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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
国家の転機
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派遣青年たちの明日

サザウ国の冬の終わり。

 冬季の終わりが近づくと、穏やかであるが南から風が吹く日がある。


 サザウ国の南、エディア海は多くの国に跨る、広い海である。

 地域ごとにそれぞれ名前が別れており、古い国家の名前に由来するものが多い。


 サザウ国、リゼウ国、バルドー国を横に跨る近海はスラール海と呼称する。


 そのスラール海から寒さを散らす風が吹く頃、村々は息を吹き返したように動き出す。

 数は少ないが小さな虫が飛び始め、村の外周には雑草の芽が吹き始め、乾季の末から冬季にかけて森林を覆っていた落ち葉の地面も、少しずつ緑色が混じり始める。


 早い木々はその枝に小さな葉の芽をつける。花を咲かせ始めるものもある。

 そうした変化が、穏やかに進行していき、いつの間にか冬は終わりを告げている。



 その日、幢子は珍しく外の炊き場に立っていた。

 炊き仕事に手を出そうとすると、炊き場を預かる婦人たちがそれを阻止したが、その日は珍しく朝から外の炊き場に幢子が立っている。

 火をおこし井戸水を炊き、そしていつもと違う、鼻を刺激するが、不快ではない香りが村中に立ち込める。


 その日の前日の荷車には、いつもの豆が少なく、貝殻だけでなく、新たに二つの袋が乗せられていた。

 荷を受けとったコ・ジエがそれを幢子に知らせ、幢子はそれを見て大騒ぎとなった。


 その晩、炊事を終えた婦人たちを交え、会議とも言える物々しい打ち合わせの末、幢子は婦人たちに半ば監視され、炊き場に立っている。彼女らにしてみれば、気が気でなかった。


 しかし、時間を置いてみれば、不安にもなった幢子が、婦人たちに味見を頼み、そして婦人たちも知恵を出し始める。昼を前にする頃には、ちょっとした騒ぎとなり始めていた。


「まさか、干した海藻まで手配してるとはね。これなんてワカメに似てるし。」

 いつもの炊き湯には塩を混ぜているだけだったが、今日は明らかに別物に仕上がっている。

 幢子にしてみれば、是が非でも味噌が欲しくなる、スープと呼べるものが出来上がっていた。


「これはうまい。俺は知ってるぞ。港に塩の買い増しに出た時に食った、魚って奴だ!」

 村の青年が舌鼓をうつ。その顔は興奮の一言であり、幢子の存在に様子を見ていた他の大人たちも薪割りの手を止め、駆け寄っていく。その中には派遣青年たちの姿もあった。


 海藻とともに煮込まれた干物は、ただ塩で濯ぎカラカラに干された小魚のものと、腹を開いて干されたものがある。

 恐らくそれは栄治のその場の裁量で作られた「新しい商材」なのだろうと、幢子は笑みを隠せない。

 そしてその味もまた、自分が飢えていた事を思い知らされる、痛烈なものだった。


 煮戻しの豆すらも、いつもより早くそのかさを減らしていく。慌て始めた婦人たちが今、教会の倉庫へ備蓄を取りに走っている。試しに、と使ったのと同じだけの量の魚と海藻もである。

 幢子自身ももう少し食べたかった気持ちがあるが、焦らずともこれはそう遠くなく再び食べられるものだと知っている事で、今は村の皆が腹を満たしていくのを見守ることにした。


「トウコ様、少しお話の時間を作ってはもらえませんか?」

 派遣青年団の一人だった。


 幢子にはその顔は特に覚えがあった。

 村に来て早々、幢子の肩に馴れ馴れしく触れ、大騒ぎをした一人だった。

 この冬季の滞在の間に、その顔つきが変わっていった事に、今更ながら幢子は思い至る。今の顔は、至っての真面目であるのを察し、幢子は微笑んだ。


 日の沈んだ後、夕餉ゆうげの炊き出しより少し早めに、幢子は青年に声をかける。


 オカリナの音が連なって村の疲れを癒やす中、青年は幢子に連れられ、教会へと入っていく。

 暖かなその場には、コ・ジエも座って待っていた。


「役人様もご一緒なら話が早い。」

 青年は勧められるままに椅子に座ると、幢子も席につく。


「お願いがあります。もう少し、この村を手伝わせちゃくれませんか。ここでもっと仕事を覚えたいんです。コヴ様に掛け合ってはもらえませんか。」


「それは貴方だけ?」

 幢子はこんな事になるだろうと少しだけ分かっていた。青年は顔を赤くしながら、懸命に言葉を選んでいる。


「俺の他に四人。あと悩んでるやつが一人居て、そいつを含めれば五人です。」

 四分の一に当たる数が、そう考えていることに、コ・ジエは驚く。

 この忙しさのまま、雨季、そして乾季へと向かおうとしているにも関わらず、それでも尚、親しんだ生活を捨ててここに居たいという。


「村に戻っても、人一倍飯を食う俺は、冬の蓄えを減らす穀潰しだ。けどここなら、懸命に働く。飯の分、煉瓦だって焼く。薪だって割る。それで、あの陶器ってやつも覚えたい。教えて欲しい。」


「一度村に戻って、ちゃんとお話をしてきてください。ご家族も、村の役割もあるでしょう?」

 少しだけ、幢子は突き放すと決めていた。

 村の仕事を覚えた人材は手放し難い。でも彼らには、自分の村での仕事も、文字の読み書きができる以上今後の役割もある。


「明日、皆を集めて、領主の館へ向かって貰います。そしてそれぞれの村へ帰ることになるでしょう。その道中でももう一度よく考えて欲しい。」

 コ・ジエが添えた言葉は、彼が寝床小屋を通して、派遣青年たちへ、その晩のうちに広まった。

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