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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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加速する時勢

「あれは長くないね。私の見立てでも、な。先に逝った連中に何人もああいう顔をしていた奴が居た。」

 コ・ブエラは歩きながらそう述べる。丁度、王城の通用口を出て、雨が滴る下へ三人が出たときであった。


「しかし、紙一重だったね。ダナウが灰の下をいぶかしんでいるのは想定していたが、それを砂鉄だと見込んでいたとは。ニアの目鼻はどうやら既に私よりも聡い。」

 コ・ブエラは一人言葉を続ける。歩幅を併せ歩く、コヴ・ヘスがふと足を止める。


「覚えとるよ。お前たちがまだコだった頃、そう、ジエと同じ年の頃。冬季の交流会をこっそりと抜け出して三人で街に出たのを、私が口裏をわせてやった事があった。」

「もう、古い話ですな。後からやってきた、豪胆な女商人が、幾度いくたびか過ぎた支払いを肩代わりしてくれた事も御座いましたな。」

 雨に濡れた顔から頬を伝って、一粒の雫がこぼれ落ちる。


「だからてっきり、お前たちの懇意は今も裏では続いているものだとばかり思っていた。私も、この歳になって、物事の上辺だけしか見えていなかった事に、気付かされることが多い。」


「トウコ殿、或いはエイジ殿であれば、あの病を治す術に心当たりは。」

 コヴ・ラドが王城を振り返り、問う。


「或いはあるかも知れない。だがあそこまで進行しては、手の施しようがないだろう。不思議とあの病は、農民には出ない。王領の、それも比較的地位の高い連中ばかりがかかる病だ。詩魔法による治療も試みられたが、延命のみでしかない。一時は良くなってもまた直ぐに再発する。やがて詩を捧げられても、効果を示さなくなる。」


「恐らく、公にしていないだけで、既に幾度も倒れているのだろう。だから本人もああして自覚を持っている。次はない、とあの病で逝った連中は、誰もが自分の逝く時期を悟った様に言う。」

 コ・ブエラが先を行く。それを追う様に二人の領主も再び歩き始める。


「詩が効かなくなる。その症状をごく最近も聞いた。この歳になるとそれを自覚することが多くなったが、その正体が、ジエの手紙のおかげで漸く理解できた。魔素がもう体に残ってないのさ。」


「歳が逝って食が細くなる。陽のあたる場所に出なくなる。歩かずじっとしている事が増える。私はそのどれからも抗ってきた。だから今日までこうして生きながらえている。」


「座ったまま、その椅子にしがみついた王領の内政府貴族ばかりが早く逝く。皆、どこか患っているだろうさ。それを詩で誤魔化している。成程、この国そのものとまるで同じだ。」

 長く続くコ・ブエラの独白は、二人には後悔とも懺悔ざんげとも感じられた。それは、ブエラ自身が表に立っていた時代に気づければ、という滂沱ぼうだが、降りしきる雨となったかのように。


 三人は待たせた馬車の前にたどり着く。

 僅かな時間ではあったものの、徐々に勢いを増す雨に濡れた身体は三人の身体を冷やしていく。

 コ・ブエラはいち早く馬車に乗り込むと、二人を催促し乗り上がらせる。


「ダナウは王に近く、シギザ領は登城の機会も多い。だからその死期を見定めて、先々を見て王太子に近づいているのだろう。砂鉄を疑う声も単なる噂話ではなく、ダナウの入れ知恵なのは間違いない。本人が孤独、というのだ。ラザウはもう、見捨てられ、それを自覚しているのさ。」

 馬車が動き出す。王城から少しずつ、三人は離れていく。その最中を、二人の領主は肩を震わせる。


「昨日、木酢液を産業物として認定した事は、ラザウの王としての最後の功績として残るだろう。それが、旧友がお前たちにしてくれた最後の心付けだ。」

 両者が納税の手続きを進めている裏で、自身の届け出として登城し、手続きと謁見を済ませた時のことを、コ・ブエラは振り返る。思い返せば、それと匂わせる周囲の立ち居振る舞いが目につく。



「臨検だ!止まれ!」

 雨の降り続く中、王太子エルド・サザウはその荷車の輸送団の前に立ち塞がる。

 数名の衛士が輸送団を取り囲む。


「王太子エルド・サザウである。その積み荷の中に、届け出にない密輸と思われる品があると報告が入った。依頼書を提示せよ。荷を改めさせてもらう。」

 エルド・サザウはその荷の中に砂鉄があると核心をしていた。

 だからこそ、雨が降る日を待ち、街道沿いをリゼウ国側へと進む輸送団を探し馬を走らせた。


「灰と貝殻、それと木酢液という品か。確認しろ。」

 数人の衛士が走る。既に衛士には、砂鉄の密輸の疑いであることは周知されていた。

 陶器の大瓶は木蓋を外され、その灰は雨に濡れ、水を吸う。


「輸送物は水に弱い。手荒な扱いをされては困る。」

 リゼウ国の随伴兵士は、異を唱える。荷の保全は隊全体の責任を問われる。

 荷車を引く雇われた独立商人たちも同様に衛士に抵抗をする。


「黙れ!」

 エルド・サザウはリゼウ国の兵士を押し倒し、自ら荷車に乗り上げる。

 そして大瓶の一つを転がすと、数人がかりで荷車の上から落とし、それを叩き割る。


 割れた陶器から周囲に灰が広がる。雨に打たれ、灰は地面に溶け出していく。


 その灰の中から一回り小さい陶器が転がり落ちる。


「あったぞ。この陶器の中だ!」

 木蓋が埋め込まれたその陶器を、エルド・サザウは勢いよく地面に叩きつける。

 蓋が外れ中に入っていた木酢液が勢いよく飛び散る。陶器も割れ、周囲に異臭が舞い、目鼻を強く刺激する。


「これは毒か!砂鉄ではなくこんな物を運んでいたのか!」

 エルド・サザウは青銅の剣を抜く。

 勢いをそのままに、荷の逸失に呆然とするリゼウ国の兵士を切り捨てる。


 その凶行に独立商人たちは戦慄し、荷車を捨てて周囲へと逃げ出す。


「逃がすな!一人残らず捕らえよ!街道沿い、全ての輸送団を追え!」

 正にその時、丁度、エルド・サザウの剣が、もう一人の兵士の腹を突き刺していた。


 その言葉を号令に、衛士が一斉に動き出した。

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