たたら場
サザウ国 ディル領 コヴ・ヘスのある日の日記そのサン。
ラドの言う事も分かるのだ。この国に、もう先はない。次代には国が残っているかどうかも。
ジエが、酷く落胆し戻った。
王への目通りすら叶いながら、商材を失ったという。あの陶器の大皿だ。
或いはジエが思い切った行動に出た事は、正しい行動であったのかも知れない。
だが、それを阻んだのはシギザであり、あのダナウであったという。
王の目には、シギザが、ダナウこそが忠臣に見えているのだろう。
シギザの後ろにはバルドーがあり、エスタの後ろにはリゼウがある。
だが両者の分は、今やバルドーに有利となっている。
このまま行けば、痩せ衰えたサザウは両国の餌となるだろう。
だが、王領を取るのはバルドーだ。
その頃にはディル領はない。領民も、私も、恐らく無事ということはあるまい。
我らが友であり、聡明であったラザウの姿はもうないのだろう。
太子は既に、シギザに取り込まれているという。
王がする事と言えば、内政府の決めた事に判を打つだけではないか。
今更何が出来るというのだ。私にはもうその胆力がない。ディルに最早、手札がないのだ。
冬。徴税の冬だ。我が領には、最早売るものがない。
王都に顔出せば、恐らく、ダナウが私に仄めかすであろう。
貨幣の工面を盾に、領を切り取り、譲り渡すその取引を。
そして王は、言われるままに、判を打つのだろう。
領主の一族として最後の冬となるだろう。割れた皿は、もう戻らない。
荷車を引く独立商人の様に、征く宛てもなく。代々から預かった領民を、守ることすら叶わず。
冬に滞在した青年たちの一部がポッコ村を訪れたのは、その日の陽が登った直後であった。
乾季がやってくる。それを前に、村は更に賑わいを増す。
家屋を建てるだけで煉瓦を使い切ったために、河原から脈々と粘土が運ばれてくる。村の東屋で、延々と煉瓦が炊かれている。
それだけで忙しいのにも関わらず、二号窯、三号窯、完成したばかりの四号窯まで使って、炭も作り続けている。
晴れた日和にも関わらず、煙と煤の臭いが村を覆っている。
複数の送風ハンドルを回す度に火柱が登る。その勢いは天井に届きそうな程である。
「凄い。」
始業に立ち会うコ・ジエがそれを見上げ思わず声を上げる。
「勢いで設計したところは結構あるけど、ちゃんと火柱が上がって安心したよ。炭も燃えてるね。」
「トウコ殿。考えたくはないですが、この炉が崩れたら、どうなるんです。」
コ・ジエの顔色が青ざめていく。その間も火柱が幾度も登る。
「大火傷じゃすまないよ。この東屋が火の海になるね。実際、内側の煉瓦はそれなりに溶けちゃってるだろうね。今は送風が上手く行ってるけど。」
「炉を突き抜けてこちらに流れ込んできたりはしないんでしょうか?」
「そうならないように、ジエさんもお祈りしてね。」
幢子は笑いながら言う。
炉の底には十分な厚さの灰床がある。大丈夫だとは思っていても、コ・ジエに少し意地悪をする。
「さて、始めますか。」
幢子が合図をすると、炉に砂鉄が注がれる。
音を立てて、三人がかりで持ち上げられた陶器の瓶から黒い粒が、炉へと流れ落ちていく。
見計らい幢子が手を挙げる。
「全部入れちまわなくて、いいんですか?」
「後から追加の炭も入れなきゃだからね。交互に入れて繰り返すの。」
幢子がそういうのを聞き、砂鉄の残った瓶は下ろされる。
送風係が幾度か入れ替わる。
合図によって手を止めると、幢子が炉を上から確認する。
そうして炭と砂鉄が幾度も注ぎ込まれる。
幢子自身も規模が大きすぎて頃合いが解っていないところがある。
それでも段を登り、斜め上から覗き込む炉内は赤熱を淡々と続けている。
不安もある。
温度が十分だろうか、炭の量と品質は十分だろうか、砂鉄の不純物はそれを邪魔をしないだろうか。
そこはもう、この炉での試行錯誤を続けていくしか無い。
この炉での失敗と成功が、炭焼の時と同様に、完成品へと近づけていく。
幢子はそう、強く心を持った。
やがて、注ぎ込まれる砂鉄が尽きる。
後は延々、中で融解に達するまで、燃え尽きるまでに、炭が足り熱が足りるかである。
まして、多すぎると不純物としての炭素が多くなり、固く柔軟性のないケラが増える。
炊けばいいというものでもない。
「まだ、炊き続けるのですか?」
朝から始めた作業は、月が傾く夜間を超えて、未明を超えて、また朝になっても続いていた。
東屋は屋根と壁の間を広く通風させているにも関わらず、そこは雨季よりも酷い暑さとなっていた。
「もう、いいよ。もう止めよう。」
幢子の胆力と不安も限界であった。
やってきたコ・ジエが呼び止めたことが、切欠になった。
送風係が尻餅をついて倒れ込む。
交代に待っていた要員が慌ててそれを肩を貸し担ぎ出す。
立ったままの幢子の額にも玉の汗が流れ落ちている。
それを見ていたコ・ジエが、幢子の変化に気づく。
「トウコ殿!」
倒れるその寸前を、コ・ジエが受け止める。
「誰か!エルカを呼んできてくれ!後、焚いた湯を!塩もだ!早く!急いでくれ!」
コ・ジエが東屋より幢子を担ぎ出したことで、村は大騒ぎになった。
それはまるで本当に、炉から煮えた鉄が溢れ出し火の海になったかのように。




