表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
三国の転機
55/238

身体測定

サザウ国 ディル領 コヴ・ヘスのある日の日記そのイチ。

 あの村には何かが起こっている。

 役人から届いた陶器はそれを確信させたが、よもやあの様な異国の人物がその先導を担っていたとは。


 今、件の異国人は客間に待たせている。

 動員した役人を円滑に動かすために捕縛という形をとったが、それは誤りであったと感じざる得ない。


 大人しく従い、館に招いてからは丁重に扱っているが、捕縛の際にみた村人たちは少なくない異議を見せていたように思う。

 各村を回る役人から多少の異変は聴いていたが、実際に目の辺りにするそれは明らかな異様とも思えた。


 村人たちは家畜の世話という与えられた役目を失い、また農作業の従事していると思っていた。

 或いは三の豆の為に開梱をしてくれていればと思っていたが、行っていた事は窯を作り、東屋を建て、煉瓦を作っていた。

 村の子供も率先しその補助を行っている。指示をしていない事を自発的に考え、従事していたとは思い難いが、あの異国人の指導によるものだとすれば、これは更に異常である。


 事実として、私の目の前に今、その煉瓦がある。

 品質は悪くない。恐らく、建築にも使えるだろう。


 だがその用途はその異常を通り越している。これと同様の煉瓦を用いた炉が、数基並んでいた。

 煉瓦を作るために煉瓦を作る。この様な発想は不合理である。


 そして何よりも奇異な事は、率先し王領直属とも言える詩魔法師と交流を深めていたことである。


 件の異国人はこの奇妙な土笛すらも、その炉で作っていた。

 この様なものは初めて見る。

 いずれにしても、当人がそう述べるような、記憶喪失などという話は素直に信じられるものではない。




 幼い子供が甲高い陶琴とうきんの叩いて鳴らし、その音を確かめている。

 そんな穏やかな風景はポッコ村の片隅でのみの事で、村人たちは村の外周の一角に集められていた。


「これから、身体測定を開始します。」

 幢子が述べるそれを集められた人々はよく解っていない。

 ただ、今日は仕事をしないという旨と、新たな村人たちとの交流を行うという話を、コ・ジエから聴いていた。


「この土笛を鳴らしたら、順番に懸命に走って、向こうのジエさんの所までいってください。本気で走ってくださいね。力を抜いた人はお昼ごはんを食べられません。」

 一定人数毎に並べられ、今までの村人と新しく統合されやってきた村人が半々に組み合っている。


「転んだり怪我をした人は後でちゃんと詩魔法で治療します。足が痛い、腕が痛い、腰が痛い、どんなに小さな痛みでもちゃんと報告してください。」

 幢子が手を振ると、行き先である地点に手を振り返す影が見える。


「今日はこういうのを沢山やります。では、開始しますよ。」

 幢子が構え、その奇妙な土笛の音が鳴り響き、村人たちは走り出した。


 昼食のスープが炊き出しに振る舞われる中、幢子はその結果をコ・ジエから受け取り確認していた。


「外見もそうだけど、もう目に見える形で変化が出てるね。」

 やってきた合流元の村人たちは、ポッコ村の住人に比べ手足は細く、肌の血色も悪かったのが直ぐに分かった。それは幢子だけでなく、コ・ジエにも明確な驚きであった。


「私もこの村での滞在が長くなり、気づき難かったのかもしれません。」


「実際の栄養価改善が始まったのが冬期に入って、ヘス様から乾豆を買うようになってからだから、多分、この村の現在の状態が普通か、それよりちょっと下、だろうね。」

 それは様々に行った競技の結果だけでなく、故障率を見ても明らかだった。

 必死に走れば何処か体を痛める、体を動かすと息が切れ、それが積み重なって成績に差が出る。


「今年の一の豆のポッコ村の農作業は、早かったという意識があります。実際にその開梱作業を見たのが初めてなので、知識との差は違和感にしか感じなかったのですが。」


「だろうね。きっと身体自体が弱ってる。それを詩魔法で騙し騙し動かしてたんだと思うよ。」

 コ・ジエは深刻な表情で、取りまとめている最中の結果を見る。


「ディル領だけでなく、これが我が国で起こっているという事でいいのでしょうか。」

 こうした領民の能力低下は、同じ様に他領でも起こっている可能性は高い。

 コ・ジエはそれを初めて、視認性という形で理解し恐怖を感じ始めていた。


「そういうのが、年々の収穫量の低下にも出てるんじゃないかな?農業って体力を使うし、道具も悪いし。もっと言えば、年月をかけていく中で、体力の問題から、鉄鍬より軽くて負担の少ない木鍬の使用率が増えていったのかも。」


「トウコ様。ちょっとお話いいですか?」

 エルカが深刻な顔をして、集計された結果を見ている二人の前に現れる。


「ごめんねエルカ。疲れちゃった?大丈夫?」

「私は大丈夫です、けど。」

 エルカの後ろで顔色を悪くする人物が見える。その顔色を見て幢子は直ぐに察する。


「魔素切れだね。早く教会で休ませてあげて。ご飯は食べれそう?」

「はい。なんとか。」

 村と一緒に合流した男性の詩魔法師は力なく答える。それは幢子にとって何処かで見た光景に思えた。


「大丈夫?エルカ、教会に子供達も居るから連れて行ってあげて。お昼寝の時間作ろう。ジエさんはスープを貰ってきてください。木匙もちゃんと借りてきてくださいね。」


 その後、村人たちはいつも通り昼寝の時間が得られることになり、子供達のオカリナの音が村に響き渡る。

 そして、昼寝を終えて再び身体測定は開始されるのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ