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後継〜神皇帝新記 第二章  作者: れんおう
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『31』

『31』

 明らかに前回とは違うことを、デルソフィアは感じ取っていた。隠そうとしない殺気という点では同じだったが、その質が大きく異なっている。命というものを顧みる気持ちが微塵もない、人の在り様を捨てた者だけが放つ、狂殺気とでも呼ぶべきものが、ひしひしと伝わってきていた。

 この数日で、黒装束たちに何があったのか。ここまで人の質を変える、仮にそれが人の手によるものならば、恐らく今回の黒幕であろうその者は、その善悪は別にして、類い稀な能力の持ち主だ。

 先導者として人を導くことを考えると、皆が画一的に同じ方向を向いていれば、事は成しやすい。なれば、皆をそうした形へと洗脳等してしまうことが出来れば、先導者としての道程は楽になるだろう。

 だが、人には個性がある。その個が集まり、家族、一族、街、国、大陸、世界というように、様々な集合体が形成されている。

 個や個性を良く思わない者たちが、一定数存在していることは理解しているが、個性を持った様々な人の在り様が、いかに素晴らしいことか。それは、世界の全てを見聞したわけではない現時点においてもよく分かる。

 個性を消失させ、画一的に同じ方向へ進ませることは、デルソフィアが描く先導者からは大きく逸脱している。個性を活かし尊重しながら、国があり、世界が動く。

 そこでは例えば、何か問題を抱えても、それを解決するように懸命に努めれば、再び幸福へと歩みを進めることが出来る。一人で解決できない問題ならば、周囲が協力する。周囲の協力を得た者は、また別の者に協力する。そうした連鎖が世界中のあちこちで起きている。

 またそんな世界には、不平等に人の上に立つ者はいらない。理不尽に人の下に仕える者も必要ない。誰かの長所が誰かの短所を補完する。悲しみの次には喜びが、怒りの次には楽しみが必ず巡ってくる。

 そんなことが当たり前である世界の創造。それが自身の使命だと思っている。その使命のために再び剣を振るう。それが正義だとは微塵も感じない。だが、躊躇いもない。使命のために悪辣となることを厭わない。己が手を血に染めても構わない。

 今を生きる者たちが、諦めや不条理な辛苦から解放されるように。そして、未来に生きる者たちが、心底から笑えるように。

 「さあ、行こう」

 デルソフィアは剣を手に、仲間たちのもとに向かった。


 調査隊の全隊員が前線基地の食堂に集まっていた。怪我がだいぶ癒えたフォーディンも、調査隊に合流したシザサー、ミハエの姿もある。

 集まった皆の士気の高さを、キーオンは感じ取っていた。その訳は幾つかあろうが、最大の要因にキーオンの視線は注がれた。シザサーである。

 王太子と戦いを共にするということは、平時の続く現在ではほぼ起こり得ない事態だと言える。そんな稀有な経験の只中にいるという自覚が、多くの隊員たちの気持ちを奮わせているのだ。同時に、選ばれた者という意識も芽生えているのだろう。

 それら自体は何ら悪いことではない。前回の戦いを経験したとはいえ、黒装束たちと隊員たちの力の差は敢然と存在しているのだ。

 戦いの勝利は確信しているが、隊員たちから死傷者を一人も出さないとは保証できない。だからこそ、戦いにおいて彼我の実力差がある場合に、それを埋めることに繋がる士気の高まりは願ってもいないことだった。

 憂いがあるのは別の点だ。

 シザサーを守りながらの戦いになること。それは当然のことであったが、シザサーを守りながら、かつ勝利を確定的なものにするには、封印している業を解く必要があるかもしれない。気付く者はいないと思うが、それも絶対とは言いきれない。それ以上に、あの業をシザサーの前に晒したくはなかった。

 「王太子の存在が気掛かりだと?」

 皆の注目がシザサーに集まる中、キーオンの右隣に立ったデルソフィアは囁くように問いかけた。キーオンの心内を見通したような問いだったが、他の者には聞こえていない。キーオンが即座に言葉を返せずに黙していることを、デルソフィアは肯定と捉えたようだ。

 「襲撃の事実を知った後、王太子…殿下はここを離れることも出来た筈だ。しかし、そうはされなかった。この地にあり我らと共に戦うのだと覚悟されたのだと思う。その覚悟は、誰よりも真っ先に貴方が受け止めるべきなのではないか」

 デルソフィアの言葉は、変わらず囁く程度だったが、キーオンの耳朶を強く打った。大声で一喝されたように響いた。

 憂いの真髄までは見抜いていないだろうが、指摘は正鵠を射ている。王太子という立場は、いかなる時も護られて然るべきだ。だが、それを枷や憂いと結び付けることは、護られる側の矜持を冒すことにもなりかねない。ましてや、先日、その成長を目の当たりにし、欣喜雀躍したばかりではないか。護るべき存在には違いないが、そのことを憂う必要などなかったのだ。

 「まったくもって、その通り」

 キーオンはデルソフィアとは対照的に声を抑えなかった。その声に気付き、幾人かが視線を寄越したが、特段声を掛けてくる者はいなかった。

 キーオンはシザサーへと視線を向けた。その眼差しから憂いの色は消え、共闘の意志が漲っていた。


 戦いのはじまりは今回、黒装束たちによってもたらされた。それは、様子見など微塵もない、全戦力による総攻撃だった。

 調査隊も全戦力で迎え撃った。フォーディン、ミハエ、そしてシザサーさえも武具を手にしている。そのシザサーの前にはキーオンが、その全てを護るとの意志を四方へ発するように立った。

 黒装束たちの攻撃に容赦はなかった。明確な殺意を伴い、急所を狙ってくる。躊躇いのないその攻撃に、開戦当初、調査隊の面々はやや劣勢となった。

 黒装束たちが纏う雰囲気に気遅れしているわけではなかったが、敵を退けることに主眼を置いた調査隊との差が現れた格好だ。多くの隊員が攻撃を受け凌ぐことに終始していた。

 そんな劣勢を押し戻したのは、またしてもタクーヌ、ルネル、デルソフィアの武だった。この三人、特にタクーヌとルネルの力量が突出していることは、戦いの素人であるシザサーの目にも明らかだった。

 タクーヌの強さは問答無用だった。敵の攻撃は何一つ奏功せず、彼の長剣による剣戟は確実に敵の力を削いでいった。驚愕に値するのは、タクーヌが明らかに全力を出していないように見える点だ。仮にも王宮の精鋭で構成された隊員を凌ぐ力を示す者たちを相手に、相当の実力差がなければ適わぬ壮挙をなしている。

 どうすれば人はここまで強くなれるのだろう--。タクーヌを追うシザサーの眼差しには、羨望、憧憬、そして嫉妬など、幾つもの感情が織り混ざっていた。

 ルネルの戦いは、素人目にもその美しさが理解できた。一見、無駄が多いようにも見える動きだが、流麗でもあり、捉えどころが無い。タクーヌとは異なり、剣筋を目で追うことは容易ではなく、敵の防御姿勢、後退といった結果のみが視界に広がっていった。

 女の身でありながら、これ程の武を身に付けるのに、一体どのくらいの修練を重ねたのだろうか。一朝一夕である筈がない。才能の一語で片付けてしまって良いものでもない。心底から尊敬の念を抱いた。男女の別などなく、弛まぬ努力の成果を示せる者として素直に敬意を表した。

 「デル…」

 思わず声が漏れた。自身とそう歳の変わらない少年が、平然と戦っている姿に感嘆した故のことだった。

 彼には出会った当初から只者ならぬ何かを感じた。その引き寄せられる感覚に戸惑いを覚えたりもした。彼とは、何か繋がるもの、何か通ずるものがある--。芽生えた思いは消失することなく、今なお心内に蟠踞している。

 それらの解として一つ思い至ったことがある。だが、軽々に口にしたり、質したりすることができない内容であるため、まだ誰にも話していなかった。戦う姿というよりも、姿そのものを追う中で、「デル、貴方は何者なのだ……」と、再び言葉が零れた。

 その時だった。

 デルソフィアの近くで戦っていた隊員の剣が黒装束にいなされ、背を向けていたデルソフィアの方へと流れた。

 「危ないっ」

 シザサーが発した叫び声と、それはほぼ同時だった。何者かがデルソフィアに覆い被さるように、その身を挺した。

 流れた隊員の剣は、何者かの肩甲骨あたりを突く格好になった。隊員はそれが味方であることを悟り、慌てて剣を引いた。刃には赤い血が付着していた。

 デルソフィアを庇った何者かは膝をついた。庇われた形になったデルソフィアがその者の両肩を支え、叫んだ。その声がシザサーのもとにも届いた。

 デルソフィアを庇ったのはミーシャルールだった。その横顔がシザサーにも見えた。どうやら重傷ではないようだ。

 即座にタクーヌとルネルが、ミーシャルールを守るように布陣した。負傷した上長に対し、これらは当然の行動と言えた。

 シザサーの琴線に引っかかったのは、むしろミーシャルール自身の行動だった。

 ミーシャルールがランスオブ大聖堂の十官であると聞いていた。皇国及び四つの王国からは独立した存在であるランスオブ大聖堂をはじめとするポリターノ諸島であるが、同大聖堂十官の身分は決して低くはない。それは、ミーシャルール負傷後のタクーヌやルネルの行動からも明らかだ。そのミーシャルールが、身を挺してまで護る存在。

 もちろん、身分の上下に忖度することなく、他者のために動ける存在があることを認めている。ランスオブ大聖堂から来たという四人をはじめ、調査隊の隊員たちは皆、そうした性根の持ち主だと思っている。

 それでも、これまで抱いてきた感覚と、目の当たりにしたミーシャルールの行動が相まると、一つの解に辿り着く。

 その身分の高さを確信し、先刻と同じ言葉が口をついた。

 「デル、貴方は何者なのだ……」


 ミーシャルールが負傷した後、僅かな時間で戦いの大勢はほぼ決した。

 自ら制御していた力を解放したタクーヌ。動きや力がさらに一段階上がったルネル。結果的には、この二人の武が調査隊の勝利を確実なものにしたと言えるが、二人の武に導かれてデルソフィアをはじめ他の隊員たちが奮闘し、当初は殺意の有無によって生じた差を埋める、或いは凌駕していった。殺意を伴った攻撃でも殺すことのできない事実に、黒装束たちの心内が焦燥感で満たされていったことも、大きく影響した。

 敗北を悟った黒装束たちは、その時点で皆が一様に調査隊の面々から距離を取った位置まで退いた。隊列を組むわけでもなく、そこここに散った黒装束たちの中で、中央辺りにいた一人が右手に持った剣を高々と掲げた。それは降参の意思表示にも見えたが、そうではなかった。

 その黒装束は、高く掲げた剣を首元に当てると、自ら首を切った。ほぼ同時に、真っ赤な鮮血が噴き出した。

 それを合図にしたかのように、他の黒装束たちも同様の行動に出た。真っ赤な鮮血が幾つも噴き上がり舞った。それはあまりに鮮やかに映えた深紅で、場違い極まりなかったが、美しい華の群のようにさえ見えた。

 調査隊の面々、さしものミーシャルールやキーオンですら、目の当たりにした光景に絶句していた。そんな中、唯一人、言葉を発した者がいた。

 「何故だっ」

 デルソフィアの裂帛の叫びとも言える激昂が、辺りに響いた。

 「お前たちが何者なのかは、まだよく知らぬ。今回与えられた任務を遂行できなかったことも解る。だが、自ら命を断つことが、いかに愚かな過ちであることか…。お前たちの任務遂行に立ちはだかった一翼である俺が言うのは御門違いだが、諦めずに再起を図る選択が何故できなかったのだ」

 デルソフィアの声は震えていた。それが怒りによるものなのか、悲しみによるものなのか判別できなかったが、握り締める拳から零れた赤い一筋が、抱いた感情の大きさを示していた。

 それ以降、しばらくの間、誰も言葉を発せずに立ち尽くしていたが、降り出した雨をきっかけにしたかのように、キーオンが動いた。倒れた黒装束の一人に近づくと、数秒手を合わせた後、その顔や頭部を覆った頭巾を剥いだ。

 キーオンは一瞬、目を見開いたが、すぐに感情を隠すように無表情となった。それが何者であるか分かったようだ。

 隊員たちが、一人二人とキーオンの周囲へと歩んでいく。倒れた黒装束の顔を確認したその表情は、キーオンとは対照的に驚愕の色に染まっていった。唇を噛み締める者、首を左右に振る者など様々だ。

 デルソフィアやミーシャルールたち四人は一番最後にキーオンのもとへと進んだ。露わになった顔貌に、もちろん見覚えはなかった。

 「一体、誰なんだい?」ミーシャルールが誰ともなく訊いた。

 「……王宮の…右政武代補佐のひとり、ジョーザ・グイバ様の部下の者です」一瞬の沈黙の後、ミーシャルールの最も近くにいたテレが応えた。

 「こちらも同じです」近くに倒れていた別の黒装束の頭巾を剥いだ隊員が口にした。

 「こちらも…」

 「この者も同じ…」

 次々と報告が挙がった。結果、ジョーザ本人はいなかったが、黒装束たちは全て、ジョーザの部下の者たちだった。

 隊員たちはもちろん、正体が明らかになった黒装束たちに面識がないミーシャルールたちも沈黙していた。沈黙の長さが、隊員たちの受けた衝撃の深さを物語っていたが、それは唐突に破られた。

 「貴方の想定した相手でしたか?」

 デルソフィアはキーオンの背に向かって問うた。振り返ったキーオンは、変わらずに無表情のままだった。

 一瞬、何かを言いかけたが、再び口を噤んだ。無表情のキーオンの顔に降り注ぐ雨が、涙のように滴った。


 ブラウラグア調査隊の前線基地が、黒装束たちに襲撃される少し前、夜明け間近にそれは起きた。

 既に起床し、朝食前に幾つかの執務を行うべく、王君アツンドが自身の居室を出て玉座の間に向かっていた。予定の刻限よりも早かったため、アツンドの周りに護衛者の姿はなく、一人だった。

 従来通り、玉座の間の扉前に立哨する衛兵の姿はなかった。だが、玉座の間の扉を見通せるところまで来た時、アツンドはそれを目にした。本来なら誰も立っていない筈の扉前に人の姿がある。

 その者もアツンドに気が付いたようで、歩み出した。その姿を見て、アツンドは眉根を寄せ怪訝な表情を露わにした。左右に揺れ、ふらつきながら歩む様は、明らかに常軌から逸脱していた。

 怪訝な表情のアツンドの目がさらに見開かれた。その要因は二つあった。

 一つは、その者の右手に短剣が握られているのを認めたからだった。そしてもう一つは、その者がよく知っている者だったからだ。

 「ジョーザ・グイバ、私に何用か?」

 アツンドは、よく通る声で質した。頂にある者からの問い掛けにも、右政武代補佐のジョーザが歩みを止める気配はなく、ゆらゆらと近づいてくる。

 表情の詳細が明らかになると、焦点の合っていない目、口角から溢れる涎など、狂人であることを疑う余地が無い有り様だった。

 「一体、何が起きている…」

 アツンドがそう零した次の瞬間、ジョーザの動きが激変した。その動きは、それまでの歩みからは想像もできないほど迅速で、攻撃の意図も明確な顔へと変わっていた。

 避けられぬ--アツンドはそう思い、反射的に目を瞑っていた。痛み、衝撃といった類を覚悟したが、意に反してそれはやって来ず、大きな物音だけが響いた。

 アツンドが目を開くと、眼前にジョーザの姿はなく、別の者の姿があった。まさに絶世独立な姿で、亜麻色の瞳が凛々しく輝き、射抜くような眼差しを向けている。

 ジョーザと同じく右政武代補佐を務めるアルズス・ヨリトだった。そしてジョーザは、アルズスの足下に転がり、微動だにすることもなかった。

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