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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
地方領の転機
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プリミティブスタート

ダマスカス鋼。ウーツ鋼とも呼ばれる。

 一度失われてしまった製鉄法であり、現代社会に於いても、その製法は完全に解析されたものと断定されてはいない。


 極めて優れた抗酸化性、耐蝕性を持ち、優れた硬度から、その鍛造品は美術品としても高い価値を持つ。

 積層模様を描くその独特の特徴もそれに拍車をかける。

 近代、この構造や性質を科学的に検証され「ステンレス鋼」の誕生となる一因とも言われる。


 この「ステンレス鋼」の誕生により、現代社会の冶金研究が始まったとも言われ、その起源の一つとも言われる「ダマスカス鋼」の存在は、今も多くの研究分野に派生している。


 なお、現代一般的に「ダマスカス鋼」と呼ばれている物は、科学的に積層模様を表現した別種のものであり、性質こそ同種の獲得に至ったが、製法の異なる別種の合金鋼である。



 河内幢子はすっかりと住民に馴染んでいる。


 それを見てエルカは不思議な感情を抱かずに居られなかった。

 貴族というものは、あれほど行動的な存在であっただろうか、と。


 記憶を失っているという言質があるとは言え、彼女は「極当たり前の日常生活」に違和感を持っていない様に見える。


 乾いた豆を水で戻し、湯で炊き塩で味付けした庶民の食卓にも難色を示していない。

 今も薪を鉈で割っている。


 狼の騒動の影響もあり、村人は誰もが河内幢子を疎んじる様子はない。

 また、幢子自身も教会での寝泊まりを含め、不満を述べている様子はない。

 衣類はエルカが提供したものもあるが、身に備えられた小物類は彼女がそれを作り、増やしていた。


 あれ以来、狼の群れは姿を失くしている。


 遠吠えも聞かず、この周辺を離れたか、或いは村へ強い警戒を抱き、狩りの候補から外したのであろうと考えられている。


「我々はそろそろ報告のため、領主殿に挨拶をし、王都へ戻る。」


 今朝、リオルはそうエルカに告げた。

 その言葉通り今朝の巡視を最期に衛士たちは撤収準備を始めている。負傷していた衛士も既に復帰をしていた。

 満身創痍となっていた青年たちも傷の慣らしに体を動かし始めている。幸いに今の所、感染こじらせている症の様子もない。


「アレはどうしたものか。」

 リオルは幢子を眺めて言う。彼の裁量を超えた厄介事であることはエルカの目からも明らかだ。


「幢子様にはしばらく村に滞在いただき、領主様へご報告の折に、懸案としてお伝えされては?」


「それは勿論だが、彼女からも色々と頼まれてしまってな。」

 リオルは頭を抱えるように言う。ポッコ村から領主の館へは一日から二日程度の距離がある。

 その間にそれをどう、領主に伝えるか、悩み続けることになるのだ。


「ともあれ、何らかの事は領主殿から言伝があるだろう。それまで彼女をよろしく頼む。」

 引き上げる衛士達に彼女を同伴させる余裕はない。村に置いていくというのが彼女にとって安全かつ、自分たちの道程に都合がいいのだ。

 そう自分に言い聞かせつつ、リオルは尚も頭を抱える。


 まず気づいたことは、その鉈が波を打ったような独特の模様を刃に持っていたことだった。


 幢子は確かめるように、幾度も薪を割った。

 時には水をかけ、時には薪以外にも色々と割ってみた。


「ダマスカス鋼。」

 真っ先にそう考え、手に取らずに居られなかった。確かめるように何度も。

 肉厚の刃は錆もなく、硬度もあり、耐打性もある。

 これは恐らく、そうなのだろうと確信を得つつ。


 鉈の入手は、南方の港町まで買い出しに行くのだと聞き出し終えてからは、村を取り巻く品の出入りや生活環境を興味深く見て回っている。

 食卓に並ぶ質素な豆の水炊きも腹を満たすのに十分であったし、その塩の入手も港への買い出しで調達していると知った。

 この村からは、伐採後の乾燥を経た木々を加工した薪や、収穫された豆、狼で失われてしまったが羊の毛などが運ばれていく。


 次に食卓に並ぶ食器が気になった。

 木製のもの。これは村で自分たちによって調達と加工をしたものが主だった。


 少しだけ陶器が並んでいる。こちらは村で誰かが作っている様子もない。

 尋ねるとやはり港町から調達したものであった。

 製法が行き渡っていないか、失われたのだろうと考えた。


 幢子は薪を割る。


 粘土で作った簡易炉を炊くためだ。

 手伝いとして必要数以上を割ることを提案内容に、薪を分けてもらう話を持ち出したのだ。


 土遊びのように炉を作っている所から、村の子供達がそれを覗きに来る。


 それを幢子は「妹と工作をした日々」を思い出し、笑顔で受け入れた。


 今もこうして薪を割っているのを近くで遊びながら、様子を窺いに来る。

 村の外へ出たりせずに目の届く場所に子供が居ることを、親たちも安堵しているのが表情から窺えた。


 木を割りながら、幢子は鉈を確かめる。

 一本割って、確かめる。


「やっぱり、乾燥が十分じゃないんだね。」

 今の考察は鉈ではなく、木の方にある。

 割れ方、柔らかさ、臭い。

 それが火を炊いた時の煙の出方や、温度にも関わってくる。そしてそれが、消費量に繋がっていく。


 本当なら、木の皮についても調べたいところだが、幢子は明確な優先順位を持っていた。

 まず着手すべきなのは、陶器を作るための、その炉を作る、煉瓦の焼成なのだと。


 幢子の目には、村の北方の雪のかかる山頂が映っていた。

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