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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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鳴り止まぬ鐘と、葬送の煙

 エルド・サザウは城内の中庭で木刀を振るっていた。


「王太子殿下。」

 呼び止められ、そちらを向くと王立学校時代からの友、コ・デナンが立っていた。


「おお、デナン。よく来た。息災か?今日はどうした?」

「父の使いで参りました。国王陛下に直接拝謁願いたく、王太子殿下にお口添え頂ければと。」

 青年は会釈とともに述べる。


「父上にか。コヴ・ダナウからの使いとは?」

 差し出された書状を、自身の裁量で封蝋を外す。


「父上。エルドです。火急の用があり、シギザのコ、デナンと共に参りました。」

 手紙を携えコ・デナンを伴い、中庭を後にしたエルド・サザウは、その足で王の執務室を尋ねる。

「許す。入れ。」

 机を前に座し、羽筆を手に紙面と向き合ったまま、ラザウ・サザウは我が子の声にそれを招き入れる。


 勢いよく戸を開き、両名は執務室へと踏み入る。

「何事だ?火急とは穏やかではないな。」

 ラザウ・サザウ手を休め、席を立ち、執務に強張った身体を伸ばし、窓の前に立つ。エルド・サザウは黙したまま、その手の書状を差し出す。側に控えるコ・デナンはその拝謁に深く会釈する。


「仔細不明の疫病。この殊更冷える冬季にか。」

 一度紙面に落とした目を窓の外へと向ける。ラザウ・サザウの目にも、白い雪が外を舞うのを見て取れる。王都トウドを雪が白く染める程のことは、この十年、なかった事に思いを馳せる。


「諸事に追われる父に代わり、書状を携え参りました。シキザのコ、デナンです。」

 ラザウ・サザウは手を掲げそれに応えると、再び紙面に目を落とす。



 シギザ領南部のとある農村。

 雨混じりの雪が降る未明、村の教会の暖炉で静かに消し炭が崩れる。


 村は静まり返っていた。冷たい雪解けの雫が村人の住処を伝って地面へと落ちる。


「かぁちゃん。」

 教会の暖炉の前、自らを抱きしめる母の様子がおかしい事に気づいた子は、意識を振り絞りその様子を探る。冷たい風が戸の隙間を抜けて入り込む。


 室内は徐々に冷えていく。


 子供は、母の身体が冷えていくのを感じ始める。動かない母。

 抱きしめられ身動きできない自分。

 乾いた唇、枯れた喉、何より強張った身体に、一時浮かび上がった意識も、また深く沈んでいく。


 三百も居た村人は、その日、全滅した。

 

 一人目から数え、たった三十日の事だった。

 一様に寒さを訴え、空腹に嘆き。役人はそれを領主へ知らせると領主の荷車がやってくる。

 それに極僅かな薪と乾豆だけを残し村の蓄えを積み込み、足早に村を去っていった。


 冬季が深まり、雪が降り、稀な積雪を始めるとそれは一層と加速した。

 村人は失意と失望の内に、その意味を悟る。



 しかしその村だけで済むはずの謎の疫病は、次々と伝播していく。

 シギザ領の別の農村で、北部の開拓村で、湾岸の漁港で。


 その内に街道での独立商人たちの衰弱と鬼籍の記録が、独立交易商組合から露見し、王都の賑わいは悲鳴へと変わった。王都トウドの外周に不定の居を構える半定住者たちが次々と倒れていく。


 冬季が峠を超え、降雪がそれを止めても、冷たい雨が降る度に悲鳴が上がる。

 いつしか王領の農村にも、それは波及する。

 国を上げての緊急事態となった。乾豆と薪用の木材が荷車に乗せられ、国内を走り回る。


 淡々と運送を続けるリゼウ国の輸送団は、その積み荷を王都で卸す事なく、素通りしていく。


 巡回する衛士がそれを呼び止める事もあったが、随伴するリゼウ国の兵士が依頼状とそこに記された印を見せると、それを見送るしか無かった。


 目の前を、生きるための物資を乗せた荷車が過ぎ去っていく。

 そして、謎の疫病に喘ぐシギザ領ではなく、手前のディル領でその荷が降ろされていく。


 その日、コ・ニアに見送られエスタ領の館を発った荷車は、そうした一団に紛れ込む。

 折りに触れ、その流れをひっそり離れ、或いは再び混じり。


 そうして日々は過ぎていく。

 冬が過ぎれば、と誰しもが願い、その願いに詩魔法師たちは安寧を歌う。

 寒さ、飢えは、背を見せていく冬とは別に、尚も暗い影をサザウ国に落とし続ける。



「ねえ、ジエさん。エルカ。」

 幢子は、朱く焚かれた暖炉の火の前で、その村の子供が膝の上で静かに寝息を立てるのを起こさぬよう、二人に声をかける。

 エルカは奏でるオカリナを止め、コ・ジエは報告の書の羽筆を止める。


「こんな生活、続けてちゃダメだよ。」

 明日は我が身。そういった危機感が薄れていた事に幢子は、意思を新たにする。



「こんな生活、続けていいもんじゃない。」

 栄治は、篝火が煙を上げる難民キャンプとも言えるその場で呟く。

 方々で急ごしらえの土器に湯が炊かれ、塩が振る舞われ、乾豆が煮られ、羽毛を仕込んだ草布の外套がいとうは今も王城で織られ続けている。

「次の冬は、こんな生活抜け出させてやる。」

 その意志を、視察に出ていたアルド・リゼウは少し離れた場所からじっと見ていた。


 ディル領北部、森林部深くのポッコ村ではその日も、煉瓦焼きの炉に、陶器焼きの窯に、炭焼の窯に、火を焚かれ続けている。

 三役の居ない村を今日も煙は、白く、高く、真っ直ぐに立ち登る。

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