『14』
『14』
フォーディンとキーオンのやり取りは、開け放たれたままの扉の先から筒抜けだった。
神獣ブラウラグアの絶滅をエイブベティス王国として公式に宣言することとなり、そのための調査を担う隊の結成が決まった。その隊長には王太子シザサーが就くこととなった。王太子はまず、調査隊の隊員集めに着手したが、隊の要にはブラウラグアに関する専門家が必要と判断。眷属エルユウグの狩人であったフォーディンに白羽の矢が立てられた。
そんな話が聞こえてきた。要するにキーオンの来訪目的はフォーディンの勧誘だったが、王太子の遣いという前置きが付けば、それは勧誘ではなく命令とも等しい。
しかし、フォーディンはのらりくらりとした態度に終始し、即応しようとはしなかった。それでもキーオンが引き下がらずにいると、フォーディンは彼を山小屋内に招じ入れた。
眼前に現れた男を見て、デルソフィアはすぐに気付いた。あの日、北門で見た王太子一行の先頭にいた男だ。最も存在感を放っていた。
フォーディンはデルソフィア達を紹介し始めた。さらに、「年老いた自分よりも、調査隊への加入は彼らの方が相応しい」などと言った。
キーオンはデルソフィア達と相対すると穏やかな笑みを称えた。瞋恚とは無縁のような、温かみのある笑みだった。
屈強な肉体が発する圧力は確かにあったが、包み込むような柔らかな存在感も同居していた。間違いなく尤物であることをデルソフィアは瞬時に悟ったが、キーオンの右手甲に浮かび上がる星紋二つが、それを証明した。どことなくクリスタナに似ている雰囲気も感じ、好もしさを覚えた。
キーオンは改めて事情を説明しようとしたが、開け放たれた扉を指差したミーシャルールが「すべて聞こえていましたよ」と遮った。
「それならば話は早い。どうやら旅慣れたご様子。可能であれば、皆さんにも調査隊に加わっていただきたい。もちろん、最終的な決定権は王太子シザサー様にありますが、そこは私が必ず説得いたします故」
「ほう。それはそれは。しかしながら、王太子殿下のお側に素性の明らかでない者を近づけても良いのかな?」ミーシャルールは首を傾げてみせた。
「素性が明らかでない……。果たしてそうでしょうか」
キーオンの真っ直ぐな眼差しがミーシャルールを捉える。心底まで見通すような澄んだ瞳は力強さも内包していた。
「というと?」とミーシャルール。
「こちらの女性の髪留めに施された緑石は、ポリターノ諸島でしか採れないオリン石です。そちらの青年が着る上衣は非常に風通しの良い編み方をされているようですが、それもポリターノ諸島特有の編み方です。そして何よりも、あなたが腰に差す短剣の鞘に刻まれた紋はランスオブ大聖堂のもの。これだけ揃えば、あなた方がランスオブ大聖堂からやって来られたことは明白です。ランスオブ大聖堂…素性としては充分すぎる程です」
デルソフィアは思わずルネルの髪留め、タクーヌの上衣、ミーシャルールの短剣へと矢継ぎ早に視線を送った。ルネルとタクーヌは目を瞠ることで驚きを表し、ミーシャルールは嬉しそうに笑っていた。どうやらミーシャルールという男は、対峙する相手が尤物だと悟ると、自然と笑みが込み上げてくる性分のようである。
「驚いたな。一瞬でそこまで…。いやはや、これは失礼した。私はランスオブ大聖堂で十官を務めるミーシャルール・ユウリです」と頭を下げた。続けて「こちらは、部下のタクーヌとルネル。そして知人の子のデルです」と、紹介した。
「大聖堂の十官の方でしたか。やはり只者ではなかった」キーオンも嬉しそうに破顔した。
改めてキーオンは調査隊への加入を要請したが、ミーシャルールは少しだけ時間がほしい、と即答は避けた。この場で了承すると思っていたデルソフィアは少し驚いたが、その理由はすぐに明らかにされた。
時間が必要だとミーシャルールが考えたのは自身達ではなく、フォーディンであった。あの場での流れから、フォーディンへの要請も取り下げられることなく残り、デルソフィア達と同様に後日に返答することとなった。固辞していたフォーディンの態度が数日を経て変わると、ミーシャルールは確信しているようだった。
神獣ブラウラグアを巡るフォーディンとのやり取りは途切れたままだ。きっと、フォーディンの本音はまだどこかに眠らされている。それが覚醒されていく様を見たい。伝説とまで称された狩人の真髄に触れたい。デルソフィアも、フォーディンの態度が変わることを願った。
そして三日後、デルソフィア達の前に再び現れたキーオンは、王太子を説得できたことを明かし、調査隊への加入を受諾してほしいと懇願した。王太子の名をかざして威圧するような態は微塵もなく、丁重で真摯な依頼だった。四人の腹は決まっていた。ミーシャルールから四人を除く者たちへの説明も済み、了解も得ていた。
「そのご依頼、謹んでお受けいたします」ミーシャルールは言い、キーオンに握手を求めた。
再び嬉しさで破顔したキーオンは、ミーシャルールの右手を両手で包むように握ると、続け様にタクーヌ、ルネル、デルソフィアにも同様のことをした。大きな手だった。武の力量も相当なものが窺えた。
そんなところもクリスタナを彷彿とさせる。それを端緒に懐かしい面影が次々と蘇りそうになったが、下唇を噛み、痛みを出来させることで堪えた。今は、その時ではない。
「ところで、フォーディンさんの方はどうなりました?」
皆が気にしているであろうことをミーシャルールが訊いた。
「これから伺うところです」
「そうですか。引き受けていただけると良いですね」
「ありがとうございます。きっと大丈夫。そんな気がしています」
「私もです」
ミーシャルールの言葉に力強く頷くと、フォーディンのもとへ向かうべく、キーオンはポールエンを後にした。




