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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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失敗のその先に

「あの時も、結果的には同じ事が起こったのだよ。ニア、お前には話したね。」

 コ・ブエラは尚、言葉を続ける。コ・ニアはただ静かに頷く。


「当時の王は馬鹿であった。生きた畑から生み出される豆が膨大であったから、国中の詩魔法師をかき集めて、豆を作り続けた。そうすればどうなる?村の維持に必要な詩魔法師は居ない。戻ってきた詩魔法師は魔素を吸われきって、その自覚のないまま詩を歌う。全てではないが、そういう事が各領の開拓村や一部の農村で起こった。」


「私が好いた詩魔法師は国一番と謳われた、優秀な方だった。豆を生むため大地に魔素を注ぎ、その足で各地を回り、飢えと寒さに苦しむ人々のために昼夜と歌い、自身が休む間もなかった。だが冬季は、相当な犠牲者が出た。その詩魔法師も道中行脚で事切れる程にね。」

 コ・ブエラはそこで言葉を止め、深い息をつく。


「アンタのその話は、恐らく一度は通るあやまちだ。畑をやって、それの収穫物が誰かの口に入る。食えば満たされる。農家がその顔を見て、明日の豊作を夢見る。そのために色々試してみる。俺の故郷にも、そういう話は幾つもある。後年になって、それが過ちだった、環境を破壊しただと言われる。珍しいことじゃないさ。」

 栄治の知る人類の農作の歴史にも、幾つも思い当たる節があった。

 自分が当事者でなかっただけの話、後年に生まれただけの話、そう言ってしまう事は簡単ではある。


「だが通ってみなけりゃ判らない。通って、後に残された者がそれを分析して、更にその次の世代に伝えていく。そうして、ギリギリ許される範囲を探っていくもんだ。見ろ。」

 そう言って栄治はそれを指差す。

 その先には若い詩魔法師がこれから、新たに耕された畑に詩を捧げる所であった。


「豆はまだ植えていない。ここには冬季に掻き集めた森林部の落ち葉を腐らせて、それを蒔いて耕してある。」

 詩魔法師は口にオカリナを当てる。

 いくつかの音を単音で吹いて、一寸を置いてそれは静かに音楽を奏で始める。


「おお!あの土笛は、詩のように音階を奏でられるのか!そう言えば、ここの詩魔法師たちがみな、あの土笛を首から下げている。」

「あの詩は、土だの大地だのに捧げているものではない。この畑に住む小さい虫たちに捧げられている。ニアお嬢さんが言ったように、目に見えない程に小さい虫に対してもだ。それを俺達の故郷では細菌さいきん、或いは微生物と呼んでいる。」

 静かな音色が辺りに流れる。この治験農場ではよく見られる光景であった。そのため、アルド・リゼウにとっても今やありふれた光景であり、治験農場の結果を受け、共有したコ・ニアにも珍しいものではなかった。

 一同の暫くの無言の鑑賞の後、演奏を終えた詩魔法師は気恥ずかしそうに顔を赤く染め、足早にその場を離れる。


「あの笛の場合、この詩一回で、大きく変わるものじゃない。だがこれでいい。これがいい。」

 栄治は詩が捧げられた畑の土を、身をかがめてその手ですくい取る。手のひらの上で、親指で、それをかき混ぜ確認をする。


「俺も詩魔法の力なんぞよく理解していなかったが、この一年で嫌という程、思い知った。豆だけがこの地で育つ理由にもいくつか考察が持てた。婆さんの長話にも、興味深い点がいくつもある。まだまだ、これからだ。年長者として、その知恵を貸してくれると有り難い。」

 手のひらの土を畑に戻すと、栄治は腰をかがめたその姿勢のまま、相手を見る。

 それに対し、コ・ブエラは鼻をすすりあげ、だが意識して表情を動かさず静かに頷いた。


「一つだけ、教えてはくれんか。あの土笛の事だ。あれはどういう物だ?先程から、この場に居ない人物が、一連に関わっているかのような言い回しも多い。その者がもたらした物のように思える。」

 この場でそれを知らないコ・ブエラが問う。しかし胸中には思い当たる名前が確かにある。


「私には、トウコ、それとエルカという名前が、関わっている様に思えてならない。」


「本当に油断ならない婆さんだな。ニアお嬢さん、何でその名前が知られている?」

 栄治がそれを問うが、コ・ニア本人は目を細め僅かに口元を緩めるだけである。


「自慢になるが、私は一度見た顔、一度見た名前は忘れぬよう日々心がけている。前にコヴ・ラドに届いた手紙を横から盗み見たことがあったが、そこに、その二人の名があった。それが、ディルに居るのだな?であれば様々に合点がいく。」


「その通りだ。だから我々は、ディル領を支援する。ディル領は我々に、民に恵みをもたらす。」

 アルド・リゼウはそれに先じて応える。英治が不意に顔を歪めるが、手を掲げそれを制す。


「いずれ知られる事だ。特にこのコヴ・ブエラ・セッタは長年、サザウ国を支えてきた重鎮の一人だ。伝手も無数にあれば、根も深くと知られている。今それを教えずとも、それならばと自分で調べ上げるだろう。それは互いにとって時間と労力の無駄だ。」


「何処の世界でも、どんな国でも、爺さん婆さんは油断ならない事に違いはないのだな。それを安堵してよいのやら、大いに悩む所ではあるが。」

 栄治は額に手を当てる。

 その栄治の姿を歩きながら見ていたコ・ニアは、静かに、満足そうに口元を緩めた。

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