二の豆の準備
幢子の記録 詩魔法そのサン。
詩魔法を使ってみたいという気持ちがちょっとずつ増えている。
だから私はエルカにそれを教えて貰おうと思っている。
でもそれはきっと難しいことだろう。
自分で自分の火傷を治す。自分で体の様子がおかしければ自分で和らげる。
それって、出来れば色々便利そうではある。けど、そんな都合の良い使い方ができるだろうか。
一人で出来なければ、それが出来る人を増やせばいいと思う。
仲間を作って仲間同士で詩魔法を施し合う。
そうすれば一人が凄く疲れることもないし、一人では出来ないことが出来るに違いない。
今日も村の子供達が煉瓦の種を作るのを手伝ってくれたように、皆でエルカを助けられれば、エルカが辛い時は代わってあげられるはず。
エルカに詩魔法を教わるにはどうしたらいいだろうか。
ご飯を分けてあげる?私にしか出来ないことをしてあげるべきだろう。
詩って言うからには楽器もあったほうがいいのかな?
杖で魔法を使う魔法使いのお爺さんのイメージみたいに。
そうだ。すぐ笛なら作れそう。
土笛っていうのも芸がないから、昔、焼き物の体験学習で習った事がある、ちゃんと音階を奏でられる、オカリナを作ってプレゼントしよう。
二の豆の植え付けを前に、国主へ届いた報告は、リゼウ国を大いに沸かせる事になる。
「各農作地へ兵を派遣し、これを徹底させよ。」
即時アルド・リゼウが発布した内容は主に三つ。
連作障害を鑑み、二の豆は既存の畑と同規模の畑を新たに開梱すること。
開梱の際には兵の持参した草木灰・貝粉を既存の一の豆の枯れ草と共によく混ぜ込み丹念に耕すこと、伝令をした兵士はこれを手伝うこと。
そして、追って駆けつける落ち葉堆肥を随時追肥すること。
二日後、用意された若鶏の塩焼きを腹に収めた兵士たちは草木灰と貝粉を乗せた荷車と共に嬉々として方々へ出発する。
帰ればまた若鶏を食べることを約束された事も勿論あるが、豊作を半ば約束された使いというのはその士気を大いに膨らませた。
自らが耕した治験農場の成果を自信を持って伝えられるからである。
「さぁ、連中が走っている間にこっちだ。羊の方はどうなっている。」
会議を仕切る栄治を前に飼料改善に携わっている役人たちは、国主の発布に沸いていた。
税として上がってくる二の豆が今度はそれを使って、大々的に養鶏を拡大できる自負を持っていたからである。
「体躯が明らかに大きくなってきておりますな。既存の枯れ草飼料に、鶏と同じ様に乾豆を粉にしたものを混ぜ、一の豆の枯れ草や豆がらも混ぜ、更には海藻粉と僅かに塩も混ぜました。与えた所非常に食いつきがいい。雑多な枯れ草を用いず、二の豆のものに統一した飼料の結果も見てみたいですな。」
「岩塩があれば海藻粉と塩は要らんだろうが、暫くは仕方ないな。海藻は農作肥料にも使う虎の子だから、今後は取り合いになる。配合比率は下げて当面の扱いやすい飼料を目指す。色々やってみろ。鶏の様にいきなりの数は増やせんぞ。発酵飼料も急がにゃならん。」
「当面はやはり鶏でしょうか。増えたら増えた分だけ、鶏糞が来る。それをあの木酢液というのと合わせれば、良質な肥料になると。」
役人にも周知されている通り、希釈した木酢液を用いた「ぼかし肥料」の作成は、各種肥料の消費を抑える効果もある。
鶏の胃を使って窒素固定肥料や、リン系肥料を間接的に増やすことが出来る。
栄治はそう踏んで新飼料開発側にも共有をしていた。
「そうだ。鶏糞だけじゃない。羽の一つも残さず拾え。服に仕込めば冬に凍える国民を減らせる。冷えなくなれば腹の減りも弱まる。鶏は骨の一片、卵の殻まで全て有用だ。使い方がわからなければ教えてやる。今は増やせば増やしただけ、国が潤うと思え。」
最終的な目標はイノシシの家畜化であるが、そこの前に人間の飢えを解消しなければならない。
海産系の肥料を減らし食に回すためには、豆の増産と鶏の増産の比率の舵取りが重要になる。
更には、余剰を見て羊の増産と、そこからの製糸も考えていく必要もある。
これには綿花として使えそうな原種が、まだ治験農場の中にあるというのが大きい。
交易品から外来の種を見つけはしたが、育たなかった時のことを考えねばならなかった。
こうしたリゼウ国の活気は、沿岸の漁港での変化も合わせ、独立商人たちの陸運を通じて、少しずつ拡散されていく。
エスタ領から吐き出される荷車が一日置きに関所を取ってリゼウ国へと入っていく。
その積み荷が灰である事は隠されず目撃されていた。
ただその灰の出処がディル領だという事は秘匿されていた。
それまで行われていた陶器と乾豆の移動による積荷の偽装に、巧妙に灰は取り込まれている。
陶器だけでなく新たにそれらの品目に加わった木材・貝殻・干物といった両領のやり取りに偽装し、ディル領から排出される草木灰、そして木酢液。
表向きは、それらはエスタ領が冬季に備蓄した灰を輸出しているかの形で噂が流れていく。
実際にはエスタ領の冬季の灰は備蓄されていたが、それはエスタ領から動いていない。
これは来るべき農耕改善の治験結果を持って、エスタ領でも同時にそれを開始する手はずとなっていたからである。
アルド・リゼウの発布は、事前にそれを共有していたエスタ領にも同様に伝えられ、それを合図に二の豆の作付けから、「同じもの」が「期間を置かずに」取り入れられることになる。




