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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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親と子、コヴとコ

サザウ国 ディル領 コヴ・ヘスのある日の日記そのナナ。

 会談は、異邦人たちの言うまま、流されるままに進んでいった。


 理解が及ばない。その一言に尽きる。

 彼らの行動は、雲をつかむような話で回り、我々の事情など考えていない。


 我が領の抱える問題を独白してしまった事は私の失態であった。

 彼らはそれを「解決できる」かのような言いぶりで我々を見ている。


 いや、もしかしたら解決できる可能性も、彼らには実際に見えているのだろう。

 彼らの言う言葉をそのままに信じるならば詩魔法など無い地域があり、そこからやってきたのだという。


 詩魔法を否定する国こそあれ、詩魔法の存在しない国など、大陸の何処を見てもない。

 聴いたこともない。


 彼らは、未知の存在過ぎる。少なくとも私には、手に余る。手に負えない。


 ラドはその話に関心を寄せている。

 彼らの後ろにいるだろうリゼウ国もまた、興味を示したのだろう。


 詩魔法師のエルカが興味深い話を私にのみ秘して告げた。

 手紙に添えられていた文字に似たものを、過去に王都への就学の折、見たことがある、と。



「これを、覚えているか。コウチ・トウコ殿。」

 コヴ・ヘスは一枚の紙を差し出す。幢子はそれを受け取り、内容に目を通す。


「以前、リゼウ国の使者が、トウコ殿に対して送った文面だ。それはどういう意味だ?」

 日本語の漢字と平仮名を織り交ぜたそれを、子供が知らない文字を必死で真似て書いた様な字面に、幢子は苦笑いをする。


「都会に住む友人へ。元気にやっているだろうか。いつも送っている肉や野菜を送ってやれずに済まない。困っている事がある。相談に乗ってもらえないだろうか。上に書かれた品を手に入れて送ってもらえないだろうか。そうして貰えれば、この場を何とかし、また肉や野菜を送ってやれるだろう。」

 幢子は少しの意訳と、記憶を頼りに、真似しきれていない文字を補完し、読み上げる。


「今はもう帰れない故郷の、ありふれた手紙の言い回しなんです。例えば、既に自らの元を巣立った子に、親が心配をしつつも、悩みを打ち明ける。子を大人として認め、そして頼る。」


 幢子には、偶然にもそれがどこかその場の親子にも当てはまるように思えてならなかった。


「何かを、隠して伝えるような、そういう表現ではないのか?」

 言葉の裏を尚も探ろうとするコヴ・ヘスに、どう返そうか幢子はふと、思考を巡らせる。


「父上!」

 幢子が答える前に、コ・ジエが声を上げる。


「父上は恐らく、大きく抱えている悩みがあるのでしょう。何故それを、私にお話いただけないのですか?この文面の通りではないですか!何故この様に遠回しなことをされるのですか!」

 その場をにわかに乱すその言葉に、コヴ・ヘスは驚き、幢子に向け続けていた視線を移す。


「父上。それ程までに、まだ私が頼りありませんか?父上が問い、応えを求めるべきは、幢子殿だけなのですか?何故、側で幢子殿を見続けた私に、言葉を求めてくださらないのです!」

 コ・ジエの声は強く、そして上ずっている。しかしその目は、父を強く見据えている。

 抗議だけでなく、悲しみも入り混じった感情が、コ・ジエの心を波立たせていた。


「トウコ殿は、この鉄を作るためにまるで糸が切れたように倒れられました。村の者たちに心配をされ、トウコ殿が目覚めるまで夜を通し、皆が代わる代わる見守りました。村のために、腐心し、共に考え、時に教え、そして時に村の者を頼り、誰もトウコ殿を疑うものなどいません。」


「父上にはご心配もご不安もあるのでしょう。ですがディル領のコとして、トウコ殿のお気持ちやお言葉は信じるに値すると、考えています。コヴとして、私というコの評価がそれ程まで低いものであるのなら、どうかこれを機会に返上させていただき、官吏ですらなく、ただの開拓村の領民の一人としてお扱い願います。」

 そう言い切り、コ・ジエは奥歯を噛みしめる。


 目を瞑り、頭を下げる。


「何を言うのだ!そんな事は考えてなど居ない!これはそんな話ではないのだ!」

 我が子の言葉に戸惑い、かき乱され、コヴ・ヘスは慌ててそれを繕う。


「では、私を信じてください。信じ、問い、お任せください。悩みを打ち明けて、求めてください。領のため、領主一族として、コとして、それを全うしてみせます。御悩みを晴らすお手伝いをさせていただきたいのです。まず最初に解決すべき重要な問題を、私にお与えください。」


 コヴ・ヘスは、頭を抱える。


「頭を上げてくれ、ジエ。そんなつもりはなかったのだ。お前が頼りない等と、もう思う事はない。コとしても、領主の一族としても、我が子としても。」

 自身の気持ちが急激に冷めていくのが、コヴ・ヘスには理解った。


 コ・ジエという存在を今この場で失うかも知れないという恐怖が、父として、コヴとしての冷静さを取り戻させていく。


 幢子は目の前の光景の、そんな二人の関係を、どこか羨ましく、懐かしくも思えた。

 ふと一緒に育ったしっかり者の、もう逢えないだろう妹の顔を思い出す。


「コウチ・トウコ。このジエの期待を裏切らないと約束できるか?もし違えるのならば、私は恐らくそれを許さないだろう。コヴとしてではなく、一人の子の親としてだ。」

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