一の豆の成果
幢子の記録 詩魔法そのニ。
詩魔法というものが少しずつ解ってきた気がする。
エルカはいつも疲れている。
走り回っているわけではないけれど、詩を歌う度に座り込んでいることを見る機会が多い。魔素が切れる。或いは少なくなると、疲れてしまうらしい。
詩魔法というのは自分の体の中にある魔素というものを詩に乗せ、同じ様に空気中や地面に存在する魔素に働きかける事で、不思議なことを起こすという。
怪我を治す、痛みを和らげると言ったものは自分と、相手の両方の魔素を消費するらしい。
私が怪我をした時、火傷をした時に、エルカが歌ってくれて治ったのは、私の中にも魔素があるってことだろうか。
この魔素というのはよくわからない。
私達の世界にはなかったものだ。或いは気づいていないだけで存在していたものかも知れない。
少なくとも化学式では証明できない存在。
普通に考えれば、相手の魔素と自分の魔素を干渉させれば、結果を引き出せるなら、詩魔法以外にもなにか手法があるのかな。
「詩」魔法というからには、そうでない魔法も過去にあったはずだと思う。
エルカにそれを聞いてみたけれど、詩魔法以外の魔法は使えないし、知らないらしい。
「ここまでハッキリ差が出るとはな。」
栄治は広がる区画毎に区切られた畑を見ている。そこには「何も植えられていない」。
ただ耕しただけの畑と、鶏糞、草木灰、落ち葉堆肥を混ぜ込み耕した畑が目の前にあり、前者と後者では自然植生に顕著な差が出ていた。
世の中には雑草という言葉があるが、正確に言えば雑草という名の草はない。
なんらかの種のなんらかの草が生えているのは間違いない。
肥料を追加した畑にはそれが日々、次々と芽吹いている。
「元々、土質が良くない土地柄なのもあるだろうが、土、植物も人間と同じか。」
その他の畑には一の豆が植えられ、その肥料、追肥を区画を分けている。
立ち会っている役人たちが口々に報告する内容と、先だって届いている報告書面にはその感情が乗ったものが多い。
「特に木酢液の効果が凄まじいな。飢えてるってレベルじゃねぇぞ。」
その一帯の畑は、詩魔法により、詩を捧げた一の豆である。
雨が続き、晴れても蒸す。湿気がとにかく高く感じられるこの雨季の中で、雨季を半分以上残し、もう房を持ち収穫を待つレベルである。
根付き、葉の張り、花も既に落ちて、記された報告書には蜂が飛び交っていたという。
「大収穫です。こんな豊作見たことがありません。」
木酢液を促進剤水準に希釈したものを散布した区画は、その肥料に関わらず房の数が桁違いであった。
僅かだが雑草の繁殖もあり、そちらは手を入れて除草させている。
対比として存在している従来の詩魔法のみの畑の区画は、成長はしているがまだ花もつけたばかりの様子であった。
栄治は歩を進める。
詩が影響をしないように、離れて開梱された肥料だけの一の豆の畑に向かう。
「やはりもう駄目か。これはもうそういう品種なのだな。」
詩魔法を施していない区画の畑は、芽吹きこそ負けず劣らずと順調であったが、やがて萎れ、枯れていった。
今では雑多な正体不明の草があちこちに芽吹いている。その全ての区画に於いてである。
栄治にとって、この地域、この植生は実に興味深い。
「この地域で、この生育方式を繰り返していく中で、詩魔法の必要の有無に特化された品種になってるんだろう。豆については、既存の農作に対して肥料は詩魔法の代替にはならんな。その頭づもりでいいだろう。追って詳しく調べたい。ガラスが工面できれば水耕栽培でもやってみるか。」
随伴する役人が、首から下げた板を筆記台に、それらを速記していく。
「問題はこっちだ。」
栄治の歩く先には、植生が変わる区画が現れる。
「我が国としては、もう歴史書に書かれる様な話です。向こうの豊作もそれだけで喜ばしいことなのですが。」
役人が羽根ペンを走らせながら付け加える。
それは遠い大国から以前種を輸入した品種等であった。雑多な種類を、あくまで種の形状、控え書きなどから類推し、栄治が仕分けたものである。
それらが一応の芽を吹き、育ちつつある。
「何が育ち、何が実るのかさっぱり判らん。闇鍋の畑を見てる気分だ。ここの変化は特に注意深く観察をしろ。どんな些細なことも楽観視せずに書き残せ。奇跡に二度目はないと思え。」
栄治自身も、ここに居を構えて実際にその経過を逐一確認したい気分になるが、状況はそれを許さない。
飼料改善の結果もまた、ここに来て新たな世代への乗り換えが見えてきている。
「詩魔法師も呼んで歌わせておけ。過去の作付けでは失敗したとあるが、効果がまるで無いとは正直思い難い。無いよりマシなら、今はアリだ。種を増やす機会をを逃すなよ。」
郷に入らば郷に従え。詩魔法の存在と、その効果を実際に視認し、栄治にはある種それを実績と認める余裕が出てきていた。
最後の区画へ足を運ぶ。
そこは栄治が周辺行脚の道中で見つけた、内陸の湖畔の自生種であった。
生息分布は今の所、その一帯しかない。そこから「それ」を拾ってきていた。
「俺もコイツを試すのは昔見た本の記憶頼り、それが役立つかどうかも不明だがな。」
手元で鍬を振るって畑を起こし、追肥し、何とか芽吹いた苗を後から持ち込み、ここに加えている。
「こちらはエイジ殿が折り入ってと育てている種ですが、どのような物なのでしょう。」
役人が今日に至るまで、ついぞ聞く機会のなかったそれを口にする。
「陸稲、というやつのモドキだろうな。原種とも言えるかもしれん。偶然見つけたが、俺の個人的な希望品種の一つだ。増やせるなら増やしたい。」