招かれざる客と招かれた客
リゼウ国兵士分隊長の手記
雪の中、荷車を押し村にたどり着くと、まだ教会から細々の煙が立ち上っている。
それを見て隊は一応の安堵の声を漏らす。
油断はできない状況だった。
村へ踏み込むと案の定、一応に気力を失っており、意識を手放しかけている。村人を担ぎ上げ、雪の中を駆け回り、教会へと放り込む。中では荷車から持ち込んだ薪を炊き、室温を必死に上げている。
数人の村人が既に事切れていた。
年老いた者であったが、知己であった。
今年の雨季の巡回で他愛もない言葉をかわしたのだ。
胸が張り裂けそうになる。悔しさが込み上げる。
かき集めた村人たちを必死でさすり、顔を叩き、微量の塩を混ぜた炊き湯を口に運んでやる。
素直に飲まない者も居たが、皆が必死で意識を引き戻させた結果、自発的に身体に熱を戻させるに至る。
運び込んだ薪と備蓄の薪も使い、必死に室温を上げる。
豆を炊き、湯気を立てるそれを木匙で潰し口に詰め込み、湯を流し込んでやる。
常に隊全体で何処かで叫びにも似た声が上がる。
息遣いが、頬に赤みが戻るのを、汗とも涙とも言える顔で必死に抱きとめる。
自発的に動き始める連中を擦り起こし、そのまま今度は目を覚まさないのではないかと不安になりながら、目を閉じるその息遣いを見守る。
用意されていた羽毛を仕込んだ防寒具を羽織らせ、焼いた石を入れた土袋を抱かせ、生き残った連中を荷車に乗せる。
亡骸を弔ってやる余裕はない。ここまで来たら誰一人欠けずに助け出してやると一丸になり、掛け声と共に我々は雪の中を出発した。
水たまりの残る、雨季の気まぐれの晴れ間の街道を、二台の馬車がすれ違う。
その寸瞬を置いて片方が止まるのを見て、もう片方も行路を止まる。
「その馬車、何処の者か?我が国の馬車の様だが。」
先に止まった馬車から身なりの良い役人が降り、近くに寄って声をかける。
「エスタ領のコ、ニアです。そちらは。」
戸を開かず、その声だけが中から発される。
「私は王太子エルド・サザウ様の伴の者。あちらの馬車には王太子殿下がいらっしゃいます。」
その答えに戸を開き、コ・ニアは馬車を降りる。
こうした遭遇は珍しい事であった。
「この様な場所でお会いするとは光栄でございます。エスタ領のコ、ニアに御座います。」
コ・ニアは相手の馬車まで出向き、戸を前に礼を払う。
「行き先はリゼウ国王城か。この様な時勢に、どの様な用向きか?」
戸は開くこと無く、中から声がする。
コ・ニアにとって直接の面識はない相手の声であったが、それを確認する術もまたなかった。
「ただの取引で御座います。コヴに代わり、約定の確認に参ります。」
「そうか。だが、強情で、まともな話が出来る相手ではない。我々は引き上げる道中だ。」
馬車の中より響く声は低く、荒い。その声に、コ・ニアは僅かに表情を歪ませる。
「お言葉、有り難く頂戴いたします。急ぐ道故、失礼致します。」
開くことのない戸を前に軽く会釈し、コ・ニアは自らの馬車へと踵を返す。
その後ろで王太子を乗せた馬車は再び国境へと向かって走り出す。
「ラザウの息子か。王領も切羽詰まっていると見える。」
今はエスタ領のコ、という形式上の立場を与えられたブエラ・セッタは戻った同乗者にそう声をかける。
「王領も一の豆の作付けが大きく遅れたと聞きます。食料の取引に来たのでしょう。」
「三の豆は、難しいだろうね。セッタの伝手からも同じ様な話を聞いたばかりだ。」
馬車がリゼウ国の王城に着いたのはその日の陽が傾く少し前であった。
「ようこそ、ニアお嬢さん。で、そちらが件の。」
知らせを受けた英治が、国主の前を中座し、馬車の前へと現れる。
それをコ・ニアは僅かに口元を緩め軽く会釈する。
「ご無沙汰を、と言うにはそれ程、日が開いておりませんね。キョウゴク・エイジ様。」
改まった呼名に、やや栄治は身構える。そしてその理由が側に控える老婆にあると意識する。
コ・ブエラもまた事前に拝聴していた相手の名前に、現れた異風の男を前に身構える。
「今はエスタ領のコ・ブエラだ。以前はセッタ領でコヴをやっていたが、捨てられて、拾われた身でね。よろしく頼むよ。」
「おや、これは大物だな。京極栄治だ。今はリゼウで筆頭役人なるものを押し付けられている。宜しく頼む、コ・ブエラ。」
差し出された嗄れた手を、栄治は手に取る。
その手の感触に、ふと望郷の近所の気さくな老人たちを思い出す。相手の目にもまた、油断や隙きを見せない鋭さのようなものを感じた。
「雨季も終わりが見えてきた様だがね。今日は晴れて良かった。厄介な客も今朝帰った所だ。」
「サザウ国の王太子殿下。道中ですれ違いました。」
二人を追う様にコ・ブエラは歩を早める。遠慮のない歩幅に、軽く憤りを感じている。が、当の二人はそれを気遣う様子もない。それを見つめる者が居る。
「後ろを気遣うのだな、エイジ。ご年配がお困りの様だぞ。」
遠くから歩み寄るその姿に、三者は足を止める。国主アルド・リゼウが役人を引き連れそこに現れる。
「息災であったかな、コヴ・ブエラ・セッタ。サザウ国で開かれた交流会以来か。そして、コ・ニア嬢。ようこそ、リゼウ国へ。次期宰相が客人に失礼をした。」




