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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
国家の転機
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十年先の話、今年の話

チャノキ。

 お茶の木である。お茶の葉をつける。

 名前を知らなければ、それが正式な名であることを知らずまま居ることも珍しくはない。


 現在も原種がどの辺りにあったものなのか、諸説が交錯するが、その商的な価値を大きく世界に示したのは、我々人類に於いては大航海時代以後、産業革命以前と言ったところだろうか。


 香辛料に続く交易品として世界に広く拡散した紅茶は、現在も多くの国で親しまれている。

 また地域によって、発酵手法・摘み時期・焙煎の有無などで多種多様な「茶」の変化を味わうことができる。


 日本で馴染み深いものといえば「緑茶」にあたる。といってもこれも複数の楽しみ方すら存在し、食品への併用も含めれば、単に嗜好品ではなく日本の食事上に深く関わっていると言える。


 ただ、そのチャノキ自体は、その植生を考えれば、世界で広く版図を広げているとはいい難い。


 チャノキとして栽培し用いられているそれは挿し木、つまり種から増やすのではなく、木そのものを刈り取り持ち運ぶ手法だからである。

 これは同種の間の繁殖で種を得づらい、自家不和合性という性質が根源にある。


 サザウ国エスタ領で「茶」と思わしき品種についての情報が得られたのは、幸運な事である。

 近似亜種なのか、奇跡的に植生地から飛来したものが生き残ったのか。それはまだ定かではない。




「お茶かぁ。これは面白くなってきたね。」

 リゼウ国から発した手紙が、エスタ領からの輸送荷車に揺られ、ディル領へ運ばれる。

 これはこの冬季後期では最早珍しいことではないが、その封蝋の内側に複数の宛先が示されたものもある。

 そうしたものはコヴ・ヘスの目を通されはするが、そのままディル領で再びの封蝋を施され、ポッコ村に運ばれる。


「我が国でお茶が得られるのですか?」

 流石に、無関心では居られない情報に同席するコ・ジエが耳を傾ける。


「今日明日の話どころか、この先、十年単位の話で、それもジエさんが思い浮かべるものかどうかもわからないけどね。お茶は、ここだとこの間の会談で飲んだものが初めてだけど、私の知る味とは違ったし。」

 頭に強力な商材を思い浮かべたコ・ジエであったが、その思いは雲散する。


「本当にその、食事情改善、農耕改善が動き始めているのですね。にわかには信じがたい。」

 コ・ジエはこの冬に目まぐるしく状況が変遷しているのは理解していたが、その中心から離れポッコ村の事だけしか解っていない。

 幢子から伝え聞く会談の内容も、理解しきれていない上、村の取り回しに今では深く関わり過ぎている。余裕がないという他ない。


「ねぇ、ジエさん。ジエさんは私に黙って、この村に人が手配できないか話を進めちゃったよね。」

 手紙を読んでいた幢子はコ・ジエを再三そうしたように、改めて咎めるように言う。


「その件については、もっと相談をすべきだったと、今では思っています。」

 こうなるとコ・ジエの立場は弱い。何らかの要求や無茶の前振りだと、直感し身構える。


「私達のその後の苦労、長かったよね。漸く二号窯の再試用にこぎつけたばかりだし。冬の間に炭の目処がつくかどうか、心配なのだけれどね。木酢液まで必要になったし、それって炭の作成自体が大きく意味を増したってことなんだけれど。」

 今、教会の外では新たな東屋の建築が始まっている。


 ここ数日の良天候で焼き上がった煉瓦は、最早東屋と呼ぶには無理のある広めの家屋の外壁として、また屋根に乗せるかわららしきものまで並んでいる。

 地面には薄く漆喰が敷かれており、村の建築物としては石積の教会のそれと変わらない水準である。

 そこにはまずは三号窯、そして最終的には四号窯が設置される予定になっている他、それまでは生産物の一時保管にも用いられる予定になっていた。


「ヘス様にもその時の苦労の説明をお手紙にして送って欲しいな。次の荷車で。」

 そういって、幢子はコ・ジエに読んでいた手紙を渡し、立ち上がり、後ろから該当する文言箇所を指差す。

 思わぬ幢子の接触に驚く間もなく、コ・ジエは文面の一部分を読み、間を置いて再度読み返す。



「なぁ。これが終わったらそろそろ、村に帰らなきゃならない時期だよな。」

 派遣青年たちの一人が、漆喰の上に煉瓦を当てていきながら、仲間の一人に話しかける。


「そうだな。俺たちは帰らにゃならん。ここでは飯がしっかり食えたから、名残惜しいけどな。」

 その言葉に他に作業をしていた仲間たちも笑う。


 この村に来た頃には流されるままであった作業にもすっかりと余裕ができていた。

 体の調子もすこぶる良い。


「冗談としてじゃなくて、真面目に聞いてほしいんだが、俺達が帰っても大丈夫なのか?」

 話を始めた青年がそう続ける。ここ数日思っていた事だった。


 こうして東屋を建てていく作業も、自分たちの寝床小屋を、この村の住人が建ててくれた事に対しての意趣返しとして買って出たものだ。


「この村が色々おかしい事は流石に解ってる。コヴ様があんな歓待をしてまで俺たちを送り出したこともだ。俺たちに期待して、集められて、必要だからここに居るんだろ?」


「だが俺たちは、村に帰らにゃならん。俺には家族がいる。親父やお袋はそろそろ足腰が弱り始める歳だ。俺の村の、畑の硬い地面を耕せるのは、ガタイの大きい俺の他は数人だけだ。一番の豆を間に合わせるためには、今年は冬が終わる前から始めなきゃならん。」

 そういった真面目な話が、青年たちの間で少しずつ増え始めていた。

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