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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
国家の転機
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次の段階へ

「おじさんたち、行っちゃうの?」

 少し早めに昼食をとって、帰り支度を終えたばかりの派遣青年たちに、ポッコ村の子供達が姿を見せた。


「また来る。また次の冬には皆、必ず来る。約束だ。おじさんは少し早く戻ってくるかも知れないがな。」

 子供の一人に、派遣青年たちの一人が腰をかがめて接する。

 彼らにとっては煉瓦種の作り方を教えてくれた先生の一人でもある。


「それにこれ、これだ。いち、に、さん。」

 青年はそうして指を折る。

 その仕草は辿々しく、声に合わせて指を上手く動かせない。


「ああ、クソ、まだコイツをちゃんと出来ない。煉瓦の数を数える速さだって、負けっぱなしだしな。」

 片手で三十一を数える仕草は、ここ数日の子供達との専らの話題だった。

 新たな東屋の建設で漆喰を練る子供達に、数え間違いを笑われたばかりであった。


「今度来るときまでに覚えておいてよね。両手ならもっとたくさん数えられるんだからね。」

 子供達と派遣青年たちに笑い声が木霊こだまする。



 検品を終えた陶器を乗せた荷車と共に、領主の館までの道中の食事用に、備蓄の豆も積み込まれる。


「父に手紙で願いを出しておいた。君たちが作ってくれた煉瓦の数や薪の数、それを計算してある。相応の豆と塩が館で用意されているはずだ。それを受け取って、必ず無事に村々へ戻って欲しい。気をつけて。」

 コ・ジエは派遣青年たちの一人一人の手をとって、固く握る。


 それを合図に一人、また一人と先を行く荷車に続いていく。

 コ・ジエにとっても自らが文字と数字、多少の計算を教えた相手である。その手には自然と心が籠もる。まだ教えたいことが沢山ある。そう思わずに居られなかった。


 最後の一人を送り出した後、コ・ジエは深い溜め息をつく。

 この場に来なかった幢子に対してである。


「だって、また会えるでしょ。」

 ガラガラと甲高い音を立てながら、二号窯の中から声を上げる幢子は、コ・ジエにそう答える。


「ヘス様の、開拓村の統合に該当する人もいるだろうし、冬にはまた来てもらうことになるだろうし。」

「とは言え、明日は何が起こるか分からないのですよ、トウコ殿。」

 次第の報告へ東屋にやってきたコ・ジエは、顔すらも見せずに炭を漁っている幢子に抗議する。


「その何かのために、私達は頑張ってるんだよ、ジエさん。」

 両手に炭を抱えて出てきた幢子は、鼻の上まで煤で顔を汚している。


「それより、いよいよ今回の炭は上手く行ったと思わない?凄いよね!」

 二本の炭を合わせて打ち鳴らす。高い音が響き、それでいて崩れる様子も、割れる様子も見せない。


「これでも、備長炭なんかに比べたら、まだまだなんだろうけど。」

 派遣青年たちがいる間に、と数回の炭焼を試みた結果、三度目、四度目と幢子の手に握られた炭は数も、質も増している。

 今回は木酢液もかめに採取されている。幾つかの小さいかめに移され木蓋で封されて、次の荷車でエスタ領、その先のリゼウ国へと旅立っていく予定である。


「早く戻って、顔を拭いてきてください!それにこの臭いは抑えられたとは言え、まだあまり好きにはなれません。」

「慣れない人はずっとそのままだって言うけどね。ジエさんにアレルギーになられても嫌だし。無理しない方がいいよ。」

 そういって手にした炭を東屋の片隅に放り出し、再び二号窯の中へと戻っていく幢子に、コ・ジエは頭を抱えた。



「まだやってるのか。」

 夜番の焚き火で豆を焼きながら、手を動かし、数を口ずさむ青年に仲間が寝ながら声をかける。


「なんだかよ、あっという間の冬だったなってな。俺も、年寄みたいで嫌なんだが。」

 指を一本折っては、その日に起きたことを思い出す。

 焼いた豆を口に運びながら、また一本。


「この道を、俺達は腹を空かせながら歩いてきたろ。でもよ、今、あん時見たく腹減ってるか?」

 焼き豆を囓り飲み込み、青年は火を見つめている。その場にいる青年は誰も眠っては居なかった。


「昼から働いてねぇし、歩いてきただけだからか、疲れもない。昼寝の時見たく土笛も聞こえねぇからか寝付けねぇ。夜ってこんなに長かったかなってな。冬は短く感じたのに、夜が長い。」

 起き上がった青年もまた、草布の袋から豆を取り出し、小枝挟んで火にかける。


「腹は減るよ。減ってる。だけど、手で豆を掴み口に運ぶんじゃなくてよ、一個一個焼いて食うぐらいには、気が長くなってる。火は強すぎねぇかとか、次はどの枝を放り込もうかとか。そういうのを気にするようにはなったな。」

 パチパチと火花の音だけが上がる。


 青年たちはなんとなしに空を見上げている。


「昨日こさえた煉瓦種、明日上手く焼けるかなってな、今考えてた。雲がねぇから明日は晴れそうだって、思ってな。」

「村に帰っても、畑仕事の後で落ち着かずに、土をこねてそうだな、俺は。」

 次々に声を上げる。そしていつしか、この冬の思い出話へと、内容が変わっていく。


 荷車に付き添う役人は、そんな青年たちの思い出話に耳を傾けながら、ゆっくりと眠りに落ちていく。

 かつて彼らと歩いた道、自分の思った通りになった事に、満足感を得ながら。

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