届けられた手紙
ある青年独立商人の手記 さん
三度目の塩と貝殻の配送は、無事に終わった。農村では丁度二の豆の収穫を行っている。
乾季がやってくる。一番過ごしやすい時期だ。今年は荷車もあるので扱える仕事も多い。
そう思って村を出ようとすると、滞在の領役人に呼び止められた。
空荷で戻るのも悪いだろうと、少し進んだ領の館への手紙の輸送を頼まれる。
これからやってくる次の荷車の対応をしなければならないらしい。
荷車を引いて農村の道を進んでいた所、後ろから声をかけられる。
もう何度目になるだろうか、白髭中年の独立商人の荷車だった。
その荷車には焼き物の壺が二つと草布生地の大袋が二つ乗っている。
向かう先が領主の館らしく、仕方なく同伴をする。
こちらよりも重い荷にも関わらず、道を横に並んで歩く。
不思議に思っていると、荷車を止められ、取り出した木槌でこちらの荷車の車輪や節を叩き始める。
頑丈そうに見えて、荷の重さや雨風に、節々が徐々に歪んでしまうのだそうだ。
彼方此方と確かめるように叩くと、荷車は真っ直ぐに進み、車輪も穏やかだった。
礼を述べると、彼は歯を見せて笑った。
平手で背中を叩かれて、また口に干し肉を放り込まれた。
館につくと滞在する役人がわざわざ現れる。
こちらが手紙を渡すと赤豆の入った小袋を渡される。割のいい仕事だ。
白髭の商人は何やら話し込んでいる。
荷車の荷はその間に他の役人に寄って運び出されている。
話の最中にも、たまにこちらを見ている。
荷車を持ち上げて先に路を戻る。
暫く一人で歩いていると、また別の荷を乗せた荷車を引いて、白髭商人が追いかけてきた。
話し込んでいた相手は、エスタ領のコ、ニア様らしい。
コといえば領主に次ぐ地位の役人だったはず。
王都側へと戻るならと、手紙を渡された。
組合本部へ代わりに届けてほしいとの事。これからリゼウ国方面の国境へと向かうらしい。
前払いとばかりに、また口へ干し肉を放り込まれる。
「案の定、二の豆も豊作、かい。」
役人からの手紙の封蝋を切り、中身を確認し、コ・ブエラは呟く。
「そうですね。今年は、我が領も本格的に落ち葉堆肥と草木灰、木酢液を用いた農作を行っていますから。昨年の二の豆の豊作を見て、今年は農民たちも自信を持ってそれを扱ったのでしょう。」
コ・ニアはそう述べると、回ってきた手紙をコヴ・ラドへと読まずに回す。
「北部開拓村に回すほどの量がなく、農村三つで扱うのが限界ではあるがな。だがそれも時期に解決するだろうと、ジエ君は言ってきているのだろう?」
手紙に目を落としながら、コヴ・ラドはそれを問う。
今では件の事案の細事はほぼ、コ・ニアが主導権を握っていた。コヴ・ラドに回ってくるのは包括的な報告と、最終的な結果や決済だけであった。
「ええ、乾季の中旬には炭焼き、陶器含めて、予定した範疇で操業が始まると。冬季が明ける頃には、今とは比べ物にならない産出を始めているでしょう。」
「喜ばしい話だ。後はディル領の本年の税額が、内政府で決まるのを待ち、それを乗り切れば問題はない。次の雨季は我が領も全ての農村で、農作と養鶏の新方式を実施できる。」
コヴ・ラドは目を落としていた書面を、机へと放る。
そうして放られていた幾つもの書面を、コ・ニアは掻き集め、一つにまとめ、整える。
「その王領、内政府の動きだが、シギザのダナウが動いているようだね。バルドー国との間を取り持って、物資支援の約束を取り付けたとか。貨幣を掻き集めているようだね。」
コ・ブエラは懐から封蝋のない手紙を取り出す。
それをコ・ニアへと渡すが、コ・ニアはそのままそれをコヴ・ラドへと手渡す。
「コ・デナン辺りを通して、王太子殿下へと話を持ち込んだのでしょう。懇意は王立学校時代から有名でしたから。手柄を王太子殿下の預けて、国王陛下の首を縦に振りやすくする。そう言った形式を整えるだけで、後は強かに仲介をした手数料をとる。」
紙面を読まない事に不思議を感じながら、コヴ・ヘスは受け取った書面の内容に目を落とす。
「見てきたように言うじゃないか、ニア。まぁ、そう言ったやり取りがあったかは別として、概ねその通りで王太子殿下の功績という事になっている。それもあって、本年の諸領の納税額の増加は内政付きの貴族役人にも主流派になりつつあるようだ。」
コ・ブエラはコヴ・ラドの手元にある紙面を指差し、ニアの顔を伺う。
「ダナウの考えそうな事だ。ヘスに対する嫌がらせも含んでいるだろうな。領土割譲をして尚、過去と同額程度の納税を課して、今年は南部平野の農村や漁港も削り取ろうと考えているのだろう。」
「けれど、今年のディル領は既に、その納税額を苦としていないとは、誰も気づいていない。」
コ・ニアは口元を緩める。その表情を見て、コヴ・ラドは思わず苦笑いを浮かべる。
「確かにそうだ。請求額に怯えるのはむしろこちらの方だ。乾物の生産と買い入れ、貝殻の買い入れ、常用の塩なども含めれば、持ち出しが随分とあったからな。その上、納税額が決まれば、陶器の請求まで持ち込まれる。」
「では貨幣の出費を押さえ、二の豆を少しお売りするしかありませんね。陶器を買いますか?それとも、こちらでしょうか。」
そういってコ・ニアは、掻き集めた手紙の束を指差した。




