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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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リゼウ国の進軍

リゼウ国兵士分隊長の手記

 草木灰と木酢液が途絶える。こちらから送る物資が相手に届かない。

 それが一刻を争う事態である事は我が隊のみならず、農場の全ての兵士にとって認知されていた。


 冬季が始まるこのタイミングで、支援が届かないという事は、相手にとって昨年と同様の飢餓が起こりうるということであり、冬季の間に累積される物資がないということは雨季以降の作付けに大きく影響を及ぼすという事である。


 農相の緊急招集に応じた我が隊も、全員がその任務の重要さに緊張が走る。

 国主から武器の携行を許され、一兵に一本の長槍が手渡される。

 また荷車も並べられ、随伴輸送のための物資が積み込まれる。


 その日の内に城を出発し、国境へと向かっていく。それは自分も初めて経験する軍の行軍とも言えた。


 先頭を徒歩で行くのは他でもなく農相自身。

 時折、馬に乗った役人が先を行き、或いは行路の先から現れ、農相への報告を行う。

 その度に、行軍は止まる。しかし引き返すこと無く進んでいく。


 国境が見えてきた。農相は手を掲げ、我が国側の兵に挨拶を交わす。

 我が隊をはじめとした兵士たちに緊張が走り、握る長槍に力が篭るが、そのまま、まっすぐとまるで何事もないように我々は咎められること無くサザウ国に侵入をする。




 一台の馬車が、サザウ国内を突き進む一行のその道中に現れる。

 先頭を行く栄治は足を止めると、馬車の戸が開き、中からコ・ニアが姿を表す。


「王領までの掃除は既に済ませてあります。そのままお進みくださいませ。」


「国境、エスタ領はいいとして、セッタ領とは渡りがついたのか?」

 伝令の通り、何事もなく国境を抜けてしまった時は流石に栄治も動揺をしたが、ここまでサザウ国側の衛士らしき姿は見えない。それどころか、荷を運ぶ独立商人の姿すらもなかった。


「衛士の皆様は王領とディル領側で実働しているのみです。道中は事前に誠心誠意、お話をさせていただいております。流通行路を妨げ、荷を奪う、荷を損なう野盗の捕縛、という事で。」

「野盗、ねぇ。」

 既にリゼウ国の兵士二名殺害された報告は、伝令を介してのエスタ領、王領の滞在役人を通して情報を得ていた。

 その首謀者が、先に食糧支援を求めにリゼウ国に現れたサザウ国の王太子であることも含めて、である。


「どうぞ、野盗としてお扱いください。」

「それは、あんた個人の意思かい、それとも領としての意思か?」

 好奇心半分、今後の差配のため半分に、栄治はコ・ニアにそれを問う。


「明日を生きる事を望む、サザウ国の民の一人として、の意思です。」


「そうかい。では一日も早く解決するためにそう扱うことにしよう。どの道、ここでディル領とその領民を失うわけにもいかんからな。」

 コ・ニアは軽く会釈をし、目を細め栄治を一瞥すると、再び馬車の中に戻っていく。

 それを見届けた栄治が行軍を再開すると、馬車もまたエスタ領深部へと引き返していく。


 リゼウ国の進軍とも言える一行は、道中の漁港や農村に奇異の目で見られたが、その進行を咎められず、抵抗もなく進んでいく。

 やがてエスタ領とセッタ領の領境を迎えるが、それは変わらなかった。



 国境を超えて五日目、一行はついに如何なる妨害を受けること無く王領へと到達を果たす。


「リゼウ国の使節団と見受けられる。」

 王領の入り口に、乗馬した役人と思われる人物が数人の衛士を伴い進路を阻む。


「使節団、ねぇ。こっちは兵士を殺されている。進軍だとは考えないのか?」

 栄治はそう吐き捨てる。


「使節団として、扱いたいと思っている。心中を、察して欲しい。」

 役人は馬を降り、栄治を前に背を低くかがめる。


「お前さんの心中を察して、両国の飢えて死ぬ民が居なくなるんなら世話ない。積荷を襲い、損なう野盗の頭をひっ捕らえ、輸送路を復旧させたらすぐ戻るさ。」

 栄治はその役人を無視し、王領内へ歩を進める。

 その姿に慌て、役人は更に一歩引き、地に伏してそれを止める。


「使節団、との交渉を任ぜられてまいりました。代表の方のみを迎え、話がしたいと。」

「時間の無駄だ。おい、槍だ。コイツを刺せ。構っている暇はない。」

 栄治に最も近く随伴する部隊の長が手に持った槍を構える。その手は酷く震えていたが、槍を向けられた役人も声を上げて震え上がり、尻を擦っておののき、道を開ける。


「俺がこの、使節団、の責任者、リゼウ国の農相を任されている京極栄治だ。いいか、一度しか言わないからよく聞け。」


「交渉内容は輸送路の即時復旧と、押収した草木灰、木酢液全ての引取。こちらから送った物資の受け取り主への輸送。荷と兵士を襲った首謀者の捕縛連行だ。とっとと戻ってそれを上に伝えろ。我々はこのまま王都トウドへ向かい、話は王城で聞いてやる。」

 怯えきった役人は向けられた槍から逃れるように離れると、馬に乗る事にも苦労し衛士に助けられながら、逃げるようにして王領内部へと引き返していく。


「すまなかったな。いくさのつもりははなからない。最初から脅しで済ませるつもりだった。」


 栄治は槍を構えたまま固まる部隊長の手を取る。

 その手は相手を失った今も震え続けている。


「お前たちに槍なんか持たせるよりも、鍬を持たせたいんだ、俺は。」

 その言葉に少し強張りが解けたのを察すると、栄治は彼の肩を軽く叩き、再び道を歩き始めた。

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