寒さの理由
幢子の記録 詩魔法そのハチ。
魔素貯蓄量と詩魔法の関係。
子供達がオカリナを吹き、魔素の放出を感じ始めると、睡魔や虚脱感を感じやすいみたい。
魔素は身体の中に後天的に定着し、物質とは違う形で「存在することで安定をする」状態になっていくみたい。
これは恐らく、食事や吸気呼吸、皮膚呼吸などで魔素を取り込んでいるのだと思う。
或いは、日光の中に魔素に類するものが含まれているか。
魔素を多く手放すと、魔素が存在することに慣れてしまった身体に大きく負担がかかる。
人間の重力と無重力での骨密度組成の問題に似ているかも知れない。
これは「理解できる範疇に」魔素が存在する事を感じさせる。
魔素に依って魔素に干渉し、物理的な影響を与えるプロセスについてはまだ良く分からない。
ただ、授受の魔素同士による干渉が途切れれば、詩魔法はそこで効果を及ぼすことを止めてしまう。
これはエルカが、豆の成長を例に教えてくれた。
毎日、一日中歌うのではなく、食事のように分けて、或いは一日置いて、詩を歌うのだという。
こうする事で自分自身の魔素も、豆の魔素も使い切らずに成長を促すことが出来るらしい。
オカリナの使用の方が魔素枯渇の危険性が低い事や、詩の方が影響を早く及ぼすことを考えると、変換効率の差も存在するのかも知れない。
魔素を貯める手段を増やして、魔素を消費する状況を減らせば、エルカの負担も減らせると考える。
「ジエさん?」
一角に固まって涙を流している子供達を見て、動かなくなっているコ・ジエを見て、双方に目を配りながら、幢子は声をかける。
しかし、コ・ジエはまるでそれが聴こえないかのように子供達を見つめている。
「しっかりしてください、ジエさん!」
微動だにしないコ・ジエと泣いている子に痺れを切らせた幢子は、その平手で思い切り彼の背中を叩く。その一瞬の挙動に、思わず側にいたエルカが声を漏らす。
「と、トウコ殿。」
「子供が泣いてるでしょ!黙って立ってるな!」
そう吐き捨てて、幢子はコ・ジエの前に足を進める。それを追ってエルカも教会の中へと足を踏み入れる。意識を取り戻したかのようなコ・ジエも慌ててその後を追う。
三人の訪れと、幢子の突然の剣幕に、子供達は一寸その涙を堪え、自分たちに向かってくる幢子を怯えた様に見つめ体を強張らせる。
「誰?何しに来たの?」
三人の子供の内、少し体付きの大きい女の子が怯えながら、向かってくる幢子に言葉を向ける。
「立って。」
一気に距離を詰めた幢子はその子の身体を掴む。
肩の辺りに手をかけた段階でそれに気づき、奥歯を噛みしめる。
自分自身でも、変わる環境と、慌ただしさの中に忘れていた恐怖を思い出す。
「エルカ!お湯炊いて、お塩。備蓄見てきて。ジエさんも貴方も手伝って。備蓄があるなら乾豆も炊いて戻して。」
「は、はい!」
立ち上がらせた女の子を確かめる様に、手や顔色、手首足首の細さを触診しながら、幢子は指示を出す。そして少女たちのその冷え切った手を掴み、息を吹き込み擦る。
「寒かったね。今、暖かくなる準備するから。」
青年に案内され、エルカたちが慌ただしく動き出す中、幢子は子供達一人一人の身体を確かめ、立たせて、その冷えた手を温めていった。
湯気を立てる白湯と荷戻した豆が浮かぶ木皿を前にしても、子供達はそれに手を付けようとしなかった。
テーブルの上に乗せられた木皿から顔を背け、椅子に座っているだけである。
「要らない。」
少女のその一言で、幢子は一種の確信をする。直感めいたものが実感に変わっていく。
「備蓄はあるんだよね?少なくとも、明日、明後日に困る状態じゃなかった?」
「はい。蓄えは少ないですけど、今年収穫した三の豆が。この冬をどう考えようか悩む時間位の量は。」
同席する青年がそれを答える。エルカもそれに頷く。
教会の竈門で火を焚き、暖炉に火を焚いてそれを手伝ったコ・ジエは黙っている。
「ジエさん。他の役人さんたちと、村の大人たちや、他の子供も教会に集めて。確かめなきゃだめ。」
コ・ジエは頷きその場を黙って立ち去る。
それを見届けると、幢子は青年に湯気を立てる豆の木皿を差し出す。
「食べて。今ここで。」
その言葉を言った時の子供達の反応を、同席したエルカは見逃さなかった。身体を強張らせる様な仕草が、ハッキリと分かった。
「食べないで!」
一番小さい子供が声を上げる。その言葉に、一度促されるまま手を伸ばした青年が躊躇し、手を引っ込める。それを見て幢子はその皿を取り上げて、その一粒を豆を口に運んだ。
「お父さんとお母さんの、村の皆の豆を食べないでよ!食べないで!」
幢子はそれを無視して、二つ、三つと口に運ぶ。そのやり取りを見たエルカは思わず口に手を当てる。
「多分これがこの村に起こってる事。よく見て覚えて。繰り返さないで。」
そこまで聞いて、見て、青年は顔を背ける。手を握り、奥歯を噛みしめる。駆け寄って幢子の服の裾を掴む子供を抱き上げて膝の上に乗せ、その口元に手にした豆を運ぶ。
青年は手を伸ばし豆を口に運ぶ。そしてそれを噛み締め、白湯で腹の奥へと押し流す。
木皿に取り分けた豆は、いつの間にかなくなっていた。




