寒村の現状
幢子の記録 詩魔法そのナナ。
詩魔法の効果と魔素の消費量、出力方式の関係。
エルカのオカリナの詩魔法を真似て、雨の日の教会で子供たちを寝かしつけてみる。
詩魔法の効果として成立しているかは不安があるけれど、魔素の消費のようなものと子供たちの様子から、多分、効果があったのは間違いない。
それと知らせず調査をしたので、後ほどお昼寝をしている子供たちをエルカにも確かめてもらった。
エルカの自己申告によると、実際に詩を口ずさみ歌うよりも、オカリナを用いたほうが魔素の消費が少ないらしい。調査を重ねた所、その効果にも色々なことが解ってきた。
怪我の治療や寝付き、寒さを紛らわす等で違いを調査をしてみた。
怪我の治りは詩を歌ったほうが早く、オカリナは痛みを和らげ治療を促す程度の効果である。
寝付きについては、オカリナでもあまり差異はなく、魔素消費を和らげる利点のみである。
いくら詩魔法の影響下であっても、寒さは室温や気温にも正しく左右される。
冬季が深まるに従って寒さも増し、外では肌寒さを感じることもある。
考察としては環境での底上げは極めて大きく、詩魔法師への負担の多くは、オカリナを通す事で軽減ができる。
多くの事柄で行いたい結果に対して、魔素の無駄が多いものだったと考えられる。
ちゃんとした調査を行いたい所であるけれど、ここで問題も発生した。
私がオカリナで寝かしつけたことが子供たちにバレて、自分もやってみたいと言い出してしまった事だ。
「この村は凄く寒いね。」
幢子たち三人が訪れた村は、静まり返っている。
人の気配はする。幢子は初めて見る他の村の光景を興味深く観察している。
「トウコ様がいらっしゃる前の冬は、ポッコ村もこんな感じでしたよ。」
コ・ジエと随伴の役人が村の顔役を探しに行った所で、幢子とエルカは村の様子を見て回りながら歩いている。
「あ、煉瓦種が干してあるよ、エルカ。」
村の一角に、木枠が立てかけられ、そこにはちゃんと形になった煉瓦種が並べられていた。
それを手に取り、幢子はおもむろに品質を確かめる。
よく乾いており、密度も、空気抜きも悪くない。
焼けばちゃんと煉瓦になりそうな事から、二人の頭に一つの予想がつく。
ポッコ村から各村への巡回に出ると決めた日から、幢子とエルカはその準備に追われ続けた。
不在の間の生産量目標、当番の編成、備蓄食糧の管理、子供達のオカリナの当番など。
同時に村の三役が居なくなることに不安を覚えた村人も居たが、先の冬季の両名の不在や、今季のコ・ジエの不在を参考にし、統合された村側の詩魔法師の存在もあって、準備は進んでいった。
三人が随伴する役人と合流し、ポッコ村を出たのはその二日後のことであった。
「トウコ様!」
その場にやってきた青年が二人に声をかける。見覚えのある顔であった。
手には森林で拾ってきたと思われる乾いた枝が抱えられている。幢子の記憶によれば、両親を心配する話をよくしていた青年だったはずだ。
「久しぶりだね。帰っても煉瓦種を作ったんだね。よく出来てるよ。」
そうして、幢子はそれを持って微笑む。青年は両手に抱えた枝を下ろし、二人に駆け寄ってくる。
「お身体に変わりはありませんか?」
エルカが問いながら、彼の体躯を確認する。ポッコ村に滞在している頃の記憶を思い浮かべながらも、少し細くなったような印象を受けていた。
「エルカさんもお元気そうで何よりです。村で一番元気なくらいですよ!」
エルカの目にはその元気は、無理をしたもののように見える。その正体を、ちゃんと理解して感じていた。腕や足の細さ、顔色、肌の色、足取りや歩き方。
「トウコ様、彼でこういう状態ということは、やはり。」
「そうだね。ジエさんと相談したほうがいいね。その前に少しお話を聞こうか。」
幢子もまた、雨期に行った身体検査の結果を思い出しながら、頷いた。
「そうですか。お母様が亡くなられたのですね。」
歩きながら、青年の話をきいたエルカがいたたまれず声をかける。
「雨季に入って直ぐに、酷く寒がりはじめ、そのまま湯も飲めずに翌朝に。父も悲しみました。」
幢子はその症状と話から、極限状態の栄養失調を予感する。
「今年は村の老人が三人無くなりました。母もその一人です。村の子供も腹を空かせてひもじい思いをしているのを見て、食い意地が恥ずかしくなりましてね。領主様から頂いた乾豆も塩も、乾季を前になくなりました。本当に三の豆が間に合って、何とか一安心した所なのです。」
幢子は誰かの家の壁に立てかけられている木鍬を見る。刃先も丸くなり、持ち手もすり減り細くなっている事に気づく。
家の戸の立て付け、柱の歪みやヒビの入った土壁など、この世界にやってきてすぐのポッコ村で見た光景の記憶と重ねる。
青年を伴い村を歩きながら、ポッコ村同様の村の教会に三人はたどり着く。
外から見た様子で、こちらも手入れが行き届いていないことが幢子には解った。
石造りの構造もあって、この村の中では唯一まともな状態の建物であると幢子には感じられた。
「あ、ジエさん。」
戸を開けるとコ・ジエが前で立っていたのに反応し、幢子は声をかける。
そして子供の泣き声が聞こえてくる。
コ・ジエの前には、三人の子供が空腹を訴え泣きながら、暖炉の前で草布に包まっていた。




