『13』
『13』
ブラウラグアの絶滅を宣言するための調査を担う隊が結成され、その調査隊隊長に王太子シザサーが任命されたことは、すぐ王宮内にも伝播していった。中には、王太子としての覚醒を期待する声も挙がったが、そんな大役があの王太子に務まるのかといった懐疑的な見方が大半を占め、殊更強い関心を示す者はほとんどいなかった。
しかしここに、その事実を只事として片付けなかった者がいる。ノールンである。
「やはりアツンド様も人の親ということか。息子可愛いさに不相応な役を与えた。不支持派の馬鹿どもは、王太子にそんな大役が務まる筈がないなどと嘲笑しているようだが、注視しなくてはならないのは、そこではない」ノールンの眼光に鋭さが増した。
王宮内の居室で豪奢な執務机につき、見上げる視線の先には、一人の女が立っている。切れ長の目が強く印象に残る面差しで、背筋を伸ばして立つ姿は一分の隙も無かった。
右政武代補佐を務めるアルズス・ヨリト、二十六歳。ノールンの側近中の側近で、左政武代補佐のキーオンと同等の地位にあると言えた。知力、政治力、武力のいずれもが超の付く一流で、その能力の高さも、王宮内において最高峰とされるキーオンと常に比肩されていた。
ただ、そこかしこに人の温かみが滲むキーオンとは対照的に、その容貌は冷たい雰囲気を醸していた。自身が優秀ゆえに、相手にも同程度の練度を当然のように求め、その域に至らぬ者は、無力だと容赦無く切り捨ててしまう。そうした性格も冷たい雰囲気に輪をかけ、只人には近寄り難い存在とさせていた。
「王太子が無能でも、キーオンをはじめとする周囲に支えられて役目を務めあげれば、それは王太子の功績となり、王君後継者としてのお墨付きの一つとなり得る……そういうことでございますね?」
「その通りだ」ノールンは満足そうに頷き、視線でさらに続けるよう促した。
「出発点の能力が低く、それが常と広まっているため、些末なことでも成し遂げれば、必要以上に高い評価が下されます。ましてや王太子であれば、その地位だけで支持する者も少なくなく、支持派の勢いが増す可能性があります。
さらには、どっちつかずの日和見者達は、大きな流れや古き流れに抗う気力も知力も持たず、大半は心底で王太子を支持したいという思いを燻らせているもの。そうした者が支持派へ回るかもしれない」
王太子呼ばわりをし、能力が低いと断ずる。そんな無礼に対し、ノールンが咎める気配は無い。むしろ諾うように二度、三度と頷いている。
「さすがだな、アルズス。そんな事態は絶対に避けなければならない。全てが、こちらの危機感の通りに上手くいく可能性は微小だろうが、現時点で零とは言えない。ならば零にすべく、可能性の芽は悉く摘まねばならない」
「確かに」
「さて、どうする?」楽しみを待つ子供のような表情で、ノールンは腕を組んだ。
アルズスは考え込むように一旦目を閉じたが、それも束の間、その切れ長の目を開いた。不遜な光が宿る。
「調査隊の主眼は調査です。調査できなければ、それは最早調査隊ではありません」
「いかにも」
「調査隊の行く先々では常に問題が発生し、それが隊員たちに降りかかるようなことになれば、彼らは次第に嫌気がさし、調査にも身が入らなくなるでしょう。空疎な調査は何の結果も得られず、士気の低下に歯止めをかけることはできない。そこでさらに追い討ちをかけるように問題を頻々と出来させます。隊員たちの心を折ってしまえば、調査の続行は不可能になります。王太子に隊員の士気を鼓舞する力は皆無でしょうから、畢竟、調査隊は何の成果も挙げられずに終幕となります」
「なるほどな。だが、調査隊の行動はどうやって掴む。先回りして問題を発生させるにしても、調査隊の行く先が分かるかな?」
「えぇ。耳を澄ませば、聴こえてくるでしょう」
アルズスは嫣然と一笑した。ノールンも得心したように口元を緩めた。
「もう一つ」そう言って、ノールンは右手人差し指を立て、「キーオンはどうする?あの男の心は、そう易々と折れぬのではないか?奴が健在であれば、隊は瓦解させても、王太子を盛り立てつつ何かしらの行動を継続するかもしれん。そしてそれが結果に繋がる可能性も、王国一、二の才が故に、決して零とは言えぬぞ」
アルズスの表情から笑みが消えた。ノールンが王国一とは言わず、一、二としたのはアルズスの矜恃をくすぐる意味も込められていた。
だが、アルズスの恬然とした態度は揺らがなかった。「そうですね。キーオンがいましたね。丁度良い機会です。キーオンには舞台から消えてもらいましょう」
頬に手を当て、やや遠くを見つめる目になった。その目は、精妙な陥穽を巡らせる者のそれだった。




