『2』
『2』
エイブベティス大陸には、未だに一つの伝説が伝わっている。もはや神話の域に達しているとも言えるのだが、神獣ブラウラグアが棲息しているという話だ。
ブラウラグアについて、記された書物は数知れず、また、巧拙問わずその姿が絵画等として無数に遺されている。絵画の中で正確なものがどれかは定かではないが、共通した特徴は幾つか見られる。
例えば、前頭部からは一本の長く立派な角が生えていること。或いは、翼を広げた絵画も多いことから翼を持っていたことなど。また、体長は多くの絵画から人と同等程度であることが推察されていた。
一方で、体色など一概には定められないものもある。
実際、黒や茶が多いものの、中には灰色や紺色、深緑色といった色味で描かれた絵画も少なくない。従って、様々な体色をしていたという推察も成り立っていた。
だが、これらを確かめる術は最早無いと言われている。
神話はあくまで神話。
神獣ブラウラグアは既に絶滅したとの見方が大勢だった。
それでも、太古まで遡れば、ブラウラグアは五大陸のいずれにも棲息していたとされる。それが、神話の域とはいえエイブベティス大陸だけには現在でもなお棲息しているという話が伝わっているのには、相応の理由がある。
他の四大陸とは異なり、ブラウラグアの眷属とされてきたエルユウグが、近年においても確認されているからだ。といっても、エルユウグも今や絶滅に近しい種と指摘されている。
ブラウラグアとは異なり、エルユウグには前頭部の左右からそれぞれ一本ずつ太く短い角が生えている。この角を砕き、煎じて出来た薬が多くの病に効果を発揮した。
また、様々な嗜好品として加工され、富める者がその象徴として収集に走った。
結果、乱獲され、その数は瞬く間に激減。広大な土地と豊かな自然が防壁となったエイブベティス大陸を除く四大陸からは姿を消した。
エルユウグにとって最後の砦となったエイブベティス大陸。当然、エイブベティス王国も無策だったわけではない。
王国を統治する王宮は、エルユウグの狩りを基本的に禁止し、王宮が認めた者にだけ、その資格を与えた。違反した者は、無期限の配流という厳罰に処された。
ただ、狩りそのものを全面的に禁止しなかった背景には、エルユウグの角から精製される薬の存在があり、必要最低限の量は確保するという形は残した。病に苦しむ民へ向かう思いと、激減していくエルユウグへ向かう思い。その二つを天秤にかけ、苦渋の末に王君アツンドが到達した決断だった。
それでも、エルユウグの激減に歯止めはかからなかった。
エルユウグにとって防壁となった広大な土地や豊かな自然はその一方で、密猟を行う者には益となり、取締る者には不益となった。
エルユウグの角から精製される薬と同程度、或いはそれ以上の効能効果を示す薬が世界各地で生み出されるようになっていたにもかかわらず、密猟は止まなかった。富の象徴となった加工品を求める人間の欲望は、消えなかったのだ。
いよいよ、エルユウグにおいても絶滅という時が迫る中、王宮に出来ることは、公式に与えていた狩りの資格を無くすことくらいだった。また一つ、伝統を受け継いできた職が、時代の波に飲み込まれていった。