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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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動き出した歯車

凶報は矢のように伝播した。

 来るはずの荷車の輸送団がやってこない事を、国境の兵士が悟り、その知らせは馬を持って翌日にはリゼウ国王城へと知らされる。


「クソ、ついに起こったか!」

 会議室で知らせを受け取った栄治は、同席しているアルド・リゼウに目を向ける。


「荷が襲われたか、サザウ国で止められたかまだ定かじゃないが、見過ごせる事態ではない。」


「国主である私は無闇に動くことは出来ない。農相、任せる。こちら側の差配は我々で引き受けよう。役人と兵士を選りすぐって連れて行け。」

 会議室内で全員が起立し、慌ただしく動き出す。その内の数人を連れ、栄治は走り出した。


 治験農場に従事していた兵士の隊が呼び出される。それを共に働く農民たちは不安そうに見送る。

 丁度、モメンの収穫を行っている所であった。


 申し訳無さそうにその場を往く兵士たちの代わりに、農民たちは手を動かす。

 その日の内に、栄治と兵士たちはサザウ国へ向けて移動を開始する。




 ディル領の雨上がりの夕暮れの道を征く荷車が、カラカラと音を立てて進んでいる。

 そこへにわかに走る音が後ろから近づいてくる。


「おい!お前!」

 細川由佳ほそかわゆかは聞き覚えのある声に呼び止められ、荷車を止めて振り返る。


「あ、おっちゃん。こっちに来てたん?流石にもう、偶然ってのは無理が。」

「いいから隠れろ!荷車をこっちに貸せ!そこの茂みの影にでも隠れていろ!」

 白髭の商人は由佳の手を掴む。

 その見幕けんまくに言われるまま、由佳は荷車の取り手を渡し、その場を譲る。


「何?ちゃんと説明してよ。」

「衛士がディル領内の街道を行く荷車を呼び止めて、連行している。見境なしだ。いいから隠れろ!」

 呆ける由佳の口にいつもするように鶏の干し肉を放り込み、商人は背中を押す。


「少し戻った所に、俺の荷車が捨ててある。落ち着いた頃、まだ無事ならこれからはそれを使え。整備はちゃんとしてある。いいか?早く隠れていろ!」

「何言ってるの、おっちゃん!急に何さ!」

 干し肉を噛み味わうまもなく飲み込み、その小声に合わせる由佳の耳に、馬の蹄の高い音が聴こえてくる。その音に驚き、言われるように物陰へ身を潜める。


「そこの荷車!止まれ!」

 衛士が張り上げる声に身体を震わせ、由佳は夕暮れの物陰に小さく屈んで身を隠し、息を細くしてその光景を見守った。




 衛士のリオルの元に、縄をうたれた独立商人たちが次々と運び込まれてくる。


「馬鹿げた話だ。ディル領内の荷車を全部改めろ、だと。」

「隊長、余り大きな声では。」

 夜も更けた漁港の浜辺の一角に、集められた衛士が、運び込まれてくる商人たちを改めている。

 同時に運ばれてくる荷車の荷はひっくり返され、物資が積み上げられている。


「出てくるのは極ありふれた乾豆と塩、漁港で作られた乾物、そうでなければ灰、腐った落ち葉、貝殻や木材だ。」

 槍の石突で砂を打ち鳴らし、篝火の下でリオルは悪態をつく。


「灰の中から、陶器のかめが出てきたという話もありますが。」

「毒、だそうだ。見つけても開けるなよ。目や鼻が痛くなり、吐き気がするらしい。」

 リオルは尋問を受ける商人たちに目を見やる。


「知ってる顔もある。疑ってかかるのは正直、良い気分ではない。連中が毒を運ぶ?連中は毒ではなく、モクサクエキとそれを呼んでいる。畑の薬だと口を揃えている。」

「毒、という話の出所は何処なのです?」


「王太子殿下だ。目と鼻をやられたと大騒ぎになったらしい。その際に、リゼウ国の兵士を二人叩き切っている。後に引けないんだろうさ。今頃は王都でも大騒ぎになっているだろう。」

 昨年の冬季、呼び止めて言葉を交わした兵士の事を、リオルは思い出していた。

 息を引き取ったのはその兵士かも知れない、と不意に頭を過る。


「こんな仕事で、ディル領に来たくはなかった。」

 同じ様に頭を過るのは、件の狼騒動で出くわした、あの黒髪の令嬢の事であった。




 朝が来る。冬季が近づき、徐々に冷えていくその明け方を、幢子は陽を浴び両腕を伸ばし迎える。


 今日は陶器を焼く講習をする予定であった。

 派遣講習会に参加する各村の代表に授業を行うために、製鉄や鍛鉄の作業は中断を余儀なくされる。


 幢子は、使われぬままたたら場に積み上がっていく砂鉄と木炭が気になって仕方がなくなってきていた。


「そこの人!」

 まだ静けさが漂うポッコ村へ、聞き慣れない遠い声が響く。

 その声にあたりを見回す幢子の耳に、駆け走る足音がにわかに飛び込んでくる。


「誰か!偉い人居たら呼んで!おっちゃんが!」

 真っ直ぐに自分に向かってくる青年、女性に、幢子は顔をかしげる。


 相手は見たことがない顔であったが、とても馴染みのある黒い髪と黒い目、顔立ちをしている事に少し遅れて気づく。


「おっちゃんが、衛士に連れて行かれたんだ!何かの間違いなんだ!偉い人を呼んで!」

「ちょ、ちょっと待って。落ち着いて。」

 突然現れて、幢子にしがみつく相手をなだめつつ、その言葉を胸中に反芻はんすうする。


「まだ朝ごはんも食べてないんだよ。皆を起こして炊き出しをしながら話を聞くから、ね?」

 幢子は、両腕を掴まれその握る強さに、何か胸騒ぎを感じ始めていた。

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