三者会談
サザウ国 ディル領 コヴ・ヘスのある日の日記そのジュウ。
ポッコ村へ合流する村人を送り出す。向こうではジエが準備を済ませ待っているはずだ。
雨季に入る前から、統合に向けた煉瓦の増産が報告の手紙には記されていた。
以前の派遣ではその家屋の準備に追われたという報告を聞いていたが、今回はそのようなことはないだろう。
受け入れが迅速に行われれば、トウコ殿の発案による身体測定というものが行われるらしい。
その情報は関係するエスタ領やリゼウ国にも共有して欲しいとの事だ。
それがどういうものであるか皆目の見当がつかないが、既にジエは多くの事を、私の指示を仰がずに自身の裁量で行っている。
きっと統合後の村も任せておいて問題はないだろう。
館にジエの影がなく既に半年が過ぎた。家令や給仕は居るが、物寂しさを感じる事が増えた。
村の統合が落ち着くまで、ジエは引き続きポッコ村へ配し続ける必要はあるだろう。
戻ってきた時には、一度、次代のコヴとして諸事を任せる事を考えていくべきだ。
領の存続を危ぶむこの状況でなければ、素直に喜べただろう事が、悔やまれてならない。
「ついにやったか。いや寧ろ、想定より早いぞ!」
栄治は興奮に言葉が踊る。鉄器やその加工品が手に入るとなれば必要なものは幾らでもある。
「お待ち下さい。今はまだ、鉄を作るために鉄を作っている段階です。ここに来る前に村を発った際に三度目の製鉄を開始した所でした。二度目は十分な結果が得られず、試行錯誤中なのです。」
「実際に安定して操業を開始するには炭の見積もりも多く考えねばなりません。窯元からの話では、鉄器を使って、その鉄器を加工する様々な器具も作らねばならないとの事。受注をお受けするにはまだ多くの時間が必要です。」
「それでしたら、今回の割譲は時間稼ぎ、という意味以上のものではないですね。」
コ・ニアが再び茶を口に運び、改めて両者に目を向ける。
「育てれば今後、鉄すら生み出すディル領。今後領地割譲による減税すら鑑みれば、廃墟となって捨てられた村など今は勘定に入れる必要はなく、ディル領の価値はむしろ増したと言っても過言ではないでしょう。」
「買いで。エスタ領はディル領へ灰と木酢液で食料と木材の支援をします。陶器の購入についてもお求め通りに。宜しいですか?御父様。」
コ・ニアの言葉に、コヴ・ラドは黙して頷く。
「待てニアお嬢さん。鉄器の発注権は譲れねえ。こっちも買いだ。増産する草木灰と木酢液もまるごとうちで受け入れよう。ついでだ、こっちで新しく農作を開始する綿花、若鶏を処理した後に残った骨で膠も作れる。それも送る。河内さんに回せば、その価値に泣いて喜ぶぞ。」
栄治は危機感から慌てて手札を切る。膠、綿花は自国でも用途は多い。だが鉄器の発注には代えられないものであると直感した。
「あら、その増産分の草木灰と木酢液も、こちらで同様に二割頂戴するつもりでしたが。全てはお譲りできませんわ。今度トウコ様にお茶を送らせていただきます。ご賞味頂ければ、幸いです。」
「冗談を言っちゃいけねぇな、ニアお嬢さん。窯元を懐柔するのは御法度だろう。」
「懐柔なんて人聞きの悪い。武器になるとお教えくださったのは使者殿ですよ。分配分より更に増量が必要でしたら、依頼書をお持ちください。割り当てられた二割から関税に則って我が領がお売り致しますわ。支払いはそれらの新しい生産品でも構いませんよ。」
唐突に始まった掛け合いに、コ・ジエは言葉を思わず失う。
そこには自分も預かり知らなかったコ・ニアの顔があった。
コ・ジエにとって、彼女は王領の学校での後輩であり、コヴ・ラドの後ろに静かに控える領主一族のコとしての印象しかなかった。
またリゼウ国の使者にも、幢子の言動に重なる部分がある事を感じていた。
自身の向こうに幢子の影を見ている節を不服に感じる部分があるとはいえ、幢子の同郷の存在である事を改めて意識させられる。
「いいだろう。肉と野菜は送る。あの手紙の通りだ。ニアお嬢さんとは後でじっくり話し合わせてもらうが、ディル領の言い分、要求はリゼウ国も含む所はない。件の身体検査はうちでも行った。その結果に則った、領民が飢えない食料を送り続ける。炭と鉄を焼くための木材も送る。陶器も買う。問題があれば窯元と一緒に一度リゼウ国に顔を出してくれ。国主も会いたいと言っているからな。」
栄治にしてみれば、草木灰と木酢液の増量は渡りに船である。
既に明らかに効果を発揮している養鶏の拡大はリゼウ国官僚からも強く熱望されている。
最終的にたどり着く目標とするイノシシの家畜化にも鉄器含め寄与する部分は大きいと算盤を弾いていた。
またそれはコ・ニアにとっても同様であった。
痩せたこの地で果樹の生育には環境を整えるために多くの肥料を必要とする。
結果が出ていない今、その工数は鉄器の生産同様、未だ未知数であった。
既存の農耕を改善しつつこれらを進めていくには、内心、ディル領の先鋭化を好ましく思っている。
三者の交渉とも喧騒とも言える会合に、それを見守る二人の領主は、心強くも、悩ましくも感じつつ、だがそれを静かに見守っていた。