金属の産声
幢子の記録 詩魔法そのヨン。
エルカと一緒に、オカリナを作ることになった。
オカリナとは別に、素焼きの土笛も幾つか作った。
そうやって少し炉と粘土の勉強をしてから、エルカと一緒に、オカリナ用の粘土をこねた。
エルカは粘土をこねながら、詩魔法を王都の学校で習う前の事を教えてくれる。
エルカが生まれたのはこの村で、この村に来ていた詩魔法師の人の歌に憧れたこと。
畑の豆が詩で芽を吹き、伸びていくのを側で見ているのが楽しみだったこと。
小さいエルカに時間を見つけて、少しだけ詩を教えてくれたこと。
エルカが少し大きくなった頃、ある日、その詩魔法師は突然倒れて、そのまま亡くなったこと。
その日から、詩魔法師になろうと真剣に思って、そしていつかあの詩を歌いたいと思った事。
やっぱり、詩魔法を使い続けることは、歌う人の命を削っていくことなのだろうか。
雨の中、詩を歌い、村のために自身の魔素を使い続けることは、エルカにとって負担になっている。
それでも今は、エルカが歌わないと、村が飢える。
「おはよう、エルカ。」
幢子がそう言うと、オカリナの音が止まる。
夕日に朱く染まる空に、幢子はエルカの膝の上で眠っていた。
「おはようじゃないですよ、トウコ様。」
震えた声が、幢子の耳にもしっかりと伝わってくる。
「意識はね、少し前に戻ってたんだ。でも、エルカのオカリナが、凄く素敵だったから、ちょっと聴いてた。」
幢子は少しだけ嘘をつく。
張り付いた喉の乾き、腕や顔にあるヒリヒリとした痛み。
自分が着替えさせられているのにも、今この瞬間に漸く気づく。
「少し頑張りすぎちゃったね。ごめんね、エルカ。」
霞んだ目に映るエルカの顔に、幢子はそう言わずに居られない気持ちになった。
「もう少し、ちゃんと寝ててください。オカリナ、吹いてますから。」
そうしてエルカは、幢子の黒い髪を撫でる。
エルカにはそれまでの動揺と不安と、心配がゆっくりと安心に変わっていくのが解った。
深く息を吸い、静かに寝息を立て始める幢子をじっと見つめる。
その日は、離れないとばかりにエルカは幢子の側に居た。
心配をしてやってくる村人たちに、幢子が目覚めたことを伝えると、彼らは一様に胸をなでおろしていく。
そしていつの間にか、そんな幢子とエルカを見守るように、火の落ちた炊き場に、二人のための焚き火が炊かれ、二人が冷えないように草布が持ち込まれる。
エルカはひと曲吹いては幢子の髪を撫で、赤く焼けた肌を水で濡らした布巾で拭う。
そんな中を乾季の訪れを告げる涼しげな風が時折駆け抜ける。
二人を交代で見守る村人たちも、不安な心から穏やかな気持ちへと移り変わっていく。
まだ陽も昇らない、鳥の声が鳴き始める頃、エルカはいつの間にか自分が眠ってしまっていたことに気がついた。
「エルカも、頑張り過ぎだよ。」
自分の肩が声の主に寄りかかってるのに気づくと、弾むように身を起こす。
「オカリナの音が聞こえなくなっちゃったから、心配しちゃったよ。」
声の主が、火をつつきながらエルカを微笑むような表情で顔を伺う。
「魔素切れかな?寝不足かな?両方かな?」
エルカは顔を赤くして、誤魔化すようにむくれて、幢子の頬をつねった。
「いつもありがとうね、エルカ。」
たたら炉の東屋に人だかりができたのはその日の昼であった。
炊き場ですっかりと持ち直した幢子が器に盛られたスープを飲み干すと、その足で駆け込んでいったからであった。
「さて、ちゃんと出来てるかな?失敗かな?」
陶器製のシャベルを片手に炉の下を掘り進めている幢子の姿に、たたら炉の担当たちも駆けつけ、同じ様に掘り返しに参加する。
やがて幢子の手に、土とは違う硬い響きが伝わってくる。
「ケラだ!」
その声に掘り進む速度が加速する。炉の下に敷かれた灰の層に達し、溜まった煤や崩れる灰ともに石とも岩とも言うような塊が数人がかりで引きずり出される。
広場に引き出された金属の塊を村人たちが見に集まる中、手頃な石でそれを叩いている幢子が居る。
時折石を持ち替え、時折黒く硬い破片が飛ぶ。その作業をすすめる度に幢子が声を上げる。
「出来てるよ!鉄っぽくなってるよ!」
一抱えもある黒い塊の中に、少し小振りな、鈍く輝く塊が幾つか埋まっている。
「鍛造だ!鍛造するよ!誰か炭と薪と、煉瓦をもってきて!」
興奮と感動の入り乱れた幢子の声に、村人たちも歓声を上げ始める。
幢子は割り分けた塊を、煉瓦枠の中で熱を持って赤くなった木炭の上に乗せる。
火を焚いている間に、一番炉の脇に立て掛けたままであった陶器のやっとこを手に駆け戻る。
そして、塊を焼いては、煉瓦でその塊を叩く。
叩く度に火花が上がり、煉瓦が欠ける。
焼いては叩く。焼いては叩く。
塊にこびり付いた黒い部分を落とすように。
乾いた音が辺りに響く。村人たちも最早、作業どころではなくそれを見守る。
幢子の肌に赤い火傷があちこちに浮き上がる。
その度にエルカは目を覆うが、今は声をじっと堪える。
やがて、一つ目の塊が、冷たい井戸水を汲んだ水瓶の中に放り込まれる。
一瞬で沸騰する水の音に、思わず声が上がる。
陽が沈みかけたその時、握り拳ほどの鈍く輝く金属がその産声を上げた。