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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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幢子の不摂生

幢子の記録 詩魔法そのロク。

 エルカとお話していくつかのことを決めた。詩魔法について。


 詩魔法について習って、魔素が抜けていくという感覚が少しだけ実感できた。


 エルカが歌っている詩は大きな実行プログラムのようなものみたい。

 自分の魔素を少し消費して、自分の外にある魔素にデータを書き加えていくような感じ。

 魔素はそれだけでは凄くあやふやな存在で、意味を与えることで結果になる。


 傷口を塞ぐ治療みたいなものは、相手側に魔素が不足するとそれ以上意味がない。


 それと同じ様に詩魔法師に詩魔法を歌っても、常時魔素が不足している詩魔法師にはあまり効果がない。そういう考察をたてた。

 魔素を沢山使わない様、詩魔法師側にも詩を歌われる側にも、注意が必要になる。


 冬でも寒くないようにちゃんと火を焚いて温まり、体を動かして温まる。

 疲れたらちゃんと寝て、お腹が空いたらちゃんと食べる。

 寒い時は温かいものを。一杯働いたら、塩分もちゃんと取ること。

 そうして毎日使う魔素を減らしていけば、少しずつ溜まっていく魔素を貯金できる。


 この考察を元に、詩魔法そのものにも効率化や最適化が出来るかも知れない。



 幢子は鉄を掘る。

 ケラを割って鉄を掘る。汗を沢山流し、腕が疲労で重くなっても。


 一度目のたたら炉ではズクも一緒に炉の底で固めてしまった。だから灰を取り込んで不純物を絡めた岩のような大きさになる。

 そこに思い至ったのは二度目の火入れの前に炉を確かめた時だった。


 そこで炉の位置や底部の溶融液の経路を組み直し、たたら製鉄よりも前の時代に見られるいものを意識したズク溜まりを炉の前面に作った。

 これによって、冷えたズクがある程度整えられた不純物を含む低級の鉄、銑鉄ずくてつとして、ふるい分けられるようになった。


 しかし、溶融した鉄が露出するため東屋の室温は更に上昇し、二度目の製鉄は、従事者全員の消耗戦とも言える戦いになってしまった。

 送風係のための遮熱壁を組む、炭と砂鉄の投入用に陶器製のスコップを用意する、ズク溜まりを掘り下げるなど試行錯誤を積み重ねている。


 当初のたたら炉から継ぎ接ぎの不格好な姿に変わっていきながら、製鉄は少しずつ進んでいく。

 固まったズクを割り、焚いた炭で整え鍛え、大ぶりの金槌らしきものを作る。

 それから幢子は、たたら炉の東屋と、野外の鍛鉄場を往復する日々が始まった。


 金槌でより良い金槌を。割って叩いてまた壊し。手探りの様にまた一つ。手先が熟れてまた一つ。


 炭の火と反射熱で赤く焼けた鼻を、肌を、エルカが心配し、それでも幢子は鉄に向かう。


「たたら二号炉は鋳物ができるように、今から考えておこう。整形と鍛造で不純物を叩き出せる分、今の方式も長所はあるのだけれど。」

 教会の椅子で、エルカと向かい合いながら豆のスープと煮豆を口に運びながら、幢子はぼやいた。


「よくわかりませんが、トウコ様、また寝る時間が遅くなっていませんか?」

 エルカにとっての心配は、ここの所の幢子の不摂生である。コ・ジエが王領に出向いてから数日、羽を伸ばすようにズルズルと作業に没頭する幢子が気がかりでなかった。


「結局ね、楽しいんだよエルカ。こう、金槌を手に入れた、鉄があるぞって実感を得た時、試してみたい事で次々に湧いて、頭が一杯になって、気がついたら一日が終わってるんだ。」

 その鬼気迫る勢いに、村人たちは誰も幢子に声をかけられずに居る。


 コ・ジエが居ない今、幢子に裁量や意見を求める事も多く、その度にエルカは幢子に声をかける役回りを頼まれる。


「ジエさんが居ないと、こう、開放感はあるんだけど。同時に時間のなさを意識することが凄く増えた気がする。エルカもそう思わない?」

「それだけ、コ・ジエ様に色々なことを押し付けて居るのでは?」

 エルカの胸中にはずっと、コ・ジエに対する嫉妬が燻っている。

 こうして幢子と居られる時間を幸せに感じながら、見えない形でこうして幢子はコ・ジエの存在に甘えて、依存している事に気づいてしまう。

 けれども、自分自身にはその代わりはできない。

 自分の仕事もあり、コ・ジエの様に村全体を差配するような気配りも出来ない。


 乾季も終わりが近づき、再び冬季を迎える準備を始める時期になってきていた。


「炭焼き当番の人たちにお声掛けしたら、今日はもう寝てください。」

 幢子の手を取り、エルカはその手を自分の手でこする。

 汗が冷えて、体温が下がり気味であることにすら幢子は気づいていない。


 たたら炉と鍛冶場の熱気があるとしても、冬季が近づくにつれて、日々の気温が少しずつ下がっていることにすら、幢子は無頓着で居る。


「そっか。そうするよ。」

 エルカの手の温度に、自分の手が冷えている事を理解した幢子は漸く、夕暮れ時の身体の冷えを思い出す。

 口に、言葉にしないでそれを気づかせてくれたエルカの仕草に、幢子は少し気恥ずかしさを感じた。


 教会の戸を開けて炭焼の東屋に向かった幢子を見送り、エルカは暖炉に薪をべる。

「今日はちゃんと寝てくださいね。幢子様。」

 宛てた当人の居ない一人だけの教会で、エルカはそれを口にする。


 夜も遅くまで、この椅子の上、机の上で幢子が何やら作業をしているのを、エルカは知っている。


 そうしてエルカも、外の炊き場の火の始末や村人の寝付きを確認し、また幢子が寄り道をしないよう、今夜も見回りに出る。

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