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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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領の舵切り

幢子の記録 詩魔法そのゴ。

 エルカを見ていると千歳せんちゃんを思い出す。千ちゃんは元気にしているかな。


 エルカとオカリナを吹く。

 エルカが教えてくれた音律を真似てみる。私も思い出の何処かにある曲を辿り辿り吹く。

 千ちゃんと夕方に一緒に見たアニメの曲。千ちゃんが学校の音楽の宿題で吹いていた曲。


 ちょっと昔が懐かしくなって、思わずエルカを抱きしめて髪を撫でる事もあった。

 知る筈もない異世界の曲を、エルカがオカリナで辿々しく吹く姿は、小さい頃の千ちゃんと重なる。


 私も、エルカも慣れた頃に、一緒に合わせてオカリナを吹いてみる。

 小さな合奏に、村の子供達は拍手をくれる。そして自分も吹いてみたいと言う。


 今度一緒につくろうねと、けれどエルカが手に持ったそれを自慢をしている。

 もうエルカは、自分が作り方を教えるつもりで居る。

 きっと村の子供達のお姉ちゃんなんだ。


 冬に演奏会をしよう。

 皆でオカリナを吹いて、村の皆に披露して。それが毎年の楽しみになって。


 エルカが子供たちが寝付く様に優しくオカリナを吹いている。

 私も、千ちゃんに子守唄を歌ったことを思い出す。




「ジエさんが信じる村の人たちのために、出来るだけの事はします。」

 言葉に合わせて自然とエルカの顔を思い浮かべながら、幢子は答える。


 それを聞いてコヴ・ヘスは頷き、手を挙げる。コ・ジエもまた、頭を上げる。


「もう限界なのだ。領に財はない。支援は不可能だ。今年の税を支払う目処すらない。」

 椅子に背を預け、コヴ・ヘスは口を開く。その目はコ・ジエを見つめている。


「昨年の陶器で得た貨幣は、税を支払って尚、余ったと聞き及んでいます。それは?」

「役人を集め、試算をしてみたのだ。雨季を迎える頃には、底が見え始めていた。三の豆の作付けをする頃には、二の豆の収穫に手を付け、支援の目処をつけねばならなかった。」

 幢子は黙って聞いている。コ・ジエは寸瞬、奥歯を噛みしめたものの、向き直る。


「灰と木酢液は、現状正確な値を付けられない品だ。エスタ領、リゼウ国にそれが流れているが、その支払を通貨で得れば税は支払えるやもしれない。だがそうするために、確実に一度は村の支援が途絶える。」


「村に備蓄はそれ程ありません。常に焼いている木炭を考えれば、その木酢液も灰も途絶えます。」

 コ・ジエは考えられる事態に応える。


「ポッコ村だけを考えればいい訳ではない。漁港、港での物資のやり取り、方々の開拓村の運営維持。コヴとして優先すべきはポッコ村一つではなく、ディル領だ。」


「先日、シギザ領から手紙が届いた。ディル領の割譲の手続きを進めれば、今年の税の肩代わりをしてくれるそうだ。これからは税が払えなければ、領を切り売りしていくしかない。」

 我が子を見つめるコヴ・ヘスのその目に、もう力はない。


「売れば良いのです。土地で済むのなら、土地は売って、領民を救いましょう。」

 コ・ジエは答える。その言葉に迷いはなかった。


「ディル領の森林部、その東部半分を切り取り渡し、シギザに渡しましょう。ですが領民は渡しません。割譲予定地に住む領民を西部のサト川以西へと移民させ、ポッコ村と同様、統合をしましょう。その指揮を私に命じてください。その全ての村で、煉瓦や陶器、炭を焼けるよう、迅速に整えてみせます。」


 コヴ・ヘスの目は踊る。きっと、それに戸惑い、成す術がないことを説かねばならないと思っていた。しかし、コ・ジエはその先を見ていた。それを予想していたかのように。


「親しんだ村を捨てる事を悲しむ領民も居るでしょう。慣れない事を始めるのに不安を抱く領民も居るでしょう。私が、コとして直接赴き、理解を得てきます。彼らを引き連れ、新しい村での生活を、飢える事が無い様それを生きる術を、共に家を建て教えて参ります。」


「トウコ殿の入れ知恵か?」

 呟くコヴ・ヘスに幢子は首を振る。


「この一年を、ポッコ村で主計をつけてきました。陶器の値、運ばれる乾豆や新たな商材の取り扱いを鑑み、値の付かない品の多さに、父上の税の貨幣の工面が厳しいだろう事は想像をしておりました。それが、我が領の持ち出しになっているだろう事も。」

 コ・ジエが頭を悩ませていた事は幢子もそれを相談され、時に嘆かれ、見知っている話だった。


「そうしてまた、一年。時間を稼ぐことは出来るだろう。だが翌年はどうする?」


「灰と木酢液で食料、木材や物資を買い、それを運ぶ陶器や受注陶器で貨幣を稼ぐのです。それに専念し、我が領は農耕、酪農を捨てます。南部の農村、漁港は領内の自活のためだけの生産を主体とし、その生産品を貨幣ではなく別の食料や陶器で買います。そうすれば、領内の木材や水は、手つかずです。補給港として求められている役割は、続けられるでしょう。」

「統廃合から、専業制に舵を切るの!?」

 あまりの舵切りの良さに、思わず幢子も驚く。そこまで過激な転換は幢子も想定していなかった。


「我々は既にそれらを送っています。今後も更に灰や木酢液がほしければ、肉や豆を送らせればいいのです。それを運んでほしければ、陶器も買わせればいいのです。我々の生命線である食料は、同時に彼らの生命線でもあります。我らが飢えれば、それを得られない。期間を設け、それを保証させます。」


「五年、いえ、三年で鉄の加工品を陶器同様に売り出せる様、考え、働いて、普及してください、トウコ殿。そこまで行けば、この立場は向こう十年、二十年を揺るがない物にできるでしょう。その得られた時間で、その先も考えておいてください。」

 幢子に向けたその顔は、いつもの小言と嘆きを吐くコ・ジエの顔と変わらなかった。

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