伝播する知らせ
サザウ国 セッタ領
中央に存在する王領の西部に存在する、諸領では序列としては四位に当たる。
人口はディル領とほぼ同等か、やや上と言った所である。
名産品が存在し、既に樹皮を用いた製紙業を行っている。
ここ二十五年でそれを整え、その供給に努めてきた。
そのため、開梱、作付けといった農作業の展開規模は他三領に比べ少なく、その税収の一部を紙に依って現物納入することを許されている。これは王都内政府、領内での伝達手段に日々消費されるためであり、双方の貨幣の介在を好ましく思わない意向が汲まれている。
現領主はコヴ・ドゥロ・セッタ。
先代からコに成るべく育てられた領主一族であり、五年前に次代として領主を委譲され、内政府に依る承認を経た。
馬による急ぎの手紙が届いたのは、栄治が治験農場を出て、登城の途上であった。
その場で自身の裁量で手紙の封を千切り、記されている内容を一読した栄治は、歩を早め、足早に王城の会議室へと駆け込んだ。口にはしない範疇で、想定していた事でもあった。
「国主、厄介な事になった。国庫の豆の準備が必要な事態だ。」
その場で行われていた報告部会に遅参した栄治を咎めること無く、国主アルド・リゼウは封蝋の痕を確かめ、部会の進行を止め、紙面に目を通す。
「我が国で同様の事が起こりうる可能性は?」
紙面を読む目を半ば、それを栄治に問う。俄には受け入れがたい文面であった。
「河内幢子が絡み、あのコ・ジエ氏がそう判断したのであれば、起こる起こらないの話ではなく、最早その規模を調査する段階だ。事前に同様の身体検査結果があり、関連性のある調査箇所まで示されている以上、リゼウ国も同じ道を辿っていると見ていい。特に北部の積雪地帯の調査と対策は急いだ方がいい。」
栄治の言の止まるのを待って、それを前提に手紙を読み進める。
「当然だが、支援も行うべきだ。ここで彼の地を切るなんてのは以ての外だ。エスタを経由なんて悠長な事をせずに直接、国庫に備蓄した二の豆、三の豆をある程度送るべきだ。見捨てた分だけ、今後の草木灰と木酢液が減る。言うまでもないが、その先も、だ。」
敢えてその部分を濁して栄治は発する。目下行われている報告部会にも即時共有すべき内容であるからこそ品目を口にしたが、その部分は現在、極限られた人物のみが知る秘匿事項であった。
「この様な時期に王城ではなく当領の館まで行脚とは、まだまだお若いですな、ブエラ老。」
コヴ・ラドは現れた来客を応接間へと誘い、テーブルを間に対座していた。
「王都へ行ったら、アンタはもう帰ったと言うじゃないか。だから出向いたんだよ。」
ブエラと呼ばれた老婆は、ハッキリとした口調と語速でコヴ・ラドを叱責するように言う。
「エスタ領は今年、二の豆、三の豆が久しく耳にしていなかった豊作と聞いてね。同じ気候、同じ土壌で、同じ領民でアンタの所だけ豊作というのは、おかしいと感じたのさ。」
「様々な幸運が重なったのでしょう。南部の農村で豆の根付きが良かったのですよ。風向き、雨量など、天の恵みを得たのですよ。」
目の前の老獪を前に、コヴ・ラドは言葉を選んで接する。
こういう事が起こるのは既に想定していた。故に納税を手短に済ませ、王都から離れたのである。
「王領では、ディルの所の割譲と、鉄の皿の話題ばかりさ。鉄が錆びるのは当然だろう。そんな馬鹿げた話で嘆いていないで、周りに目を向ける方が賢いだろうさ。」
「ほう、鉄の皿が錆びましたか。成程、確かに一年か。」
会話の節に、先の冬季の行脚の一幕とそこでの話に記憶が届く。
コヴ・ラドは口元に茶を運ぶ素振りに隠して、僅かに笑みをこぼす。
「単刀直入に聞くが、何を企んでいるんだ、アンタとヘスは。リゼウ国とも大分親しくやっている様子じゃないか。探りを入れれば、リゼウ国側も今年は豊作らしき話も耳にする。」
老人の言を前に、同じく初老に差し掛かろうというコヴ・ラドは茶の器を置き、口を開く。
「流石に、経験には勝てませぬな。領主を退かれたとは言え、歳を経て尚、昔から貴方の目は鋭く、厳しい。」
コヴ・ラドは言葉で時間を稼ぎつつ、返答を組み立てる。出すべき手札と、隠すべき手札を整理する。
「我が領で新しく農耕の改善を検討しましてな。協力を得る代わりに一部情報を共有したのです。」
「まさかとは思うが、アンタは詩魔法に手を加えたわけじゃあるまいね?」
見当外の唐突な言に、コヴ・ラドは首をかしげる。
「このブエラ・セッタの目の濁らぬ内に隠し事はって奴だよ。馬鹿なことはお止め。」
「いえ、そのような事は。一体、何のお話です?」
目の前の老獪ブエラ・セッタは、コヴ・ラドの記憶では筋違いの事を述べる人物ではなかったと記憶していた。
で、あればそこには何らかの未知の情報があると思考する。
ふと、応接間の戸を叩く音がする。両名の意識は戸に向かう。
「御父様、コ・ニアです。火急の案件につき、ご報告に参りました。」
ブエラ・セッタにとっては聞き覚えがある、コヴ・ラドにとっては耳に馴染んだ声がそれを告げる。
「火急とは随分な話じゃないか。入りな、ニア。中にいるのは私だよ。気にすることはない。」
コヴ・ラドが応える前に、ブエラ・セッタがそれに応える。




