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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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夜の帳

サザウ国 ディル領 コヴ・ヘスのある日の日記そのゴ。

 陶器は止まること無く、送り出され続けている。私の胸中とは別に、だ。


 今日、ジエから手紙が届いた。ポッコ村への領民加増の願い出だった。


 あの村は動き続けている。同じ場所に留まっていない。

 あの異邦人が言う通り、目指す通りに確実に歩を進めている。


 ラドから陶器と引き換えに得た支援を切り崩し、食料送りを続けている。


 だが、それが何処まで続くだろうか。

 若いジエの算段には、書面からも幾つか落ち度が推察できる。


 或いは、必要なのはジエの未来かとも、思う自分がいる。


 王都での経験を経て、あの村での経験が積まれれば、ディル領でのコヴとしてでは無理でも、エスタ領でのコヴの腹心、或いは機会を得られればコとなる事も出来るだろう。


 あの異邦人も彼の地でジエの地位を支える重要な存在となるだろう。


 私はラドに書簡を送った。この冬、せめて後一年を乗り切れる算段の糸口を願って。



「あら、この手紙は。」

 コ・ニアは過去に届いた手紙の仕分けをしつつ、それを取り上げ、流し読みをする。


「冬季の手紙だ。ヘスより届いたものだな。」

 差し出されたそれを一瞥し、コヴ・ラドが答える。


「件の陶器相場の操作を持ちかけられた際のものだ。仔細をこの後、数回やり取りした。近くにその返事もあるだろう。結果は知っての通りだ。」

 コ・ニアはそれ以上の興味を持たず、その書簡を束へと戻す。


「あの時のやり取りがあって、この豊作に続いているとするのならば、結果はまだ出ておりませんわ。」

 そう言って二人の異邦人の顔を思い浮かべる。自身が結びつけたとも言える存在。

「私も得る事が多い良縁に繋がりました。」


「三の豆の発芽、そして伸び方も順調。例年より早く、例年より遥かに多くが収穫できる、か。」

 リゼウ国との間で取り交わした灰の取り分、早期に行った自領の灰収集、落ち葉堆肥の製造など、手持ちにある物も加え、二の豆は想像を超える収穫となっていた。


「飼料にも転用する必要を鑑みれば、今はリゼウ国の後追いに過ぎません。一領での成果と、一国の成果では、規模が異なりますわ。」


「お前の計画はどうなっているのだ、ニア。」

 あの親睦会議の場で露見した娘の気の長い計画も、既に自領だけのものでなくなっている事に、コヴ・ラドは頭を悩ませていた。


「早速、お茶の木については挿し木という手法を用いて私の手の届きやすい場所で管理しています。冬の果実はその種が芽吹き、そろそろ苗木と呼べる大きさに育っていますわ。御父様の御存命の内に、どちらも順調に成果をお見せできるようです。」


 コヴ・ラドはそれを指摘され、改めて目視し、自らの娘に対して不明な部分が多かった事を思い知っていた。

 後日それを問えば、落ち葉を用いた堆肥の研究は「既に」行っている。王都での就学時に幾つかの資料を見つけ、それを書き写し自領に持ち帰っていたという。


「領内の養鶏も飼料を改善を開始しましたし、我が領も今後鶏糞を肥料にすることを含め、親鶏の世代交代と規模の増加に踏み切ってみてはどうでしょう。」


「任せる。次代のコヴとして慎重に考え、やってみなさい。」

 コ・ニアは深く頭を下げると、父の執務室を後にした。


 コ・ニアにしてみれば、今までの全てが遅々として進まない状況に、呆れもあった事に否定はない。


 しかし先程手にとった手紙が、ある種の分岐点であったとするならば、奇跡とも言える話であると理解していた。


 十年、或いは二十年をと考え、その頃にはエスタ領がリゼウ国のものになっていたとしても、そこで生き抜き、或いは機会を得るために用意していた布石が、その意味を急速に増している。


 その時代の変化を、好ましく思ってる自分が居る、とコ・ニアは気づいていた。


 それは、あの予定外の行脚を馬車の中で内心嘆いていた自分にも、過去へと戻って教えてあげたいとすら思うほどに。


 つまらない王都の交流会で腑抜けたコ・ジエを見つけた際には、これが場合によって自分の伴侶となる未来も一つにあるのかと不安になった事にすら、不明であった事を嘆く。


 一つだけ例外があるとするならば、あの異邦人の訪れに先見の明を持てたこと、そう自負を感じている。塩と貝殻。用意する事は難もなく、密輸をさせ、あしらう選択肢もあった。


 しかし、あの聡明と確信するアルド・リゼウは、ああした奇特な申し出にも一定の理解をする余裕を持っている人物だと認識をしていた。

 自身もまたそれに取り入るために、様々な布石を用意していたのであるから。


 何より、コ・ニアには目の前に現れた男に無知であるとは思えない何かが感じられた。


 或いはそれを確かめたかったのかも知れない。

 あの異邦人の男がどう扱われるかが、それを見定める機会だと思ったのかも知れない。


 コ・ニアは今でも、時折そう考える。

 事実、男は機会と権力を得て、コ・ニアはそれを認識から確信へと書き換えることが出来た。


 彼女は館の窓から、夜の帳が下りつつある王都の方を眺める。


「陽の沈む国は、自ら火を灯さねば、深い夜の闇に飲まれてしまうでしょうね。」

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