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後継〜神皇帝新記 第二章  作者: れんおう
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『15』

『15』

 約束の時間が迫っていた。

 昨晩、あのキーオンという男の部下が訪ねてきて告げた時間は後ニの刻。明日のその時間にキーオンが再びやって来るので、返答を聞かせてほしいという。もう後一の刻を過ぎており、残された時間はほとんど無かった。

 だが、フォーディンはまだ決断できていなかった。

 最初に話を聞いた時、正直に言えば心は動いた。ブラウラグアへだけ向かう興味、そして想いは決して消失することなどないが、普段は心の奥底へ沈め、閉じ込めている。誰にも悟られたくないが故に、人と対峙している時は細心の注意を払い、微小な感情すら零れ出ないようにしてきた。

 だが今回、そうした努力はキーオンが口にした誘いの言葉によって呆気なく瓦解し、「調査隊に加わりたい」との気持ちが浮上すると、いとも容易く心の大半を占拠した。だからこそ激することなく、僅かに残った拒絶の気持ちを小出しにすることで、何とかキーオンの誘いを往なし続けた。

 ブラウラグアに関する調査であると直接示されたことが、心が動いた主たる要因だが、そこに至る布石はその直前にあった。

 あのデルという少年。中座する形になったが、デルとのやり取りによって既に心は大きく揺さぶられていた。

 ブラウラグアの棲息を誰よりも信じている--そう言われた。どきりとした。的を射ていたからだ。

 調査隊になど加わらなくとも、ブラウラグアを探し求め続けることはできる。誰よりもその能力に長けているという自負もある。

 だが、隊を名乗り、かつ王太子が隊長を務めるからにはそれなりの人員が揃うのだろう。数の多さはそのまま力にもなり得る。特に、自身の経験や知識を少しでも伝えられれば、それは烏合の衆とはならない筈だ。

 一方、隊員の数の多さに比例して、ブラウラグアの発見者になれない可能性は高まる。しかしそれは、あくまで一般論に過ぎない。

 神獣と称されるブラウラグアが、眼前に現れる者ははじめから決まっている。最も想いの強い者だ。それが誰であるか。確信がある。だからこそ、自身が加わって隊の力を上げる。それは、ブラウラグアに辿り着くまでの時間短縮へと繋がる。

 王宮は、ブラウラグアの絶滅を公式に宣言したいようだが、結果は真逆になるのだ。ただ、その成果も他国へ誇るには充分であり、むしろ絶滅していなかったことを示す方が意義としては大きい。

 そして、この目でブラウラグアの姿を見つけることができれば、失ったものもきっと……。

 フォーディンの追憶の扉が開いていった。


 罵詈雑言を浴びせられた。それまで鬱積していたものが吐き出されるように、対峙している間は絶えず罵詈雑言に曝されるといった態だった。当日はもちろん、それはその後もしばらく続いた。

 やむを得ないと思った。直接手にかけたわけではないが、妻の死の原因となった。

 そのくせ妻の死目にも遭わず、エルユウグを追い、ブラウラグアを求めた。普段も家のことは妻に任せきりで、一人娘と遊んだり出かけたりした記憶も皆無という有様だった。

 「仕事」という言葉を妻や娘、そして自身にも万能のように使い、家庭を、家族を顧みない日々をどれだけ積み重ねたか。その間、妻は心身ともに擦り減らし、救済先も見出せず、体調を崩し、拗らせ、悪化の一途を辿ったまま死んだ。

 一方、娘は要望や懇願といった時を経て諦観へと至り、やがては瞋恚でその身を満たした。それらが母親の死という衝撃で暴発。罵詈雑言の刃と化し、父親を攻撃した。

 娘の攻撃を、フォーディンは無抵抗で受け続けた。贖罪などと言うつもりは毛頭なかった。自身の娘とどう向き合えば良いのか分からず、攻撃に身を晒すことしか出来なかったのだ。

 やがて攻撃は止んだ。

 次は、不干渉がやって来た。口を利かないどころか視線すら寄越さなかった。そうした日々が年単位で続き、娘も学舎を卒業する歳になった。

 そんな頃だった。ある日突然、娘は家を出て行った。一言どころか、書置なども無かった。

 不干渉の日々でも、共に一つ屋根の下にあれば、家族の態を成していると思っていた。それは、あっさりと消失し、取り戻すことができないまま二十年近くが過ぎた。その間、娘とは一度も会っていない。

 親切な者が時折、娘の近況を知らせてくれたため、結婚したことや三人の子宝に恵まれたこと等は知っている。だが、その事実を知っているだけで、そこに付随する事象、そこから波及した様々な出来事、それらは何一つ知らなかった。

 妻を喪い、娘のことも失ったと同然だった。


 追憶から戻ったフォーディンは目を開け、壁際に積まれた木製の丸椅子を見つめた。狩人の仕事を失ってから作り始めた。

 その数は、いつの間にか五つになっていた。それは、娘の家族と同数だ。

 会いたいのだろうか--。

 取り戻したいのだろうか--。

 改めて自問する。即座に否定できないことを自覚する。

 神獣ブラウラグアとの邂逅。そんな神秘が纏う力なら、二十年もの時によって隔てられた溝を埋め、娘と自身の再構築にすら導いてくれるのではないか。恃む自身が確かにいる。

 結局はブラウラグア。

 全てはブラウラグア。

 そして最近、フォーディンの身内に芽生えた思いがある。

 ブラウラグアに会えれば、きちんと終わりにでき、ブラウラグアを追わない生を生きることができる--。

 フォーディンは決断していた。

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