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後継〜神皇帝新記 第二章  作者: れんおう
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『10』

『10』

 十歳を幾らか過ぎた頃だったと記憶している。王君を継ぐという未来に対し、明確に思いを馳せるようになったのは。

 姉と妹が二人ずついたが、男兄弟は無く、幼い頃から後継者という言葉は身近にあった。ただ、それが現実味を帯びてくるには相応の時が必要で、幾ばくかの経験値で満たされ、王君後継者たる自覚が芽生えたのが、その頃だった。

 自覚が芽生えて以降、特段何かに励んだというわけではない。元々、後継者筆頭として英才教育を施されていた身であり、それらは十分な内容だった。

 その上で、何事においても後継者だという意識を持って臨むようになったことが、様々な面でアツンドの成長を加速させた。意識が変われば劇的な成長を遂げることがある。それをアツンドは身をもって知っていた。

 では、意識を変えるにはどうすれば良いか。自身のように、自ら気付き能動的に変わっていくことが理想的だとは思う。しかし、全てがそう上手くはいかない。むしろ、そうではない方が多いかもしれない。とすれば、意識の変化を促したいが、自ら気付き、変わっていこうとすることが難しそうな者には、外部からきっかけを与えてやることも必要ではないか。

 アツンドは大きく一つ息を吐き、玉座の間の天井を見上げると目を閉じた。王太子シザサーの顔が浮かぶ。

 シザサーには、きっかけが必要だ。それも、只事ではない程度のきっかけを外部から与えることが。

 再び目を開けたアツンドは、執務机の上に広げた書物に視線を落とした。そこには、神獣ブラウラグアとその眷属エルユウグのことが記されていた。


 シザサーは、自室の最奥、窓際に設置された机に座り、王国史について記載された書物を読んでいた。エイブベティス王国の歴史に興味があるわけではなかったが、これを読み、注目点とそれを挙げた理由をまとめることが、本日前の刻に課された課題だった。

 強い興味を抱けぬ内容と長時間対峙することは、睡魔を誘う。いつものことだった。

 興味の無いものを何故学ばなければいけないのだろう。誰にでも、興味のあるものとそうでないものがある。また、人には得手、不得手がある。得意なもの、興味のあるものだけに取り組んでは、どうしていけないのだろう。

 「それは大人になってから」、「今はまだ、得手、不得手と枠に嵌めてしまわない方が良い」、「興味の無いものも、続けているうちに興味が湧くかもしれない」

 そうした言葉を、うんざりするほど聞かされた。いつもの堂々巡りに陥ったシザサーは苦笑し、書物を閉じた。

 紙を取り出し、筆も手に取った。史上の注目点は幾つもある。しかし、それに注目する己がいない。一向に筆は進まなかった。

 シザサーは筆を持ったまま椅子から立ち上がり、窓際に寄った。窓外を鳥が二羽、寄り添うように飛び、行き過ぎていった。無意識に目で追った。

 その時、自室の扉を外から叩く音が響いた。踵を返して扉の方へ向いたシザサーは、「どうぞ」と声をかけた。

 「失礼いたします」と言って入室してきたのは、王太子側仕女のミハエ・チェルナだった。

 ミハエはシザサーより一つ歳上の十六歳。父親の顔も知らず、貧困に喘ぐ母親と共にその日を何とか凌いで生き繋ぐような王国街最下層の出身であったが、縁あって六歳の頃に王宮幹部に引き取られ、その後すぐに王太子側仕女となった。今では、自身を引き取った王宮幹部が父だったのではないかと考えているが、四年前に亡くなっており、改めて確かめようとは思っていなかった。

 シザサーとミハエは王太子、側仕女として常に共にあり、その関係は十年近くに及ぶ。恵まれた出自ではなかったが、ミハエはそれを嘆き悲しむようなことはなく、むしろ鷹揚とした性格の持ち主に育った。

 王宮幹部などを前にしても物怖じしないなど、シザサーとは対照的な部分も多かったが、それが逆に奏功したのか、二人は非常に良好な関係を育み、今では好一対の関係と言えた。キーオンと同様、シザサーが心許す数少ない存在だった。

 「どうした?」

 シザサーは椅子には座らず、窓際から机の前に回った。その前まで進んだミハエは跪いた。好一対の親しき関係を構築していても、その大前提に主従関係があることを、ミハエは蔑ろにしない。

 「アツンド様がお呼びでございます」跪いたまま、そう告げた。

 「父上が?」

 「はい」

 「今か?」

 「はい。今すぐ玉座の間まで来るようにと」

 「わかった」

 シザサーの顔が俄かに綻ぶ。父からどのような話があるのかは気になるが、それ以上に、興味を抱けない課題を中座できることを喜んだ。

 「また嬉しそうな顔をしていますね?」

 ミハエはまだ跪いたままだ。シザサーはミハエの両肩を叩き、もう跪かなくて良い旨を伝えた。立ち上がると、ミハエの方が少し背が高い。その顔には笑みが張り付いていた。

 「お見通しか?」とシザサー。

 「当然でございます。まったくもう、キーオンさんに叱られますよ」

 ミハエは少し砕けた口調になった。二人きりの時はそれを許しており、シザサーもその方が心地よかった。

 「キーオンの前では笑わないさ」

 「それが、よろしいかと」

 やや間があってから二人は声を出して笑った。


 シザサーを玉座の間にいるアツンドの許まで誘い、シザサーの挨拶が済むと、ミハエは「私はこれで失礼いたします」と頭を下げた。

 だが、次の瞬間、「その必要はない。其方も立ち会え」と指示された。予想外の指示だったが、「かしこまりました」と再び頭を下げ、シザサーの右斜め後方に控えた。

 珍しいことだった。王太子側仕女とはいえ、王君と王太子という親子の会話に立ち会うなど、そうそうあることではない。偶発的に起きた会話を除けば、恐らく初めてのことだった。

 一体、どのような話なのだろうか。その点は、ここへ向かう途中にシザサーからも問われた。皆目見当がつかなかったので、その旨を伝えると、「私もそうなのだよ」と言って、シザサーは何度も首を傾げた。

 今日の課題を中座できると浮かべた笑顔は消失し、不安げにしているシザサーを見ていると、「もう少ししっかりしてほしい」などと僭越な思いが首をもたげたりもするが、それらはすぐに霧散していく。気弱で頼りなげな面を遥かに凌駕するシザサーの優しさを知っているからだ。キーオンは、「森羅万象を差別しない優しさ」と評したが、まったくもってその通りだと思う。

 以前、王宮幹部に引き取られる前の自身の出自を話した時もシザサーは、驚きを見せたのは束の間で、「苦労した分、これから先は良いことがたくさんあるといいね」と言って笑った。さらに、「私にできることは少ないが、それでも話の聞き役くらいにはなれると思う」などと言う。

 出自に拘泥しないシザサーの為人を知り、次第にそれは誰に対しても同様であると知っていった。頂の近くにある者の余裕がそうさせるのではなく、心底から身体中を巡り、自然と溢れ出てきている。だから不純物が一切混じっていない優しさなのだ。

 ミハエはシザサーの斜め後方に控えながら、王太子、頑張って--と強く念じた。

 その時だった。

 「神獣ブラウラグアとその眷属エルユウグ」アツンドの話は唐突に始まり、「シザサーよ、この二種について、其方が知悉していることを話してみよ」と命じた。

 これに対するシザサーの表情は窺えなかったが、戸惑っている様子はミハエにも伝わってきた。

 しばしの沈黙が流れたが、アツンドは無理に先を促したりはしなかった。シザサーが一つ深呼吸をした。そして、口を開いた。

 所々で詰まりながらもシザサーが語った内容は、ミハエが知るものと大きな差はなかった。

 神獣ブラウラグアは絶滅し、眷属エルユウグも絶滅の危機に瀕している。エルユウグの数が激減した理由は、後を絶たない密猟。その影響で、公にエルユウグの狩りが許されていた職が廃止された、等々。

 「ふむ。絶滅した種と、絶滅に瀕する種だ、と?」

 アツンドは閉じていた目を開き、真っ直ぐにシザサーを見据えた。ミハエには、必要以上に鋭い眼差しに見えた。

 正しいから--。

 気圧されるな--。

 シザサーの背を押すように心内で叫んだ。

 「…はい」

 やや弱々しいが、きちんと肯定してみせた。

 「確かにそう伝わっているな。そして、エルユウグが絶滅の危機に瀕しているのは間違いないだろう。だが…」

 そう言って、さらに眼光を鋭くした。決して威圧的ではないが、四十年、王君として君臨し続けてきた者の凄味がある。

 「神獣ブラウラグアの絶滅を、誰が証明した?そう伝わっているだけではないか?」

 アツンドの言葉に、ミハエは目を丸くした。確かに、明確に証明されてはいない。しかしながら、動植物等の絶滅とはそういうものではないか。

 世界中を同時に全て見渡せる者など存在しないのだから、ある一定の基準を設けて、それをもとに判断するしかない。そうやって、ブラウラグアの絶滅については判断が下された筈であり、それが世界の常識となっている。

 だが、アツンドの次の言葉は、それらを否定した。

 「学者や専門家を名乗る者達が、好き勝手に基準を作り、それをもとに絶滅したと決めつけたのだ。世界において、神獣ブラウラグアの絶滅は、まだ正式に宣言されてはおらぬ。決めつけが通説となり、不確かな常識となり、広まっているのだ」

 アツンドの言い分は理解できたが、既に常識として定着している説を覆せるかといえば、難しいの一語に尽きた。ミハエは思わず眉間に皺を寄せていた。斜め前にいるシザサーは黙したまま、微動だにしない。

 アツンドが続けた。

 「もちろん、絶滅している可能性も極めて高い。そこでだ…」いったん言葉を切り、目を閉じた。

 何か重大な内容を切り出す前触れのようにミハエには見えた。そしてそれは正しかった。

 「神話の域とはいえ、ブラウラグアの棲息が語り継がれ、ブラウラグアの最後の地とされる我がエイブベティス王国が、神獣ブラウラグアの絶滅を宣言することにした。ただ、話したように、何をもって絶滅したとするかが重要である。従って、王宮が公に調査隊を結成し探索したが、その姿を確認できなかったという事実を、宣言の礎とする。そしてシザサーよ、其方を調査隊の長に任命する」

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