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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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モメンとオカボ

リゼウ国兵士分隊長の手記

 収穫の手が足りない。それ程の豊作が目の前に広がっている。


 ただでさえ手が足りないにも関わらず、新しく開墾した区画の畑では事前に念入りに肥料がまかれ、新しくモメンと名付けられた種の作付けが行われている。

 それが二の豆の収穫と同時になったのは天気の悪戯としか言いようがない。


 スラール海から穏やかな風が駆け抜け、雨季の暑さを払う。

 分厚い雲もなくなり、青い空に陽が登っている。


 北部の積雪寒村の避難民たちは、よく手伝ってくれている。

 我々があの晩必死で助け出した連中も、帰りたい気持ちを堪えて、この二の豆の収穫に参加してくれている。

 一の豆から連中はここの治験農場については、本当に興味深く見て、参加してくれる。

 それに助けられる一面も多い。


 大勢で炊き出しの煮汁を飲み、煮戻した豆をつまむ。たまに若鶏の丸焼きも机に並ぶ。

 俺達にとっては見慣れ始めた食い物も、連中は今も目を輝かせる。

 そしてたいらげる。そして昼寝をする。


 鍬を振るう身体つき、頬の張り、ハッキリとした口調。

 あの夜必死に呼び戻した事が、無駄ではなかったと思い知らさせる。

 連中が飯を食っているのを感極まって泣いて見る事さえもある。


 隊員たちは俺を笑うが、そういう隊員たちの目も潤んでいるのに気づかない訳がない。

 一緒に泣いて喜べばいいのだ。


 いつか一緒に、あの寒村に帰ってやる。

 だから今はしっかり食えと、我々全員が思っているに違いない、と俺は思っている。




「さて、どれだけ芽を吹いて、どれだけワタをつけるか。頼むぞ。」

 鉄鍬で耕され、満足と行かないまでも現在の出来うる土を用意した畑に、丁度今し方、モメンの作付けが終わったのを確認し、栄治は呟いた。


「モメンも良いが、二の豆の収穫に無関心とは、国主としては考えられん。」

「どうせ今年の報告書にも豊作としか書かれんのだ。俺個人としては、あっちの方が大事だ。」

 そうして振り返り、栄治はアルド・リゼウにそれを指し示す。


「オカボか。あちらは食べ物と聴いた。今年は畑の半分を埋めたか。」

 緑色の葉茎を伸ばし、南から吹く風に揺れるそれを栄治は満足げに眺める。


「あいつはいいぞ。俺や窯元をたらし込む切り札と言っていい。俺に気に入られ、鉄が欲しいなら、アレの収穫高に一喜一憂し、どれだけ目の前に積んでやるかを考えた方が利口だ。いずれ、食い方を教えてやる。」

 栄治は茶碗に盛られた米と、焼いた餅を思い浮かべ、それを口に運ぶ日を夢見る。

 例え味が悪くても、それにまた一歩確実に近づく感覚は、もはや毎日の楽しみとすら言えた。


「ちなみに、エスタのニアお嬢さんは別の切り札を持っている。そちらも大変魅力的だ。」

「覚えておこう。オカボについては宰相の好きにせよ。」


「今回の豊作を経て、エイジを宰相の地位に据える事で一致している。」

 治験農場に毎日と足を運ぶ相手が、国政の重要人物であるため、アルド・リゼウの農場の視察はほぼ毎日となっている。

 数名の役人を引き連れ農道を歩く姿は、ここに携わる兵士や農民たちにとって日常の一部となっている。


「ご辞退申し上げると言い続けているだろう。」


「冗談では済まんのだ。酪農部会の連中など、数日置きに陳情に来る。早く地位に置いて囲い込めと。生まれた卵の数、親鶏の朝の泣き声の数を功績として奉じられるこちらの身にもなってくれ。」

 アルド・リゼウは頭を抱える。昨年や春にはまだ冗談が混じっていた部分があるが、最早役人の方が目の色を変えている。

 二の豆の豊作を受ければ、農作部会からも嘆願書が届くだろう事は間違いがなかった。


「宰相など務まるわけがないだろう。国政など知らん。俺は農家だ。」

 この点について栄治は一貫していた。兵士や国民を飢えさせない以上の責任は持ちたくなかった。

 日々に追われ、この先、この世界をどう生きていくのか、それを置き去りにして今日を過ごしている不安は未だ、栄治の心に燻っていた。


「農相、というのはどうだ。役人と話し合っている落とし所はそれだ。それであれば国主として努力をしてやってもいい。言っておくが、私は最初から宰相に据えるべきだと一貫している。」

 今は帰れぬ故郷にも、そういった役職大臣があった事を栄治は思い出す。

 自分とはまるで無縁であったその肩書は、どれほどの価値や権力があるのか想像もつかない。


「権限は、そうだな。オカボに関する開墾の独自裁量権を追加でつけてやろう。私に許可を得ずとも兵士や民を使って、現実的な余剰の範囲で開墾を好きにさせてやろう。」

「成程、そう来たか。それをつけられると、俺も考えざる得ない。」

 その返答にアルド・リゼウは鼻で笑う。漸く、勝算のある交渉だと感触を得る。


「だが、豆よりもオカボがリゼウ国の主食になっても知らんぞ。俺の故郷は、歴史上あの作物の豊作と凶作に数え切れない程の暴動が起こったのだ。そうなった事を、何代か先に後悔する事になるかもしれん。」

 米騒動という言葉をにわかに思い出し、栄治は笑う。そこまで国民の食事情を底上げできれば、この世界ならば他に逃げ道もあるだろうと思ってしまう。


「農相に国を出奔されるよりは、被害も小さいだろう。何よりも不良は農相の自己責任、暴動を起こすのも今の所、農相ただ一人だ。」


 アルド・リゼウの目の前で、傾いた陽の光を浴びながら、緑の葉茎が風に揺れていた。

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