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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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訪れた雨季

衛士リオルの手記 ある日の抜粋

 今日も、我が隊もトウド城壁外の見回りに駆り出される。


 鬱蒼うっそうとして、嫌になる。城壁の外とは言え、乾季まではそれなりに活気があったものだ。

 冷たい雨が降る中、見つかるのは事切れた非定住者ばかり。

 疫病、という話だが、今の所、我が隊に発症した者は居ない。


 それでも、俺達は今はもう王都の中心区画には入れない。


 所属の詩魔法師の連中が連日、飢えと寒さを抑える詩を唄っているが、今の所、俺達には効果があるようだ。この謎の疫病は、詩魔法の効果が得づらくなるという物らしい。

 症状が進行すると、飢えと寒さを常時訴えるようになり、身体が強張って、そのまま息絶える。


 今も、点在するあばら家で、雨の止んだ日はそこら中で、焚き火の前で連中は飢えている。


 俺達は今日も、そんな連中の亡骸を回収する。

 集めて積んで、火にかける。

 一時は配給された乾豆も、この飢えに効果がないと見るやそれの停止も早かった。


 王領の農村でもこの謎の疫病が発生したと噂になっている。

 内政府や王族はそちらの支援を優先したのかも知れない。


 先日、噂になっているリゼウ国の輸送団を呼び止めた。

 何故、飢えた人々の前で、それを素通りするのかと。

 今王都では、生活物資は酷く高騰している。何故、それすらも見向きもせずに征くのかと。


 リゼウ国の兵士は感情を隠しきれないその震える声で、形式通りに依頼状を読み上げる。


「この積み荷は、決して損なう事なく、ディル領へ運ぶ約定となっている。これはリゼウ国主アルド・リゼウ自らの命である。なお積荷を損なえばそれを運ぶ輸送団全体に責任を問われる。」

 そうして、依頼状に捺印された国主の印、依頼を行ったディル領主の印の併記を主張する。




 雨季は静かにやってきた。それを喜ぶ声は、その気力は、サザウ国にはなかった。


 強いて平年のそれに近い一の豆の作付けに着手を出来たのは、エスタ領、ディル領の二領のみであった。


「北部開拓村では、それぞれ少なくない被害が出たか。」

 改めての報告部会で、ディル領を維持する役人たちの表情は重い。

「支援はどうしても南部平野の農村、沿岸部の漁港が優先となってしまいました。それでも。」

 役人はそこで言葉を詰まらせる。


 この場に居ない該当者は執務に追われ、今も領内を奔走している。


「それでも他領のそれに比べれば、我が領は気づくのが早かった。全てはコ・ジエ様の報告と進言あればこそ。他に言葉が御座いません。」

 コヴ・ヘスが蓄えた白い髭に手を寄せる。部会を前に事前に写生された報告書に目を落とす。


「ポッコ村はその中でも最たる例でしょう。平常通り、それ以外の言葉が御座いません。」

「あれが平常通り、か。」

 数人の役人から乾いた笑いが漏れる。その実情を知る役人も、今はもう少なくない。


「統廃合に際する移民すら、淡々と進んでいる。年老いた者、持病を持ち弱っていた者が犠牲になった結果が、寧ろそれを促している。前の冬季に行われたポッコ村への派遣青年団に加わったものも、精力的にそれを手伝っている。」

 実態は、決して喜ばしい話ではない。

 しかし村人の危機感と、背負った荷の軽減が、変化への動力になっていた。


「九つの開拓村で、それぞれ百二十名程度の規模、二の豆の作付けの頃を前にそれがポッコ村同様に動き出す。みなも、それを有形無形うけいむけいに協力してやって欲しい。」

 解する一同は、黙し頷く。

 そして、本題である農村部、漁港での栄養価事情改善の会議が始まる。



 その日一台の馬車が、事前の知らせなくエスタ領の館へと乗り付ける。

 馬車から降りたその人物は、冬季にそこへ訪れた時よりも、衰えが進んだかに見えた。


「出迎えかい、ニア。」

 ブエラ・セッタのその手に、介添の手が差し出される。

 コ・ニアのその手をブエラ・セッタは取り、馬車を降りる。


「あれは、アンタの差配かい?余計な事を、とは言わないでおくよ。」

「預かり知らない事で御座います。」

 その言葉が何を指すのかも問わぬ内に、返される言葉が、ブエラ・セッタには何よりの答えであった。一度目を閉じ、介添の手を離し、後ろ手を振るう。


「私は放免されたよ。先代はもはや領に不要だとさ。追い出された様なもんさ。」

 そう述べ、差し出された茶を主より先に口に運ぶ。それを含み、ブエラ・セッタは笑う。


「私は何も知らないんだね。この茶すら、知らない味だ。私の舌がおかしくなったのではないならね。」

 その言葉に、コヴ・ラドは自らもそれを口に含み、不意に側に佇むコ・ニアを一瞥する。


「でしたら、エスタ領で役人として働かれてみては如何でしょう。こちらは尚、忙しくなりますので。」

 コ・ニアはそう述べ、父の顔と、老いた御身の顔を見比べる。


「バタバタと村人が息を引き取る中、井戸の水を恵んでほしいと荷車がやってきた。馬鹿な事に革袋に穴が空いていたとさ。水をくれてやると、命の代わりにと荷車の中身を丸ごと下ろして置いていった。」

 ブエラ・セッタは、その茶を再び口に運び、息をつく。その舌に慣れない味であったが、不思議と忌避感は感じなかった。


「そんな出来事が不思議な事に、幾つもの農村や製紙村で起こった。どれもこれも、いつもはセッタを素通りしてエスタやその先にいく独立商人の顔ばかり。そんな道中の支度を怠るような馬鹿共が、私の目から気まずそうに顔を隠して荷を捨てていく。乾豆、薪、布生地、塩。流石にこの茶は混じっていなかったが。」


「きっと、道中で良い商売をなさったのでしょう。」

 コ・ニアはそう言うと、僅かにその口元を緩めた。

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