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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
地方領の転機
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作ったモノのその先へ

釉薬うわぐすり

 陶器の発展の中に現れる。単純な「土器」と「陶器」を分ける要因の一つである。


 釉薬を塗布することで、土器の表面に光沢が生まれ、耐久性を損なう丹念な研磨を経ずとも手触りの良いものとなる。


 塗布された釉薬により、炉の中で土器表面や釉薬内のケイ素が溶け出し、薄いガラスの膜を形成する。

 液状化したガラス膜は冷えていく過程で固化し、土器の表面を覆う。

 これが光沢や滑らかさを生む。


 また土器の種となった粘土や釉薬内の微量金属も酸化反応を起こしながらこのガラス膜内、膜下に混ざる。

 これにより土器の染色が進む。鉄を含めば赤く、銅を含めば青緑、調量によっては赤くなる。


 土器の耐水性を高めるだけでなく、硬度も高め、耐用寿命を向上させる。




 土器の中に汲まれた川の水に、灰と土を混ぜる。

 よくかき混ぜ、そこへ、一度焼き、冷ました皿を沈める。


 幢子は一連の流れを確かめるように行う。もう幾度も窯で焼いてきた。

 この釉薬なら、間違いなく赤くなるはずだ。

 井戸の水よりも明確な赤が出る。そう考察していた。


 溜め込まれた灰は、山と積み上がっている。後からいくらでも試すことは出来るだろう。


 ただ、「自分が」それを試せる回数は、恐らくもうそんなにない。

 他に作りたいものが沢山あり、それができる環境が整いつつある。


 今では煉瓦で組まれた炉も何基もある。その炉が次々と煉瓦を作っている。


 煉瓦だけではない。土器も作り、釉薬を被せて、陶器らしきものもできている。


 それを村の子供達と、数人の大人が、幢子に教わり自発的に行っている。

 それぞれの家の食器が、木製から陶器製に変わっていっている。


 積まれた煉瓦は、来るべき日を待っている。


 陶器、その発展の最終段階と言える磁器。ここまで来ると幢子の知識もあやふやだ。


 土の選別や釉薬の研究、窯の焼成温度の上昇などが課題になってくるのは判っている。

 ただ、陶器類という分類での変化は頭打ちだ。


 陶器が磁器で揃えられた所で、生活水準は劇的に変化しない。

 住宅建材が木材や土壁から煉瓦に変わる程の大きな波は起こし得ない。


 陶器で「何を作るか」が大事になってくる。

 そして、「その先」にあるものを見ていかねばならない。


 この村で過ごし、一ヶ月を超えている。

 幢子は時間が有限であることを感じずに居られなかった。


河内幢子わたしは芸術家ではない。」

 物を作ることは好きだが、新しいものを知り、知識を試し、物を「形作る」過程を楽しみたいのだ。

 きっと飽きてしまう。

 そして実際に、釉薬に「飽きてきている」のを感じている。


 幢子は「それら」を釉薬の中に沈める。

 思った通りに焼き上がれば、「新しい」分野を開拓できるようになる。

 基準ができて、その基準からまた新しい知識が広がり、世界が読み解かれていく。



 エルカはその日、幢子に呼ばれて窯へ同伴した。

 村で次々に作られている煉瓦や食器を焼く窯とは別に、幢子が自由に焼いている窯だ。

 窯場と呼ばれるようになったその東屋は、もうすっかり村に馴染んでいる。


 顔に灰やすすを擦り付け、とても貴族然とした物を感じさせない幢子を、村の仲間は気に入っている。子供たちは火傷の痕を増やしながら、いつも幢子の周りに集まっている。


 命の危険、明日をも知れなかった、あの狼騒動から、村の雰囲気は変わっている。

 自警のために血気にはやった村の青年たちも、昨日焼いた陶器を気にして窯に通う。


 役人が村を訪れた時、この有様に酷く驚いていた。

 きっと遠からず領主様もやってくるだろう。


 エルカの心配は、幢子の今後であった。

 きっと幢子はこの村を離れることになる。そう考える。


 遠く山の雪の積もる姿を見て、エルカは冬が近づいていることを気にしていた。


 乾季の豆の収穫はもう間もなくと迫っている。

 もうすぐ冬支度のために薪も溜め込まなければならない。

 子供たちも窯ではなく森へ出かけ、燃やすための乾いた枝や枯れて朽ちた木を探さねばならない。

 この冬をどうやって越えるかを、村全体で考えなければならない時間が迫っている。


 それに、領主に、国に納める税の事も考えなければならない。

 そしてそれを超えた先に、一体どれだけの食料備蓄が残るのか。


 そういった話を、幢子に切り出そうと思い、そしてその度に思い留まってきた。


 今の時間がもう少しだけ続いて欲しい。

 この奇跡のような時間が後ろ髪を引く。そう思ってしまう。


 そんなエルカの心中を知らずか、幢子は窯の中に手を伸ばし、覗き込む。


 顔に黒い煤が擦りつくのをまるで気にしていない。

 エルカは幢子の無邪気さに自然と頬が緩む。


「見てもらいたいのは幾つかあるんだけどね。」

 幢子はそうして、エルカに窯の中身を取り出してみせる。

 汲んできた井戸水で煤だらけの焼き物を洗いでいく。


「まずはこれ。陶器製のナイフ。少し研がないとだけどね。」

 これはきっと多くの家で助かるだろう。きっと青年たちが明日にも作り出すに違いない。エルカは確信していた。こういう発想もあるのかと。


「それとこれ。」

 幢子は洗いだばかりのそれを、火の灯っている窯で軽く炙るようにして乾かす。


 そして具合を確かめるように、恐る恐る口元に運んだ。

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