表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
66/245

次代の領主

サザウ国 ディル領 コヴ・ヘスのある日の日記そのキュウ。

 冬季が終わる。館を出た青年たちが村々へと帰っていく。


 幾人かの青年が、留任を願い出てきた。ポッコ村に留まり、更に学びたいという。


 彼らはよく働き、そしてよく学んだのだろう。ジエからの手紙にもその推移と働きを領主として報いて欲しいと嘆願が書き添えられ、その乾豆と塩の手配を求める旨が記されていた。


 父として、領主として、ジエの成長に喜ばずに居られようか。

 その一助となったのであれば、彼らには単に労力以上の実績を加味する事は願われるまでもない。


 ただ、彼らには彼らの役目があり、領には税を納める義務がある。

 彼らの口に入る三の豆の裁量ならば領主の一存で行えるが、二の豆は収穫如何は直接税に結びつく。


 それをよく説き、次の冬季に尽力を願う事を伝え、乾豆と塩を持たせ村々に送り返した。


 その次の冬季が、またやって来ればの話ではあるが。



「ニア、私もこの度の会談をお前に任せる事とする。やってみなさい。」

「拝命致しますわ、コヴ。宜しいですか、御二方?」

 まるで事前に決まっていたかのように、戸惑う事なく会釈をするコ・ニアに、栄治は感嘆を、コ・ジエとコヴ・ヘスは驚きを持って迎える。


「まぁ、そういう事なら堅苦しい言葉は無しだな。一国の使者とはいえ、俺は所詮、隣国の役人だ。ある程度の裁量は任されているが、次代の領主相手に、立場はそう変わらん。肩肘張らずに気楽に行こう。」

 そうして栄治は、蚊帳の外を決め込んだ二人の領主を一瞥する。


「最終的な決定は、俺達のものではないからな。」


「既に御存知の通り、我が領はシギザ領に森林部東側を大きく割譲。これにより東部に点在していた村を全て放棄し、西部の開拓村へ住民を統合する。」

 口火を切ったのはコ・ジエであった。この会談が領の明日を決める事になる、その責務からくる緊張感がない訳ではない。しかし、臆するつもりも、またなかった。


「代々切り開いた畑を手放すというのは、随分と勿体無い事をしたな。今回の豊作の話、農作改善の今後の展望は届いているだろう。失ったものは大きいな。」

「そうですね。ディル領でも多くの収穫を望めたことでしょう。エスタ領では二の豆、三の豆も大きく収穫量を上げ、効果が確かなものであると裏付けられています。」

 両者の顔を見ながら、コ・ジエは次の言葉を胸中で慎重に積み重ねていく。


「今年、我が領は草木灰を大量に排出しましたが、その効果と価値は裏付けられたのですね。」

 その言葉に栄治は頷く。実際にディル領から送られてきた草木灰が今後も重要性を占めていることは間違いない。その胸中はコ・ニアにとっても同様であった。


「だから、ディル領に消えられると困る。自国で灰を賄うにしても、これ以上の規模拡張を試行錯誤していくには、出処のハッキリしているディル領の草木灰と木酢液は必要不可欠だ。」

 栄治の目算では、養鶏の拡大による鶏糞の増量を視野に入れると、各種肥料のボカシに使用する木酢液はこの先その必要量を更に増していく。

 幢子の炭焼き窯が必要であったし、その増産を求めるのが今回の会談の目的であった。


「必要なのは灰と木酢液だけではないでしょう。それを運搬し、補完する陶器も我が領の輸送に伴って逐一、焼いているのですよ。結果、窯元ではその窯の中身を自由に決められない有様です。」

 コ・ジエの言葉に、栄治は失念を意識する。


「今回の割譲は、そこが響いたって話か。理解った。考慮しよう。」

「陶器についてはその価値が既にある程度定まっているものです。以後、通年を経て貨幣でその代金を請求させていただきたいのです。」

 コ・ジエにとって最大の焦点である。内心の緊張を気取られぬよう、それを発する。


「草木灰と木酢液ばかりに意識が向いていたな。どうだ、ニアお嬢さん。ここは双方で持ち合うってのは。アンタの所を経由しているとはいえ、リゼウ国に流れているのは八割だ。二割はアンタの所で陶器の代金を持っちゃくれねぇか。」

「ええ、いいでしょう。通年で、という事であれば納税期に一括で宜しいでしょうか?」

 コ・ニアが手元の冷めた茶を飲みつつ言う。それを確認し、栄治はコ・ジエに向き頷く。


「ありがたい話です。では、今まで通り、灰、そして木酢液は燃料や炭となる木材と食料でお取引いただければと。これで我が領は安心して、農作と酪農を捨てられます。」


「あら、ジエさん。今。」

 コ・ニアの手が止まる。栄治もまた、一度離した目を再びコ・ジエへと向ける。


「肉と野菜を送っていただけると信じ、ディル領は全ての開拓村で煉瓦、陶器の増産、炭焼の開始に踏み切ることに致しました。直近、四つの村で新たに一つ以上の炭窯、煉瓦、陶器の製造のみを行う方針です。」


「俺たちを巻き込もうってのか。草木灰と木酢液を送るから、飯をもっと作れと。」

「それもありますが、我が領は次の段階へと進んでいます。これは我が領にとっても必要であり、そちらにとっても必要であると、知恵者が提案してきましてね。」

 知恵者、という言葉が含まれた事で栄治はとっさに身構える。


「我が領では、先日、砂鉄から鉄を精錬することに成功致しました。ご支援をいただければ、陶器のみならず鉄器の受注も近々に現実的なものになるでしょう。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ