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後継〜神皇帝新記 第二章  作者: れんおう
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『27』

『27』

 フォーディンが白の乱舞の只中にいた頃、ナハトーク樹海とガゼッタ山の境に設営された新たな前線基地にも異変が起きていた。

 人、それも相当な数の人の気配を前線基地の外から感じ、デルソフィアは寝床から出た。雑魚寝の大部屋でまだ眠りの中にいる者もいるようだが、ひとまず他者を起こさぬようにそっとした足取りで食堂として使用している部屋まで行くと、既に数人が集まっていた。

 キーオン、ミーシャルール、タクーヌ、ルネルなどの姿があった。タクーヌをはじめとする補給担当は、つい先日、こちらに物資を運んできたばかりであり、休息のためにまだ前線基地に留まっていた。デルソフィアにとって想定内の顔触れと言えたが、唯一、フォーディンの姿は認められなかった。

 「これは、囲まれてるね」ミーシャルールの口調は常と変わらず飄々としていた。

 「そのようです」応えるキーオンも落ち着き払っているように見える。

 「闘気…というよりは殺気をこれだけあからさまに放ってるんだから、寝込みを襲うってつもりでもないようだね。予定より早く着いちゃったって感じかな」と再びミーシャルール。

 「ほんとに。もう少しゆっくり来てくれれば良いのに」ルネルはデルソフィアに向かって片目を瞑ってみせた。

 油断ではなく、確固たる自信に裏打ちされた余裕。明らかな非常事態を前にしても、この場にいる者からは、そのように感じられた。というデルソフィアも、緊張や恐怖といったものは特段感じていなかった。

 「囲まれてますっ」

 慌てて食堂へ駆け込んできたのは、旧第二班の副班長だったテレだ。血相を変えていたテレの顔だったが、落ち着いた者たちを前にし、次第に恥じらいを伴った赤面へと変わっていった。そんなテレにキーオンは、まだ眠っている者たちを起こしてくるよう命じた。

 「慌てなくていい。そのくらいの時間は十分にある。夜襲は夜襲なのだが、正面から堂々と来るようだ。よほど腕に自信がある者たちなんだろう」と言い添えた。

 その言い方が、デルソフィアには少し引っかかった。どうやらキーオンには、相手に心当たりがあるようだ。

 テレが食堂を出て行くのを見送ると、キーオンはデルソフィア達の方へ向き直った。

 「貴方たち四人の素性は知らないらしい。それ故の自信なのだろうが、運が悪い。まあ、悪人に天運が傾くはずもないのだから、これは当然の帰結です」

 「あなたは、この相手に心当たりがあるのではないか?」デルソフィアは先程来感じていることを口にした。

 「それはどうだろう。相対してみれば分かるかもしれない。まあ、貴方たちには言わずもがなだろうが、油断はしない方がいいな。この地に来られるというだけで、只者ではない者の集まりだろうからな」

 やはり、分かっている--。キーオンの受け答えから、デルソフィアはそう感じた。

 テレの導きによって、眠っていた隊員たちが続々と食堂に集まってきた。その数、三十人弱。皆、その表情には不安が滲んでいる。精鋭揃いの調査隊であったが、実戦経験者はほぼ皆無であろう。

 バルマドリー皇国が世界を統べ、その下で王国が各大陸を治める。その体制が整って以降、表立った大きな争いは、一度も起きていない。かつては、小競り合い程度の争いはあったが、それも近年は無いに等しいとされている。

 故に、各国とも軍は存在し訓練を重ねてはいるものの、あくまで訓練は訓練であり、実戦経験者は極めて少ない。闇や裏で暗躍する者、あるいは皇宮や王宮にはかかわらず、市中などで活動する者の方がよほど実戦に近い経験を積んでいることが多かった。

 あくまでも調査隊の態で設営された前線基地を、殺気をもって取り囲む者たち。普段より闇や裏で暗躍する者に違いない。恐らく実戦の経験も踏んでいる者たちだろう。

 一方の調査隊は王宮に仕える者たち。厳しい訓練は積んでいるが、実戦でどれだけ動けるか等は不透明と言わざるを得ない。

 それなのに何故、キーオンから余裕が感じられるのか。

 一つはミーシャルールを筆頭にした四人の存在。先日、ルネルから感じ取った戦士としての質の高さ。タクーヌはルネル以上だというし、ミーシャルールもデルもルネルと同等か、それに近い実力を備えているだろう、とキーオンは読んでいた。

 もう一つは、キーオン自身の存在。かつて経験したあの一年が、非常事態の只中にあってもキーオンに絶対の自信を齎していた。

 「フォーディンさんの姿が見当たりません」

 そう報告するテレの声は、緊張でやや掠れていた。騒めきが起きた。

 無理もない、とデルソフィアは思った。非常事態に際して所在不明な者がいる。今、この地を取り囲んでいる者たちはフォーディンが導いたのではないか--そう結びつけても何らおかしくない。

 だが、それはないとデルソフィアは確信していた。ブラウラグア調査と向き合うフォーディンの目に宿る真摯を目の当たりにしている。あの目をしているフォーディンが、調査を蔑ろにする愚に加担している筈がない。大方、通常の調査時間だけではなく、自らの睡眠時間を削って調査に充てているのだろう。

 これらの考えを伝えようとしたが、その必要はなかった。ほぼ同じ考えを、ミーシャルールが口にし、キーオンがそれに同調したからだ。

 そうした態度をキーオンが取ったことで、調査隊の面々は納得の表情となった。加えて、フォーディンが裏切り者ではないという思いが安堵となり、緊張を和らげてもいた。

 「さて、行こうか」まるで散策にでも出るような柔らかさでキーオンが先導していく。

 時と場合によりそうなキーオンの挙措動作だったが、今回は奏功した。緊張感を和らげた隊員たちの顔に闘志が漲り始めていた。

 前線基地の外は闇に染まっていた。幾人かが自主的に動き、簡易的な燭台に火を灯した。この時点でも敵は襲撃してこなかった。

 辺りが見通せるようになったが、敵の姿は見えない。火の灯りが届かない場所に潜んでいるのだろう。キーオンやルネルは、気配から同数程度の人数を想定していた。

 「そのまま潜んでいるだけか?夜が明ければ、もっと遠くまで見通せるぞ」

 キーオンの声が響いた。それを合図にしたかのように、ひとり、ふたり、そして続々と敵が姿を現した。

 目以外を覆った黒頭巾によって顔も表情もまったく確認できない。衣服は黒装束で統一されている。人数は三十程度。

 実際の敵を目の当たりにしても、デルソフィアは落ち着いていた。ルネルと重ねた稽古、さらにはかつてハーネスと繰り返してきた鍛錬の日々。稽古や訓練と実戦が違うことは百も承知だが、要は積み上げてきたものを実戦の場で発揮できるかどうか。

 その自信が紛れもなくあった。根拠となるのは、ルネル、ハーネスという尤物を前に、刻んできた日々の確かな記憶だ。

 偉大なるヌクレシアから託された、崩壊へ向かう世界の救済。母が願う、世界を先導する者への到達。

 その過程において、争いなど無いに越したことはない。だが、未来を見据えて、必要ならば剣を振るうことに躊躇いはない。

 改めて自身の覚悟に触れたデルソフィアは、背負った剣の柄に手をかけた。

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