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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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入都

リゼウ国兵士分隊長の手記

 サザウ国王領へと、武装をしたリゼウ国の兵士が踏み込む。

 未だ隊員たちの前で情けなく手を、身体を震わせながら、私は長槍を支えに先を行く農相の背を追う。


 槍を突きつけた時、それを突きつけられた役人の目は怯え、その後ろでサザウ国の衛士たちが槍を構えていた。

 農相は脅しで済ませるつもりだったと言ったが、本当にそうだったのだろうか。


 この道中では恐らくこういった事が何度もあると思い始める。

 後ろに続く荷車はこうやって守られなければ前に進めない。

 この荷を待つ、飢えた領民が、灰や木酢液を送ってくれるディル領には居るのだ。


 リゼウ国で待つ、去年助けた積雪寒村の村人たちの顔を思い浮かべる。

 彼らを助けた時、俺達は恐怖などなかった。

 必ず全員で生きて帰ると声を掛け合った。それを思い出す。


 俺は叫んだ。必ず生きて帰り、必ず飢えから救うと、声を張り上げた。


 その声は次第に後に続く兵士たちにも伝播していく。





 王都トウドへとついに至ったリゼウ国の一団は、その入都門を前に足を止める。


「その掛け声、続けながら野営を築いてくれ。流石にここを素通りできる状況じゃねぇからな。それと隊長さんよ、あんたと数名を選んで俺に付けてくれ。俺達は中に入る。」

 栄治は、領境を超えた後からいつしか始まった掛け声が、大義名分には良いと考えていた。


 またあの声を上げている限り、一方的な拘束や襲撃は抑止できる。

 戦時高揚に似た状態が不測の事態への対処も能動的に繋がりやすい、そう考えていた。


 従来であれば入都審査を行うはずである衛士と役人は、長槍の携行で武装を行い、増員を行い物々しい警戒体制で栄治たちを迎える。


「リゼウ国の使節団、代表を任されている農相の京極栄治だ。不当な輸送封鎖と我が国の兵士の一方的な殺害について国主の名代で抗議に来た。先に役人が戻ってるだろう。連中はここに残して、我々は中に入る。通してくれ。」

 そうして、栄治は預かってきた割札を提示する。

 従来であればこんなものは提示せずにただの旅客者としてこの入都門を通過してきたが、肩書と兵の随伴をする上でそれを活用した。


「少しお待ちを。」

 衛士の控室に一人が駆け込むと、割札のもう片方を持って戻ってくる。

 栄治が手に持つそれを併せ、一致を確認すると、役人と衛士は一歩引き、礼を払う。


「王政府へ使いを送ります。この場でお待ちいただけますでしょうか。」

 栄治はその言葉に舌打ちをし、随伴する兵士隊長に目を送る。

 兵士隊長はそれを受け長槍を両手に持ち構える素振りを見せると、サザウ国側の一同ににわかに緊張が走る。


 門の外で野営を構えつつある兵士の一団にも否が応でも意識せざるを得ない。


「何のために先に役人を戻らせてんだよ!こっちは急いでいるんだ。使いを送るならさっさとしろ!このまま直行はしないでやるから、陽が登りきるまでに用意をしろと伝えろ。」

 そのまま栄治は王都へと踏み入る。兵士も槍を片手に持ち替えると、緊張が解かれ、顔を見合わせた役人の一人が王都内へと走っていく。


 栄治は王都の中を進む。

 冬季が始まるというのに、一昨年この地に訪れた時の賑わいとは異なり、人の数はまばらである。


 昨年の疫病騒動と、今年の輸送路封鎖のその両方が、既に広く伝わった影響であった。

 更に、事前にシギザ領や王領、セッタ領で三の豆の作付けに失敗した旨は栄治の耳にも入っており、この冬季は大規模な食料品の高騰が予想されていた。

 その不安が街全体を包んでいた。


 栄治は真っ直ぐと独立交易商組合の本部の戸をくぐる。


「リゼウ国の農相、キョウゴク・エイジ様ですね。お待ちしておりました。知らせは受けております。」

 受付の身なりの良い男性職員が、カウンターを外して迎えに出る。


「悪いな。これから王政府に向かうが、代表に同伴をして欲しい。」

「受け賜っております。準備をいたしますので、しばしお待ち下さい。」

 対応する職員が手で合図を送ると、内部へとまた別の職員が走る。


「それとエスタ領主のコヴ・ラド、コ・ブエラ、ディル領主のコヴ・ヘスの三名の所在を知りたい。少なくとも、コヴ・ラド、コ・ブエラは領に戻っていない。」

 職員の案内に椅子に腰掛けると、栄治は矢継ぎ早にそれを問う。

 エスタ領の運営はコ・ニアが暫定的に取り仕切っている事は、道中の伝令のやり取りで既に認識していた。


「それぞれの王都での滞在屋敷にて衛士により軟禁状態であると伺っております。リゼウ国に毒と砂鉄を密輸した疑い、との事で、王太子殿下が令を発布しております。」

「まだその馬鹿王太子は、ありもしないものを探しているのか。」

 栄治は頭を抱える。


 こうしている間にも、事態は一層悪化していく事に、思考が加熱する。


「木酢液の産業登録についてはどうだ?無事済んでいるのか?」

「私共の方では確認しております。一連の騒ぎが発生する直前に、組合職員から知らせがあり、畑の薬、の登場に色めきだったのです。既に有用性についてエスタ領、リゼウ国でも済ませているという事で、それを再発見し持ち込んだコ・ブエラ様の名は、コヴを退かれて尚、今また高い評価を得ることでしょう。」

 やや興奮気味にそれを語る職員を見て、栄治は目を細め首を縦に振る。


「成程な。そっちはそういう形で間に合わせたか。まぁ、窯元はそんな手柄を求めるような奴ではないからな。この状況で向こう側でひと騒ぎ起こしてるかもしれんが。」

 栄治は、王都の反対側にいる幢子の顔を思い浮かべる。

 少なくとも、輸送団の荷の中から不測の鉄器が見つかるような事態になっていない事に、ひとまずを安堵した。


「それと国王ラザウ・サザウ陛下が、昨日崩御なさいました。こちらはご存知でしょうか?」


「はぁ?」

 職員の告げる言葉に、栄治は口を開け、全ての思考が停止した。

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