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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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記録的大豊作

サザウ国 ディル領 コヴ・ヘスのある日の日記そのヨン。

 コウチ・トウコ。この異邦人が、せめて十年、十年前に現れていれば。


 恐らく、共に駆けた未来があっただろう。

 愛する妻、無二の友ラド、そして理解ある聡明な王ラザウ。


 サザウ国を立て直すことも、領民の飢えに抗う事も、或いは共に次代に期待するとも出来た。

 しかし最早、その多くは失われている。


 トウコ殿が描く展望は、私の支援がいつまでも続くのならば、或いはそれが可能かもしれない。

 しかし、私が領主で有り続けられる期間はもうそう長くない。


 想像を超えてきている面もある。

 村人自身が既に、自身の裁量で品を考え始めている。


 二枚の皿。あの様な発想を持って、自らの成果に対しても常に懐疑を持つことは、商人であっても、領主であっても、「子」にそれを伝えることは極めて難しい。


 今も火が焚かれている窯の中に、本当に陶器があるのならば。

 トウコ殿の手を離れて陶器が作られ続けているのであれば、今年に限っては、それを乗り切ることが出来るやも知れない。


 ジエの目が変わった。そして引き合わせたラドにも覚えが良い。

 エスタ領に、二人を託す事を考えるのならば、より良きその礎となるべく、今少し、今少し足掻く事も、私の役目なのであろうか。

 それともこの感情は、私が遠き未練を捨てきれない、ただの弱さなのか。



「1.8倍、と言った所か。この地域の基準で言うならば記録的大豊作、か。」

 抽出された二の豆の収穫調査結果を手に、栄治は思案に更ける。


「三の豆は休耕させていた一の豆の畑を使わせるよう徹底しろ。豊作を望めるからと言って欲をかかせるな。新しく開梱した二の豆の畑は若い。休耕させるだけでなく、来年の一の豆に向けて土壌改良を進める必要がある。」

 国主御前の元、農作、酪農の改善部会の会合は、王城の一室で行われていた。


「問題は、この二の豆をどう扱うかだ。エイジ、お前ならばどう差配するか。」

 アルド・リゼウは上げられた複数の村の調査結果を前に、唸る。

 これだけの知恵を集めても、その場で発言しているのは先程から栄治ばかりである事に少し呆れもしながら。


「民に差し戻す事も考えたが、少し持ち出しが多い。今後の規模を考えれば、酪農へ飼料として一部回し、次世代の親鶏は増やすべきだろう。だが後は何時でも動かせるよう備蓄すべきだな。」


「一部、か。上手く行かぬものなのだな。私ならば全て鶏の増産につぎ込むべきと考えるが。」

 願わくば、そうすべきだという意思を加え、アルド・リゼウは栄治に述べる。


「鶏糞も肥料として転用できる。羽毛の取得、卵、若鶏の肉、何処をとっても親鶏の増産がそのまま、我が国の力になるではないか。」

「短期的にはな。だがそれを受け止めるだけの他の準備が整っていない。」

 アルド・リゼウに対する栄治の返答は、いつも早い。打てば響く、投げれば返す。

 その反応がアルド・リゼウの広角を緩ませているのは、周囲の役人にとって自身の不甲斐なさでもあり、同時に、喜ばしい光景でもあった。


「具体的に言えば、今回の協力相手であるサザウの二領、特にディル領が危ない。草木灰・木酢液は親鶏以上に生命線だ。ここが崩れれば、この改革も持って一年か二年で頓挫する。」

 栄治の脳裏に、一瞬、同郷の変わり者の顔が浮かぶ。


「それ程なのか?我が国でも灰を集める事で、支えられるのではないか?落ち葉を使った堆肥もあるではないか。今も集めさせている。乾季も冬季へと向かえば休耕も伴い備蓄も増えるだろう。」

 自身の沈黙に耐えられなくなった役人の一人が、初めて口を開く。


「親鶏を増やし、その飼料を支えるために農地を拡大したとすると、そのための肥料など冬の薪を炊いたぐらいの灰では一瞬で飛ぶぞ。鶏糞を扱いやすくするための木酢液など、その場で破綻だ。」

 栄治の即応に、数人の役人が目を見開く。その表情の変化の逐一を、アルド・リゼウは見逃さなかった。


 会議を終え、アルド・リゼウが席を外すと、それを追って栄治もまた会議室を後にする。


「お前が言う通りであったな、エイジ。役人の中にも、疑問や不満を持っている者が居たようだ。」

 若く聡明と言えるであろう国主は、背を追ってきたであろう栄治を見ずに言う。


「私は、王城を肥溜めにするつもりなど毛頭ない。だが、急すぎる変化には馴染めない者も居るのだな。そして同時に、勢いに酔い、急ぎすぎる者も居る。」

「アンタの適応が異常だ。いや、それに入れ知恵している俺が言うのもなんだがな。」

 栄治は、目の前にいる国主が時に道化を演じられる事を、よく知っている。


「私は、ただお前を信じているだけだ。私には、五年、十年という展望を、国主でもなく持ち合わせているお前こそが異常に見える。」


「俺一人ではできん。アンタの協力も、エスタ・ディルの二領の協力も必要だ。」

 それぞれの駒は無闇に動かせない位置にいる。栄治が思い描くのは、エスタ領のコ・ニアであり、ディル領の幢子。そしてそれを取り巻くそれぞれの環境や支援者。


「とは言えだ、変化に臆する連中も、浮かれてしまう連中も、その気持ちもわかってやれ。」


「私でさえも内心は、此度の豊作に流石に浮かれているのだ。この次を考えるなど、常々口々に言われ続けなければ、思い至らぬ程にな。」

 一人の国主としてアルド・リゼウは、長い付き合いのある国民を代弁し、それを言う。


「まして計画全体の展望を知る者も、本当の盤面事情を知るものは今はあまりにも少ない。」

 アルド・リゼウは、数日前エスタ領を経由し届けられた書面を思い浮かべる。

 エイジもその手紙には目を通していた。


「我が国でも早急に国民に基準となる身体検査、能力測定を行う必要がある。少なくともあの場に揃えた役人は、我が国で私が信頼し、数限りある知恵者なのだ。今後、盤面事情を、もっと明かすべき相手だ。」


「エイジ、お前の故郷と比較してはならん。至らぬと言うならば、育てよ。そのための手ならいくらでも貸す。今回の様な場を持つ事も、それを重ねる事も、国の為を思えばそれは国主の役割だ。」

 振り返る事なく、言葉を続けたアルド・リゼウは、それで終わりと右手を掲げる。


 しばし、周囲には言葉もなく、国主とその随伴者の足音だけが、石畳を鳴らす。


「ディル領の異邦人には私も会ってみたいものだ。いずれ、な。」

 まだ見ぬその相手を、背を歩く栄治の瞳の向こうに想像しながら、アルド・リゼウはつぶやいた。

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