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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
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事態の推移

サザウ国 ディル領 コヴ・ヘスのある日の日記そのニ。

 不気味。全くがそれ以外に言いようがない。客人は異様であり不気味な存在である。


 文字が書けない、読めない。

 にも関わらず、一年先の事を見据えた、収支と投資という考え方を理解し行使する。


 送られてきた息子からの報告には、瞬く間と、その文字や単語すらも習得したという。

 加えて数字を教えれば一切それ以上教えること無く高度な計算を行い、その奇っ怪な仕草だけで紙での記録や覚書が必要になるような数を読み上げる。


 報告の手紙にはその理屈が仕草の意味とともに添えられていたが、片手で三一を数え、両手であれば千を超えて数える事ができる。

 文字が解らないだけで既に高度な教育を受けていたであろう事に加え、村の子供達に文字や数字を教えたその場から指南をしていたという。


 子供の方が習熟が早く、大人がそれに刺激され習う。

 彼女の言であるが、その指南を先々の意図を持って行うことが出来る人材は、我が国全体を見ても一握りである。


 息子が感化されるのもまた無理はない。

 件の村から見事な陶器の皿を数多あまた持ち帰ってきた。だがあの様な不気味な品は早く売り抜け手放してしまうに限る。


 息子は若く、また欲もある。

 たっての希望で王都の交流会へと送り出したが、盟友のラドにその後ろ盾を求める。


 あまり高く売れるようであれば困る。

 何事もなく、平穏な値で、注目されること無く無事売り抜けられる事を願う。



 それを記し始め既に二つの季節を終えた手記を、来客の報を受けていた事もあり、鍵のついた引き出しの奥へと仕舞い、コヴ・ヘスは執務室を後にする。


「気持ちは変わらぬか?」

 二の豆を作付けを終えた上で、幾人かの青年がそれを申し出てきており、最後の確認を行う。


「あの村で働かせてください。気持ちは変わりません。」

 青年たちは強い意志でそれを願う。

 手には力を込め、目の前にいるのがコヴであるにも関わらず、臆している様子もない。


「三の豆の収穫、いやせめて作付けを終えてから、という訳には行かぬのだな?」

 青年たちは顔を見合わせ、揃って頷く。その意思表示に、コヴ・ヘスは深く息をつき、決心をする。


 用意されていた乾豆を手に青年たちはポッコ村に向かう。


 コヴ・ヘスは送られてきた手紙を見る。

 こうして冬季から雨季を通して、幾度となく手紙が送られてきた。


 そこには今はまだコに過ぎないジエが、まるでコヴ自らがそこに居る様に、差配と今後の懸案を伝えている。

 事細かに伝えられている諸事には、今起こっている国家の問題が事実に即して記されている。


 だが、我が子の目覚ましいとも、豹変とも思える成長ぶりを喜ぶ余裕は、コヴ・ヘスにはなかった。


 ディル領の現在の収支は、この冬季には如何程になっているか最早想像もつかない。


 コヴ・ヘスには、あの灰や木酢液なる品が、自身の価値観とかけ離れた価値でやり取りをされている現状に、最早今更、そこから降りる事など不可能だと、否でも応でも理解させられていた。

 それだけでなく、雨でさえ無ければ日々途切れること無く送り出される陶器が、そこに即した様々な形に変わっている事にも意識し、注目をしていた。


 ナイフが必要であれば数多のナイフが草布に包まれ送り出され、木酢液が必要となれば、それを運ぶための陶器のかめに入れられ、木蓋で封をされ共に送り出されてくる。

 目の荒い草布の袋では灰が漏れると陶器に詰められ、干物や海藻の乾物が必要であればそれを入れる陶器が送られてくる。


 荷車から木桶が消え、陶器が成り代わるのに、時間はそう掛かっていない。そしてそれらの陶器は、全てポッコ村の中で受発注が済み、報告書の中だけで済まされている。

 昨今では技工を重ねているのか、持ち運びを意識し取っ手がつけられ、荷車の上には陶器を守る豆の枯れ草が敷き詰められている。


 エスタ領、その先のリゼウ国へと送り出すためには一度荷車から降ろし最低限の偽装を施す必要があるが、最早、それらを物珍しさも惜しさも感じなくなっている自分さえ居る。


 送り、送られる報告は、その全てが、王領を素通りしていく。今やそれをなんとも思っていない。


 コヴ・ヘスの中で、自身もまた決定的に変わってしまった部分がある事を自覚できていた。


 エスタ領からの手紙には、二の豆で肥料試験を開始した旨と、リゼウ国での治験農場の経過報告が記されている。

 雲の上の様な話が、自分の手元で現実味を持って進んでいる。

 その中に、自分の名前も間違いなく記され、また自分も関わって自らの名を記していく。


 このまま見ていれば、このまま関わっていけば次の冬季を前に事態が大きく動いてしまう。


 その恐怖心が、日々募っていく。コヴ・ヘスの心はまだそれを何処か決めかねている。

 そして何よりの決定打を持っているのは、自分自身なのだと、認められずに居る。


 執務室の机の中には三枚の許可証が秘されている。


 煉瓦の製造に関する許可証、村の統廃合に関する許可証、陶器の製造と販売に関する許可証。

 だが、もう一枚、いずれ最も重要になる許可の証はまだ手元にない。


 約束の期日は迫ってきていた。

 コヴ・ヘスの脳裏にはその成果を持参するその面影が目に浮かぶ。


 今しがた送り出した青年たちも、それを確実なものにするため、意思を持ってそれを手伝うだろう。


 その決定を下して尚、それを予期し準備をしていて尚、コヴ・ヘスは願わくば居られない。


「どうか、今少しの時間が欲しい。考える時間を。」

 そう願っているのは、他でもなく自分自身である事に、一人呟き、彼は頭を抱えずに居られなかった。

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