最大の懸念事項
幢子の記録 詩魔法そのナナ。
詩魔法の発動について。エルカの協力で新しいことも理解ってきた。
詩魔法の発動条件は「これから詩魔法を発動するよ」という一種の音階と魔素の出力開始が必要みたい。音階と放出する魔素さえ揃えば、「詩」を口にしなくても問題はない。
この音階をチューニング、一連の動作開始をヘッダーと仮称しておく事にする。
ヘッダーの直後に、詩を紡ぐ。
実はこの詩は少し間違ったり意味を変えても、大丈夫だったりする。重要なのは感情と魔素の放出だからだ。
ピアノの演奏で一音鍵盤を間違えても、演奏全体で気づかなかったりするのと同じだと思う。
一番問題なのは間違えたと思ってそこで歌うのを辞めてしまうこと。
そこで失敗したと感じて感情や魔素が途切れることで、詩魔法は失敗してしまう。
このおかげで、声の違う人が詩を歌っても、似たような結果を導き出せる理由は理解った気がする。
だったら、言葉を知らない人でも同じ詩魔法を発動できるのじゃないか。
ヘッダー、魔素、感情さえ合致していれば、「声」でなくてもいいのじゃないか。
エルカにオカリナで演奏してもらう。
安眠できる魔法を、お昼寝の時間に吹いてもらう。
村の皆はぐっすりと眠ってしまい、私まで寝すぎてしまった。
コ・ジエが王都からポッコ村に戻って最初に聴こえたのは、盛大に陶器の割れる音だった。
何事だと駆けつけてみれば、幢子が地面に座り込んで、一抱えもありそうな不格好な陶器を村の青年たちと一緒に棒状のもので叩いて割っている所であった。
「そろそろ金床が欲しいなと思ってて作ってたんだよ。何とかそれっぽいものでも鋳造できないか考えたら、陶器で型を作って、そこに銑鉄を流し込めばいいかなって思って。」
教会に半ば連行された幢子はここ四日で思いついた行動のあらましを、コ・ジエに語って聞かせる。
「トウコ殿。この十日程の事、村の方々から聞きましたよ。随分と奔放になさっていたようですね。」
陳情とも思える相談は、コ・ジエが村に戻ったその矢先に幾つも舞い込んだ。
家屋の立て付け、煉瓦種の備蓄の差配、粘土の採掘場所の枯渇、炭焼き当番からの木酢液用の陶器とその蓋の補充願い、一番多かったのは幢子の不摂生への心配。
「ほら、金槌もそれらしくなったでしょ!作り直したんだ!前のやつはお手伝いとか練習用に回せるよ。後四回目の製鉄で砂鉄もなくなったから、補充をお願いしたいのだけれど。」
「トウコ殿!」
幢子には怒られるだろう事が解っていた。だから割と本気で話題を逸らそうと、報告の体で矢継ぎ早にそれを口にしていた。
しかし、そんな事はコ・ジエにも、教会の戸の前で幢子の脱出を阻止するように立っているエルカにもお見通しであった。
「少し怒られればいいと思います。トウコ様。」
振り向いて助けを求めるような表情の幢子に、エルカはそう、むくれて答えた。
数日の製鉄の禁止と、村の状況の立て直し、不摂生の改善を言い渡された幢子は、コ・ジエから顔を背けて、王都での結果を聞いている。聞かないわけにも行かず、実際それにも興味もあった。
「で、この先はどうするんですか、ジエさんは。」
この数日の村の顛末を聞いて、コ・ジエは頭を抱える。
村々の説得、統合先の村の整備を含め、この冬季の間に村を離れることが増えるのは間違いない。だがその度に、肝心であるポッコ村がこの有様では、と幢子の表情を見て考える。
いや実際に村は、十日をそれなりに運営できていた。
最大の問題は、村で開放感のままに動き回る幢子が結果的に、村の不安になったことであるとコ・ジエは考えていた。
「トウコ殿を直接連れ歩いて、直接監督します。」
実際の統廃合の工程、技術的な工数の算段、必要資材の把握には幢子の知恵もまた、その都度必要であったり、参考になるとは考えていた。
だがその度に村に戻ることは、冬季の日程消化に大きな障害となっていた。連れ歩く事は、頭に候補の一つとして存在していた。
「村はどうするんですか!まだ私が居ないと製鉄は進みませんよ!器具も揃えてないし!」
幢子は抗議する。楽しくなってきた所に厄介事が舞い込んだと直感をした。
そして戸の前で立ち塞がっていたエルカもまた、見過ごせないと二人の側に駆け寄る。
「製鉄は統廃合が落ち着くまで禁止します。炭も大分使い込んでいるでしょう。備蓄が必要です。」
「ですがお二人とも不在となれば、村は本当に大丈夫でしょうか?」
エルカは私的な感情を隠し、ささやかで妥当な抗議をする。コ・ジエの言い分にも、その考えにも全く理解が出来ないわけではないが、本当に些細な抵抗のつもりであった。
「だったらエルカも連れていく。」
幢子は唐突にそう宣言する。無理難題を押し付けて、目の前の問題を有耶無耶にしようと試みる。
「エルカも行かないなら、私も行かない。だってそうでしょ。二人とも居なければ一番苦労するのはエルカだよ!」
コ・ジエは駄々をこねるような幢子を見つめ頭を抱えるが、ふと表情を緩め、エルカを見る。
「そうですね。ではエルカさんも一緒に行きましょう。」
唐突に唐突を返す肯定に、抗議をした二人は思わず口を開けて固まった。