支援が先か、調査が先か
サザウ国に於ける人口分布。
王都トウドがその最も多い分布になっている。その数はおよそ三万人。
しかし王都近郊の非定住者を鑑みればその数は八万人程に膨れ上がる。その殆どが住人に対する被雇用者である。
王領にまで規模を広げれば、そこに更に十二万人が乗る。
多くは輸送、農耕、港栄従事者、数は少ないが職人と言われる加工性産業の従事者、その扶養者。ここに軍人として常駐雇用されている、衛士、指揮官、詩魔法師が約一万と少し。残りは単純労働、非専業労働者である。
全国民に於ける残り二十五万程は、王領を除く四領に属する。
シギザ領に八万、エスタ領に七万、セッタ領、ディル領にそれぞれ五万。
港栄従事者や漁業従事者、或いは陸運の中継街の運営従事者やその扶養者、或いはそれらの非定住者や無職者である。
各領南部の平野部には大規模な農村があり、そこには一村辺り三百人程度の居住者がいて、そんな村を複数抱えている。
更に北部の森林部に踏み込んだ開拓村も存在し、そこには各々五〇人規模の村が拓かれている。
ディル領に存在した開拓村は二十四。東西に別れ十二ずつ。現在は二十三になっている。
開拓村の一幕は、行脚の予定を変更し一時領主の館へと立ち寄ったコ・ジエ一同によって、コヴ・ヘスにもたらされた。
「魔素切れからの、単純飢餓。そして連鎖。俄には信じがたいが。」
執務室に同席する幢子、エルカと共に、座してコ・ジエ、コヴ・ヘスは現在起こっている事を整理していた。
「ですが見てきたものは事実です。身体測定の結果から予測されていた事の延長線に、これが存在していると考えられます。手首、手足の細さ、空腹や寒気の有無、寝付きの悪さ、これらに、詩魔法の効果の希薄化が重なって、既に顕在化している可能性があります。」
「起こるかも知れないという無意識の疑念だけでも、その深刻さを増していきます。詩魔法師の詩の行使にも影響を及ぼしてしまうのです。例え噂話でも耳にしてしまえば、今まで通りの事が今まで通りでなくなっていくのです。」
エルカの詩魔法師としての知見を併せ、コヴ・ヘスは思慮を深める。
「今すべきは何だ?」
素直にコヴ・ヘスは問う。
少なくとも目の前にいる面々はこの問題に対して「誰かの意見を求め指示を待つ」人材でない事は既に理解している。
訪れた開拓村から館へと戻る二日程の間を、無為に過ごしていたとは考えられなかった。
「諸方への食糧支援の嘆願や根回しです。これが最優先。」
幢子はコ・ジエのそれよりも早く断言をする。これについては、意見が割れていたからだ。
「トウコ殿の言うそれも勿論のことですが、私は、平野部の農村でそれが起こっていないかの確認が最優先と考えます。身体検査とまでは行かずとも予兆の発見は出来るかも知れません。その結果から食糧支援を求めるべきです。」
間を置かず、コ・ジエが言を発する。
「確認している間に問題が拡大すれば、国中大騒ぎになります。そうすれば食料支援要請どころではありません。まずは要請をしておいて、対応を始めてもらっている間に、調査を進めるべきです。」
「確かな調査結果を送らなければ支援は引き出せません。支援をしなければならないという裏付けを提示して、それに対する規模の支援を具体的に提示してこそ、相手を動かすことが出来るのですよ、トウコ殿。」
意見を求めたコヴ・ヘスを置いて、口論となり始めている二人を申し訳無さそうにエルカは見ている。
「貴方はどう思うのだ、エルカ。詩魔法師としての意見を聞いてみたい。」
そう問うコヴ・ヘスに、幢子とコ・ジエは一寸、言葉を止める。そして三者はエルカを見る。
「詩魔法師も人間です。村の蓄え、子供の泣き声、寒さ、村の雰囲気、こういうものに間違いなく影響を受けてしまいます。ですから原因の判明ではなく、安心できる事が一番最初に欲しいかと。」
「理解った。支援の申請を優先しよう。エスタ領に手紙を出すとしよう。その上で南部の農村の状況の調査を始めよう。」
コヴ・ヘスの言に幢子は思わず腕を振るい、間髪を入れずにエルカの手を取る。
「だがジエの言うことも最もだ。至急の調査と、裏付けは必要だろう。三名は北部森林部の開拓村を周り、本来の役目と、状況の継続調査を行いなさい。引き続き役人をつける。今ここで、調査における確認事項を取りまとめ、支援内容の目算を急いで立てなさい。巡回の日程と一定期間での経過報告の日程も今ここで決めるように。」
三人の表情はその一喜一憂から、硬く真面目なものへと変わる。
「エスタ領だけでなく、身体検査の結果の共有と理解を持っているリゼウ国へも報告と要請の根回しを。エスタ領でも事態が確認されれば、二の豆、三の豆の豊作を鑑みても、事態を乗り切れないことが考えられます。迅速な行動が出来ない事も鑑み、最悪の想定はしておくべきです。」
コ・ジエは更に踏み込み提案を重ねる。一寸、あの黒髪、黒い瞳の異邦人の姿が脳裏に浮かぶ。
「そうだね。京極さんならもしかしたら、既に気づいている予兆があるかも知れない。」
幢子はそう頷くと、コ・ジエと共に、今まさに羽筆を執るコヴ・ヘスを見つめた。




