誤解
幢子の記録 詩魔法そのキュウ。
栄養価という着眼点を得たことで、詩魔法への依存が視認できたと思う。
魔素だけ十分なら大丈夫というわけじゃない。身体自体も整えていかなければ、魔素は貯まらない。
これは代謝のエネルギー効率を参考にすれば理解が掴みやすい。
人間のエネルギー転換率で見れば、水と酸素が一番エネルギーを作り、続いて炭水化物、タンパク質、脂肪の順で身体に備蓄されていく。
常時詩魔法の影響を受けていると過程をして、魔素は何処に居るのか。身体の血色、体温、肉付きを見ていけば、それが見えてくると思う。
例えば、私が木鍬を振るった時と、農作業を担当している村人がそれをした時。
深く掘る力にどの程度の差がでるか。或いは徒競走でもいいかも知れない。
実際に一人捕まえて、走ってみる。結果は私が圧勝していた。
呼吸量、発汗は体躯による違いはあるかも知れないけれど、ほぼ同じかなとは思う。
自慢だけれども、私は運動音痴の部類。
更には、付き合ってもらった人は身体を痛めてしまった。
骨折、という程ではないとは思うけれど、足や腰といった部分の触診を嫌がる。
慌ててエルカを呼びに行ったら、酷く怒られた。
そうか。骨や筋肉の強度自体にも補正がかかっているのかも知れない。
或いは、それらの体組成の欠落欠乏を魔素を転換し補っているのかも知れない。
その万能性を考慮に入れると、魔素は炭水化物と同等、或いはそれ以上に「詩魔法の干渉を経て」重要になる栄養価と考察しておこう。
「ご歓談中失礼いたします。ブエラ様、ご無沙汰をいたしております。」
コ・ニアは会釈をし、そのままコヴ・ラドの側へと駆け寄っていく。
「御父様、こちらを。」
その手には封を切られた手紙があり、それを受け取ったコヴ・ラドは封印を確認し、コ・ニアを一瞥する。そしてその紙面に目を下ろす。
「ブエラ老、しばし失礼。急ぎの話の様だ。」
「ニア、すっかり領主一族の風格が出てきたじゃないか。王立学校で姿を見かけた頃とは見違えたよ。」
コヴ・ラドの側に侍するその姿を見て、ブエラ・セッタは声をかける。
「そうでしたね。ブエラ様とはそれ以来でしたでしょうか。四年程になりますか。」
「あの頃、ニアは蔵書室で一人本を読み漁っていたからね。紙を手土産に司書長と茶を飲む際によく見かけたものだ。だからこそ、お前が読んでいた本や写生していた本についてもよく話題になった。」
目を細くコ・ニアを見つめ、ブエラ・セッタはその手を掲げる。
「私は良く戒めたと思うたが、お前はそれを忘れたか?」
「何のお話でしょうか。私に、何かブエラ様のお気に触る所が御座いましたでしょうか?」
コ・ニアはそのブエラ・セッタの姿を見て、その表情を崩すこと無く、発する。
「ブエラ様に戒められた事。蔵書室でと申されますと、思い当たる節は幾つか御座いますが。」
「お前が齎した古い話が、今回の豊作に繋がったんじゃないのかい?」
「一体何の話だ。」
黙し目通しをしていた書面を下ろし、コヴ・ラドはコ・ニアを見る。
「以前、ブエラ様に王立学校の蔵書室にて幾度かお会いした際、幾度かお咎めを受けた事があるのです。主に書の内容を行使する事の無きよう、ですが。」
「ニアは特に異質な子だった。王都での社交も不得手と見えて、勤勉に寄った子だ。それはお前やヘスの側であった事にも原因はあるだろうが、それを加味しても、ニアは逸脱した子だった。」
ブエラ・セッタはコ・ニアを睨む様にしてそれを語る。
「ある時ニアは、詩魔法に関する書を読み漁っていた。それも古い文面だ。私が幼少期、豊作と、酷い凶作があった。その時の記述だ。六十年程前に記されたものだ。」
「ええ、その本については記憶がございます。詩魔法により魔素を与え続ける事で王領とセッタ領で人の手により豊作をもたらしたと。その詩魔法についても詳しく記されていました。」
「五十年前の農村・開拓村の再編成に繋がる、国難の起源か。」
コヴ・ラドは一度手紙を置き、二人に目をやる。
「そうだ。その結果、以後豆も根付かぬ土地が、王領とセッタの一部に広がった。深い知識と経験を兼ね備えた優秀な詩魔法師の大勢の亡骸とともにね。」
ブエラ・セッタはコ・ニアをまっすぐに睨み、その言を続ける。
「六十年を経て少しずつそれの痕跡を小さくしているが、今もセッタ領の南部平野に農作に使えぬ土地がある。私の代はそれを抱え、領の舵取りは至難を極めた。」
「同じ様に伺った記憶があります。それに、書にそれを記した詩魔法師は、翌年の凶作に成す術なく命まで失ったと。それ故に、書にはその戒めが記されていないとも。」
コ・ニアは当時の戒めを先じて発する。
「大方その前兆を記された書面ではないか、その手紙は。この冬季の最中に詩魔法師が詩を歌えなくなったのであろう。」
ブエラ・セッタその指で、コヴ・ラドの手から降ろされた手紙を指し示す。
「御父様。ブエラ様にも改めて貰ってはいかがでしょう。事は国難と言っても差し支えない事柄です。」
コ・ニアはその目を細め、そう進言する。コヴ・ラドは一寸考え、そして手紙を差し出す。
「我が領内からではなく、ディル領のコ、ジエよりの手紙です。ブエラ老がお考えの事態とはとても思えませんが、ニアの言う通り、国難への危惧を知らせるものといえるでしょう。」




