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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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灰の底に沈む物

ある独立商人の手記

 この冬季は凄まじい、それは確かに実感をしている。だが疫病と言われてもピンと来ない。


 王都の馴染みの酒場は、閑散としている。

 ひと仕事を終えて、詩魔法師の詩を聞きながら肉をかじるも、今年はやはり、馴染みの顔が少ない。確かに、飢えて行き倒れた奴も居たが。


 堅実な商売と荷の輸送で生業を立てている連中は、今は異例とも言える稼ぎ時となっている。

 顔に馴染みのある奴から順に、リゼウ国とエスタ領が荷運び仕事の囲い込みに入っている。


 この冬、リゼウ国に雇われてる連中は束縛も多いが、実入りも現物で、仕事の前には必ず、若鶏を丸ごと焼いたのを食わせてもらえる。

 あの味を覚えたら、わざわざ見張られているのを抜けてまで荷の着服など考えない。

 何より仕事が途切れない。


 積み帰る荷も大入りの壺に詰められた灰だという。

 まぁ、本当に灰なのか、灰の中に何かが埋まっているのか、疑わしい部分はあるが。


 俺の様な気ままな奴にも、エスタ領が仕事を回してくる。

 妙な依頼も多い。最近ではコのニアお嬢さんが直接、俺達の様な独立商人に依頼を持ち込んでくる。


 荷車に荷を積んで、セッタの農村で井戸水を買ってくるというのは如何にも訳ありだ。

 その荷を王領で卸せば莫大な利益になるだろうに。

 そして依頼が終わればまた次の依頼、妙な話だがこれも途切れない。


 死んだアイツの荷車を、若い商人が買っていた。

 もし見かけたら気にかけてやろうと思う。あの馬鹿のような事にならない様に。



「村への帰参を願う連中が、帰れるのは何時かと、再三と尋ねてくる。」

 形式的な報告部会を終えた室内で、アルド・リゼウは栄治にそう問いかける。


「帰せる訳がない。栄養価改善すら済んでいない。その上新地開梱に、次の冬季の準備に、不可欠だ。自分の身体に聞いてくれ、と言ってやれ。」

「雨季に冬季の心配か。しかし、その言には私も同感ではある。」

 部会を終えたというのに、多くの役人はその場に座っている。それをみてアルド・リゼウは手を掲げそれを払う。それを合図に各々が腰を上げ、部屋を出ていく。


「雨季の終わりを見計らって、綿花を仕込む。それの収穫と加工にも手が必要だ。」

「綿花、あの白い花をつける植物か。大国から仕入れる生地と同じものになるのか?」

 栄治はその問いに頷く。飼料のための食料の産出が間に合わない以上、羊の増産は一時見送らざる得ないと考えていた。

 それよりは正確な作地収穫が望める木綿の方が冬への備えに即効性がある物だと考えていた。


「いよいよ、あの治験農場の作物も世に出始めるわけか。」

「まずはまとまった作付けを試す。製糸、製布は来年以降だ。今年は小細工なしに草布に仕込んで防寒具を増産する。種も増やし選別する必要がある。」

 治験農場の話が出て、栄治は選別した作物銘柄を思い浮かべる。

 あの陸稲も今年は見送られたものの一つだった。ただ引き続き治験と親種の育成は試みを続けていく。その腹積もりであった。


「サザウ国は酷い有様だな。伝え聞く所によると、十万の民が失われたと。」

 アルド・リゼウは雨季の雲間の日差しを、窓の側で浴びる。その温かみに感じるものは例年よりも深い。


「エスタとディルはよく立ち回ったもんだ。今年を始められたのだからな。シギザ、セッタ、王領は一の豆に満足に手を付けられないという。今年も、いや今年の冬季は更に、人口を減らすだろう。」


「輸送団の警護を増やすべきだと私は思っている。何れ、正式に食料の取引依頼が来るだろうな。」

 栄治はそれに頷く。積荷を狙った野党まがい等、輸送路での障害も視野に入れざるを得ない。


「だが取引といっても、連中は何で食料を買うと言うんだ。」

「灰で食料を恵んでくれるのなら、自分たちは通貨を出そう。などと言ってくるに決まっている。」

 吐き捨てる様に言うアルド・リゼウを見て、栄治は冗談にも笑えない。


「ではその通貨で灰を買い、灰で食料を買えと言う他はないな。」

「ディル領はその点、気前がいい。途切れること無く、灰も木酢液も送り続けてくる。この厳しい冬季を超えても一切変わらずだ。」

 恐らく、そうしたやり取りの中でやがて草木灰の本当の価値や、未知の商材である木酢液の存在に気づいていくのだろう。

 そして取り合いが始まる。両者はその点を深く理解していた。


「その上、今後はその量が増える。エスタのお嬢さんとの約定通りならば、その灰も木酢液も八割はウチのものだ。」

「先の知らせといい、立ち回りといい、この先、ディルの商人に大分支払いが必要なのではないか?」


 ふと、会議室の戸が叩かれる。

 先程退室ばかりの役人の一人が再び戸を開けて入室する。


「ディルからの戻りの荷車と共に、御手紙が。」

 そう言って、手紙は栄治に手渡される。封蝋の印を確認し、栄治はそれを破る。


「誰、からだ?」

 国主の問いに栄治は答えること無く、紙面を読み進める。

 破いた封蝋の印と空の封筒のみを差し出す。破れた印を重ねると金槌をあしらったなつが見える。


「今回の支援の丁寧な礼と、次の荷の予定について書かれているが、読めない文字の手紙を渡しても仕方ないだろう。だが、書かれている事は実に厄介だぞ。窯元は予定を早めるつもりかもしれん。」


「次の荷車の灰の中に、鉄器の鍬の刃を何枚か沈めてくれるそうだ。こちらで試しに使ってみて欲しいと。このままではその支払いは更に増える事になりそうだ。」

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