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後継〜神皇帝新記 第二章  作者: れんおう
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『16』

『16』

 エイブベティス王宮の大きさは、バルマドリー皇宮のそれと比べるべくもなかったが、白の石造りで統一された拵えは洗練されて見えた。それは中も同様で、無駄に豪華絢爛を誇る皇宮よりも遥かに好感が持て、他国における象徴とも言うべき王宮の中をデルソフィアは初めて歩いていた。

 この日、王宮の一階にある広間に、ブラウラグアに関する調査隊に名を連ねた面々が集められた。

 デルソフィアたち四人が広間に入ると、既に多くの者が入室していた。キーオンと王太子の姿はまだなかったが、その数およそ三十。皆、同じような衣服を身に纏っており、王宮において王太子に仕える者やキーオンの部下であることが想定された。

 彼らは、明らかに余所者である態で入室してきた四人に、警戒の色を隠さない視線を向けてきた。

 「いやぁ、どうもどうも。今回、キーオンさんのご厚意で隊の末端に加えさせてもらうことになった、私、ミーシャルール・ユウリとその部下たちです」そんな視線などまるで意に介さないミーシャルールの挨拶が、広間内に響いた。

 もう慣れたとばかりにデルソフィアも平然としていたが、それはルネルとタクーヌも同様だった。恐らくあのキーオンが招集した者たちであり、精鋭揃いなのだろうが、稽古で対峙しているルネルを凌駕する圧を感じることはなかった。

 デルソフィア自身も気付いていなかったが、そんなルネルと稽古を重ねることでデルソフィアも急激に練度を上げており、只人ならぬ領域に足を踏み入れつつあったのだ。

 デルソフィアは再び、集まっている隊員たちへ次々と視線を送ったが、目的の人物は見当たらなかった。無言のままルネルを見遣ると、同じことを考えていたのか、小さく両腕を広げ、首を傾げた。

 フォーディン、調査隊に加わる気はないのか。

 そう考えてから、デルソフィアは微苦笑を浮かべ、それを悟られぬように俯き、眉間を左手で摘んだ。間違いなく来る--心を掘り下げれば、自身の確信に揺らぎは無かった。

 その時だった。広間の扉が開くと、キーオンが姿を現し、続いて王太子シザサーが女性を一人伴って入室してきた。それと同時に三十人が素早く整列すると、背筋を伸ばした。隊列の最後尾にデルソフィアたちも付いた。

 王太子の姿は、先日、北門で目にして以来、二度目だったが、あの時よりも何やら縮こまっているように見えた。

 鳥籠の中の鳥。飛べる羽を持っているのに、その籠の扉は開いているのに、籠の中に留まり続けている--そんな風に感じた。

 最後尾にいるため、こちらの存在に王太子は気付いていないようだ。元々、既知の間柄でもない。

 王太子たち三人は、キーオンと女性がそれぞれ左右から王太子を挟む形で並び、整列している隊員たちと対峙した。

 「このたび、王太子殿下シザサー様が王君アツンド様より、神獣ブラウラグアに関する調査隊の隊長に推挙された。誠にめでたいことである。私はシザサー様より副隊長に就くよう仰せつかった左政武代補佐のキーオン・バンだ。そしてこちらは、今回の調査隊を後方支援する世話役に就いた、シザサー様の側仕女のミハエ・チェルナだ」キーオンの声が広間に響いた。

 なるほど、あの女は王太子の側仕女か。ミハエを見つめながら、デルソフィアは二人の女を思い出していた。

 実姉ウィジュリナ・デフィーキルとその側仕のスカーレット・ファルク。その面影に連鎖し、思いが湧き上がってくる。

 今どうしているだろうか?

 実弟が罪人とされ、皇宮内で実兄と共に肩身の狭い思いを強いられているのだろうか。

 それは何度も考えた。何度も申し訳なく思った。だが、今はまだどうすることもできない。何かをする力が無い。だから、自分勝手だと痛嘆の思いに引き裂かれそうになっても、考えぬように押し込めてきた。

 それらが、「側仕女」という単語をきっかけに、いとも容易く浮上してきた。目を瞑り必死に抵抗を試みるが、飲み込まれそうになる。

 その時だった。そっと肩に置かれた手の存在があった。そこから伝わる温もり。デルソフィアは、手を置かれた方へ顔を向けた。ルネルだった。

 「大丈夫?」「体調でも悪いんじゃない?」耳元で囁くように問い掛けてきた。

 救われた。ルネルの言葉と存在によって、湧き上がってきた思いは再び押し込めることができた。

 デルソフィアは微笑を返し、「大丈夫だ」と口だけを動かした。

 「そう」ルネルは頷いて前を向いた。デルソフィアもそれに倣った。

 「今回の調査隊には多くの者が名乗りを挙げてくれた。だが、日々の業務との兼ね合いもあり、こちらで選別させてもらい、三十二人を選出した。ここに集まった皆は、選ばれた者であるということを誇りにしてほしい」キーオンの話が続いている。

 「この場にいるのは三十四人。前に並ぶ三人を除くと三十一人となる。選出されたのが三十二人ならば一人足りない計算だ」今度はミーシャルールがデルソフィアの耳元で囁いた。

 はっとした顔でミーシャルールを見ると、得意げな表情で小さく頷いた後、「フォーディンだろう」と口にした。その読みは、次のキーオンの言葉で実証された。

 「なお、ここに調査隊の全員がここに集まる予定であったが、一名、別場所で待機している者がいる。ブラウラグアの専門家とも言うべき男だ。フォーディン・カイレス。この名を知る者もいると思うが、彼がこの調査隊には加わる」

 やはりそうか--。

 デルソフィアは拳を握りしめた。博識の親友がもっと知りたかったであろうブラウラグアに纏わる一端に、代わりに触れることができるかもしれないことと、そこへ導く可能性を持った男へ自身の興味が強く向かっている中で、共に過ごす時間がまもなく到来することに、デルソフィアの胸は高揚した。逸りそうになる気持ちを抑え、デルソフィアはキーオンの話に耳を傾けた。

 「では、シザサー様より御言葉をいただきたく存じます」そう言うと、キーオンは一歩下がり、ミハエも同様にした。

 皆の注目が集まる中、シザサーの話はすぐには始まらず、奇妙な沈黙が流れた。シザサーは必要以上に瞬きを繰り返している。どうやら、人前に立ち、皆の注目を集めていることに緊張しているようだ。

 神皇帝皇子だった自身。注目されることは当たり前のことで、その度にいちいち心が波打ち、肌が粟立つようなことはなかった。いや、はじめはそうだったかもしれないが、いつの間にか注目されることに慣れていたのだろう。だが、他人から注目されることが緊張を強いることは、本来、あって然るべきだと思う。慣れることも悪くはないが、慣れずに緊張することも、特段責め立てられることでもない。

 かつての自身と似た立場にありながら、自身にはなかったものを垣間見せるシザサーに、デルソフィアは好感を抱いた。それは、今まであまり接したことのない自分より若年者という王太子を守り、盛り立てようという思いの芽生えとも言えた。

 慌てず、ゆっくり、自分の言葉で語ればいいんだ--心内でそう語りかけていた。

 定石通り、一つ咳払いをしてからシザサーは口を開いた。

 「皆、今日は集まってくれて、どうもありがとう。思いもよらぬ大任を父から授かり、正直、戸惑うばかりであった。我が国におけるブラウラグアの重要性は理解しているつもりだが、絶滅を宣するのが、何故、今でなければならないのだろうとも思う。

 そこで少し、ブラウラグアの立場になって考えてみた。仮に絶滅していないなら、見つけてほしいと願っているのではないか。存在を忘れられた時が、最も孤独。そう言われる。神獣と称されるブラウラグアにそんなことはないかもしれないけど、まだ生きているのに、その存在が否定され、過去のものとされるのは可哀想だ。答えを示したいと思う。

 だが私は、隊長でありながら何の力も無い。皆の力を借りなければ何一つ成し遂げらない。どうか、よろしく頼む」

 雄弁ではない。不安や不満などが言葉の端々から零れ出てもいる。だが、十分に立派だと評価できる。話を始める前の姿には惹きつけるものが乏しかったが、話し始めた姿、話の内容には惹きつけるものもある。

 王太子不支持派が存在するというが、そうした者たちは憶断が過ぎるのではないかとさえ思う。無視できない、拙いが故の真っ直ぐな性根が、デルソフィアには伝わってきた。

 シザサーの挨拶に注ぐ拍手が止んでから、キーオンは「この後は、玉座の間において、王君アツンド様より御言葉をいただく。皆、玉座の間の前まで移動してくれ」と指示を出した。

 隊員たちが動き出す中、「ミーシャルールさん」と呼び止めるキーオンの声が響いた。唐突だったため、当人だけでなく、ほぼ全員の動きが停止した。

 キーオンは改めて、「そちらの四人だけ残って。他は速やかに移動するように」と言い、他の者たちの広間からの退室を促した。

 隊員たちが退室すると、広間にはデルソフィアたち四人と、シザサー、キーオン、ミハエの七人だけとなった。

 デルソフィアは王太子シザサーと初めて近距離で相対した。視線があったのは一瞬だけで、シザサーはすぐにそれを逸らしたが、想定される行動であり、デルソフィアは特段不快に思わなかった。シザサーばかりを凝視するのも良くないと判断し、適度に視線を各者へと散らばせた。

 「シザサー様、ご紹介いたします。先日お話しさせていただきました、ランスオブ大聖堂十官のミーシャルール・ユウリさんと、その部下の方々です」

 四人を代表して、ミーシャルールが一歩前に出ようとした矢先だった。

 「部下?こちらの方もか?」思わずといった態で、シザサーはデルソフィアを指差した。

 すぐにそれを引っ込めたが、手遅れだったように思う。皆が、不思議そうにシザサーを見つめていた。

 「い…いや、こんなに若い方も働かれているのだな…と思って…」

 「シザサー様、申し訳ございません。ご説明が至りませんでした。正確に申せば、彼はミーシャルールさんの部下ではなく、ご友人のお子さんだそうです」

 「えぇ。知人の子を預かり、共に世界を見聞しております。歳は十七。シザサー様よりも年長でございます」

 「私よりも年上…」とミハエ。

 「ほら。この者より若いミハエさんも側仕女として働かれている。何より、シザサー様も王太子という地位にあられ、この度は調査隊の隊長を務められているではありませんか」

 「それは、そうだが…」シザサーの顔にはまだ気不味さのようなものが残っていた。

 「どうやら、シザサー様もミハエさんも、あんたが年上には見えなかったみたいだね」ルネルは悪戯っぽく笑い、デルソフィアの肩にぽんっと手を乗せた。

 次の瞬間、ミハエが吹き出し、つられるようにキーオンも笑った。タクーヌは表情を変えなかったが、ミーシャルールも笑い、当のデルソフィアも微苦笑を浮かべた。

 そして、シザサーの顔にも笑顔があった。


 相対した瞬間、シザサーは気付いた。眼前の少年が、先日、北門付近で見かけた少年であると。自身と同じ年頃だとは思うが、際立つ美しさが、年上とも年下とも判断をつかせなかった。

 だが惹かれるのは、その美しさにではない。何故だか引き寄せられ、視線を送ってしまう感覚。身内あるいは心内の奥底で繋がっているようにも感じる。前回に引き続き、今回も同様であれば、錯覚と切り捨てるのは早計だ。

 そんなことを考えていると、ランスオブ大聖堂の十官だという男が、少年を部下だと紹介した。これには違和感を覚えた。誰かの下に就いている者とは、到底思えなかった。

 まがりなりにも王太子である自身が、高貴であると評す佇まい。どこか孤高とも感じる。故に、思わず口にしていた。

 「部下?こちらの方もか?」と。

 言ってからすぐに後悔した。知悉していない者との関わりを極力避けてきた自身の行動としても不可解であり、戸惑った。

 少年を差した指をすぐに引っ込めたが、手遅れだったようだ。皆が不思議そうな表情を浮かべて、こちらを見ている。

 そんな視線に耐えかね、「こんなに若い方も働かれているのだなと思って」などと、思いつくままに取り繕った。奏功したかは甚だ疑問だったが、キーオンが引き取り、ミーシャルールが改めて説明をさしたこと等によって、自身への注目は、とりあえずは逸れたようだった。

 ひとまず安堵したが、やはり少年が気になった。何者なのだろう。

 知人の子としたミーシャルールの説明では到底追い付かず、靄がかかった解を明らかにしたいと強く欲した。これまで他者との関わりを必要最低限に抑制し、自身が築いた枠の中を世界の全てと同義するよう努めてきたシザサーだったが、その枠から大きく逸脱する存在を無意識下で認め、それを認めたことが、初めてと言えるほど強く他者への興味を惹起させていた。


 玉座の間の在り様も、皇宮とエイブベティス王宮では異なっていた。三十人超が整列してもまだ十分な余地があるように、それなりの広さはあるものの、無駄に華美な装飾などは一切無かった。

 何よりも、玉座の間に執務机があることにデルソフィアは驚いていた。真面目一徹な性格で、王国民への愛情や慈しみに溢れた政をしているという評は間違いないようだ。今は空席の執務机を見つめながら、自身が知る国の頂に立つ者との差を痛感する一方で、その点だけが国の持つ力や繁栄に直結するわけではないことへ思いを至らせた。

 改めて、国どころか世界を先導する役割を担う途轍も無さに藉口して怯みそうになるが、そうした怯懦を打ち払うべく、今日までに出会った凛乎とした者たちの姿や言葉を思い浮かべた。そして、これから相対する王君アツンドの挙措動作にも刮目するつもりだ。様々な頂を知ることも、世界の先導者へ繋がる大切な道標になる筈だ。

 整列している後方で、扉の開く音が聞こえたが、振り返ることは許されない雰囲気だった。整列する隊員たちの背筋が心なしか伸び、緊張を孕んだ気がした。調査隊の隊員に選抜される程の者たちにとっても、王君とはそういう存在なのだ。デルソフィアも倣い、背筋を伸ばし、胸を張った。

 アツンドが、整列する隊員たちの前に立った。

 その姿を見た瞬間、デルソフィアは得心がいった。頂に立つ者であると。

 実母を除いたとしても、ウルディングや神官大長、ミーシャルール、フォーディン、そしてキーオン。皇国を出て以降も幾人かの尤物を目の当たりにしてきたが、その誰とも違った。

 攻撃的な威圧感があるわけではなく、むしろ恬然としている。韜晦した姿と言えるかもしれない。ただ、その大きさは隠せていない。

 デルソフィアには、アツンドが大きく見えた。彼我に纏わる凡ゆる差が、そう見させているのだと思えば、高き壁を前に、慄然とする心の出来は否めなかったものの、先刻、奮い立った性根は健在で、沸々と沸き上がる凛乎とした心が、すぐに取って代わった。

 アツンドは穏やかな表情で、調査隊の成果に期待している旨を口にした。特段シザサーを名指しすることはなく、皆の働きが重要であること、一人ひとりの力が正しく組み合わされば大きな力になり得ること等を語った。

 言っていることは有り体の内容と言えたが、アツンドが発した言葉として聞くと、不思議とその気になった。そうした資質も、頂に立つ者には必要なのだと、デルソフィアは知った。

 アツンドの話が終わると、シザサーが「ご期待に添えるよう励みます」と言って頭を下げ、全員がそれに倣った。

 ブラウラグアの絶滅を宣言するための調査が始まっていく。その中でデルソフィアはふと、この場にいる者のうち、どれだけの者がブラウラグアの絶滅を望んでいるのだろうかと思った。

 絶滅していないという確証は、今この場にいないフォーディンも含め、誰一人として持っていない筈だ。だが皆、調査隊を召集したアツンドさえも、心のどこかでブラウラグアの棲息を信じている、或いは願っているのではないか。そう思えてならない。

 少なくとも、調査隊はそうした者たちの集まりであると信じられた。まさに今、沸き上がってきている感情が、喜びであることをデルソフィアは悟った。

 そして、ブラウラグアに会えると、確信した。


 どこかで見たことがある面影だった。だが、恐らく本人をではなく、非常によく似た誰かをだ。

 調査隊の前に立ち、彼らを見回した時、すぐにその思いへ至ったが、視線を送り続けることは避けた。皆を順に見ているという態を装い、何度か注視した。記憶は疼いたが、思い出せなかった。

 整列する隊員たちの最後方にいた少年。王宮に仕える者でないことは分かった。

 調査隊の人選もシザサーに一任したが、恐らくキーオンが手助けしたことは間違いない。キーオンに質せば、素性はある程度明らかになるかもしれないが、それは逡巡した。

 今はまだ正体を知ってはいけない--そんな思いを、記憶を疼かせたあの面影が、アツンドの心内に運んできた。

 調査隊が退室していった後の、扉を見つめる。

 一体誰だ…どこで会ったんだ…。

 解に至れないアツンド自身の心のように、扉は微動だにしなかった。

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