アツンドとガルヴィはそれぞれ黙ったまま何やら考えを巡らせているようで、シザサーをはじめとした隊員たちは、その考えが披露されるのを待つように黙した。やがて、一つ咳払いをして沈黙を破ったアツンドが、口を開いた。

 「ブッパー森林山とネノの森で事件を起こしたゼロン・サニール。そして今回の襲撃に関わったジョーザ・グイバの部下たち。此奴らは皆、繋がっているとみるのが妥当であろう」

 シザサーは深く頷き、同意する意を示した。

 「そうですね。詳細はまだ分かりかねますが、王宮あるいは王国へ反旗を翻すことに主眼を置いた行動であったと思われます。また、これらの件に直接は関わっていませんが、ジョーザ・グイバ本人も何らかの形で関与していることが濃厚です。すぐにでもジョーザから話を聞くことが必要と考えます。ジョーザの所在はすぐに把握できるのでしょうか?」

 シザサーの問いかけに、アツンドとガルヴィはすぐには応えなかった。ただ、お互いの視線を交錯させており、それは無言のままに会話を交わしているようであった。一言も言葉を発せず、ガルヴィが一つ頷いたのを見届けてから、アツンドは改めて身体をシザサーたちの方へと向けた。

 「ジョーザ・グイバは現在、王宮最下層にある牢にいる」と明かした上で、ジョーザが先日起こした王君襲撃の顛末を話した。

 小さくない騒めきが起きた。国の頂なる王君を前に、精悍さを増した精鋭たちが許しもなく声を零してしまうことが、受けた衝撃の大きさを物語っていた。

 「ということは…」全てを引き取るよう発言したシザサーの言葉で、騒めきは収束していった。

 「ジョーザ及び彼の部下、そしてゼロンは何か一つの組織に属していたと考えるべきでしょう。王宮の、それも中枢の近くに仕える者まで含まれている組織となると、かなり大きな規模

が想定されますが、恐らくここにいる誰もがその存在を知らなかった。その事実に最も憂慮いたしております。

 さらに、ブッパー森林山とネノの森の事件にも言及させていただければ、犯行を自白したゼロンの遺書の発見によって、二件ともゼロンの手によるものと結論付けられましたが、正直な話、違和感を拭えませんでした。彼の力を過小に評価しているわけではありませんが、日頃の

彼、そして調査隊としての彼などを総じて見れば、分不相応の一語に尽きました。ゼロンひとりの手に負える案件ではない、と。

 しかしながら、ゼロンの背後、あるいは横並びにジョーザやその部下たちもいたと思えば、得心がいきます。一連の事件は、王宮、王国への反逆ということで括れ、それを主導する組織の存在を示唆しております」

 淀みなくシザサーは話を展開し、その場にいた者は皆、聞き入った。

 アツンドは一つ大きく頷くと、「見事な考察だ」と言い、目を細めた。その上で、「王宮、或いは王国へ反逆する組織の存在を許すわけにはいかぬ。ご先代たちにも顔向けができぬ。これは、第十九代王君の名にかけて、全てを白日の元に晒してみせる」と強い口調で断言した。

 王君が宣したことで、王宮を挙げての調査が始まることになる。早晩、組織の全容は明らかになる可能性が高い。

 それでもシザサーは一抹の不安を感じていた。仮に、王宮の全力をもってしても明らかにできなければ、相手は王宮以上の存在、或いは王宮の全勢力でも凌駕できない能力を有していることになる。そうなれば、王宮だけでは最早手に負えない。

 暗い未来予測に心が締め付けられる中、光明ともいうべき姿がシザサーの脳裏を過ぎった。デルソフィア・デフィーキル。

 崩壊する世界を救い、新たに民を先導する者になると言った神皇帝皇子。必要であるならば、神皇帝の座を簒奪することも厭わないと言い切った。幼児の戯れ言とは訳が違う。どれ程の覚悟と責任を背負い込んでいるのだろうか。

 先日、横並びで立った際、背丈がさほど変わらないことに気付いて少し驚いた。気になる存在感ゆえに、本来よりも遥かに大きく見えていたようだ。そのことを思い出し苦笑を浮かべそうになったが、何とか堪え、そして一人得心した。

 だから、二人は出会ったのだ、と。


 多くの者が緊張感と共に黙する中、その雰囲気を作り出した張本人であるアツンドが話題を変えた。

 「さて、事態は急を要するようだが、その前に、成し遂げた成果はきちんと評価しなければならん」とし、ブラウラグアの生存を確認した今回の調査隊の成果を讃えた。

 さらに、「調査は継続し、出来得るならば、再び繁殖させたい」との考えを示した。

 「それは素晴らしいことです」と応じたシザサーは、続けて、調査隊隊長をフォーディンに譲りたい旨を申し出た。

 理由を問う父に、シザサーは毅然と答えた。

 「調査隊には今後も関わり続けます。再びの繁殖を考えた場合、私の生涯をかける程の一大案件です。最後までやり抜きたい。その一方で、私はエイブベティス王国の王太子です。王太子として他にもやらなくてはならないことがあり、調査隊に長として関わるのは不誠実と考えます。

 だから、調査隊の長は、私の信頼できる仲間に託したい。それが、フォーディンであります」


 自室に戻ったシザサーは、ミハエに用事を言いつけ、ひとりになった。窓際に置かれた長椅子の中央に腰を下ろし、一つ息を吐いた。

 先刻の話の中でシザサーは、キーオンが口にして調査隊で共有した疑惑、更なる黒幕としてのノールン・ヒレイレの存在については口にしなかった。確証は何一つなく、仮に王宮をあげて調査に乗り出した結果で何も掴めなかった場合、「間違いでした」では済まない。相応の混乱は避けられず、王太子支持派、不支持派が敢然と存在している現状では、下手をすれば国を分かつことにもなりかねない。

 それが、これまで見事に国を治めてきた父にどれ程の迷惑を及ぼすことになるか、想像するに難くない。それらを鑑み、シザサーはノールンへの疑惑を口にしなかったわけだが、あの場でこちら側にいた誰もが、その気持ちを察してくれたようだ。

 ただ父は、王君という言葉を用いて、反逆組織の調査に注力する旨を宣言した。

 かたや、反逆組織の規模は決して小さくないだろうという疑念は確信に変わりつつあった。そんな組織が、王宮による調査を黙って見ている筈がない。王太子が長を務めていた調査隊、さらには王君にまで刺客を放ったのである。

 仮に目的が王宮の、或いは王国統治の簒奪であるならば、王君や王太子を亡き者にするのはかなり効果的だ。特に、王君という重しを失ってしまえば、王国及び王宮は、その治安をはじめ乱れに乱れることになるだろうそうなれば、国の崩壊は早く、反逆組織がその機を逃すはずがない。

 「そうはさせない」シザサーは独りごちた。

 起きてもいない事柄を並べ立て、未来を不安で彩ることが、いかに無為であるか。

 未来を語るなら、希望を描け。

 それが出来ないのなら、今を懸命に生きろ。

 そうした"今"の積み重ねで未来は創られていくのだから。

 シザサーは、長椅子から立ち上がっていた。

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