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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
国家の転機
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両者の関係

果樹。

 木には可食部を伴う実をつけるものも少なくない。


 人間がまだ類人猿と呼ばれていた時代より遥かにさかのぼっても、木の実はそこにある。

 或いは遠い昔の進化で袂を分かった鳥たちですらも、果肉を好む。


 昆虫たちは地に落ちた甘い果肉を好み、鳥は遠く離れ海を超えた土地へも、種を運ぶ。

 そうして木々は、人が文化を築く前から、より住みよい場所を求めて、実をつける。


 次の代、そのまた次の代を願って、実をつけ種を宿す。

 その実を頼って鳥が飛び、虫は息づき、命は巡る。

 そうしてそこに生態系が生まれ、命が住める土地となっていく。




「よぉ、お嬢さん。出迎え感謝する。」

 エスタ領の館へと、数台の馬車が集いやってくる。その最初の一台から降りた栄治は、家令を伴って現れた彼女に手を掲げる。


「お待ちしておりました。コヴは応接間を整え、既に館にて皆様をお待ちしております。」

「あんたにも同席してもらうぞ。今度は探りも、隠し立ても無しだ。」

 家令に案内され、コ・ニアを残し、栄治は屋敷の中へと入っていく。


「そうですね。私も、いつまでも父の背中に隠れても居られませんもの。」

 相手に聞こえない程の細い声で、コ・ニアはそう呟いて、馬車を降りる来賓を出迎えに足を向ける。


 栄治は、件の会談の後、港での干物の指導を終え、本国であるリゼウ国へと帰還した。


 幢子が村へと足早に戻り、陶器のナイフが送られてくるまでの間を、具体的な日程の調整へと費やし、当初の規模を大きく超えるものとなった買付をリゼウ国に持ち帰った。


 国主への報告の後、酪農のみならず大規模な農耕改善を目指す旨とともに、協力者であるサザウ国エスタ領、ディル領との間を取り持つ、関係者協議の話を足早に取りまとめた。


 これらの関係協力はサザウ国そのものには極力の秘匿で行われること。

 それが二領の提示した条件の一つであった。


 リゼウ国・エスタ領の交流として行われる農耕改善の計画も秘匿度の高い、影響力の大きいものと位置づけられたが、それは近々に露見し、広められるべき知識でもある。


 リゼウ国とエスタ領、そしてディル領の企てが「農耕や酪農に関わる商業的な協力関係である」という答えで決定づけられさえすれば、それ以上の詮索を阻止できる。


 これは幢子が行おうとしている鉄器の量産体制が整うまで、最後の防波堤として他領や王領の目を欺くための最大の餌でもあった。


 もしそれが露見すれば、サザウ国王領が幢子の確保を企てたり、他領が既得権益を守るために、その計画を妨害するだろう事を懸念したためである。

 横槍が入れば、幢子の画策する生活水準の底上げや、そこから波及するあらゆる地域環境の改善は、遠のくことになる。或いは最悪、頓挫する事になるだろう。三人の見解はそう一致した。


「既にリゼウ国内の一部では、既存の親鶏の世代交代を行った。マシな卵から生まれたマシな雛は、卵を生み始めたってわけだ。我が国の面々は知っての通り、産卵量、孵化率は上がっている。」


「驚きました。我が領の貝殻がお役に立てたようで何よりです。引き続き貝殻と塩は送らせましょう。代わりと言ってはなんですが、我が領でも酪農を行っておりその知恵をお借りできればと。」

 既に知っている物事の確認に過ぎないが、コヴ・ラドは訪れた面々に頭を下げる。


「頭を上げていただきたい、コヴ・ラド殿。我が国とエスタ領は古くから畜産では協力し合う関係。今後の事を考えれば協力しあっていきたいものです。こういう場故に同席できぬ国主からもそう賜っております。」

 栄治が伴ってやってきた一人が声を上げる。


 リゼウ国はその成り立ちから、一つの巨大な領といえる国政の運営を行っており、国主と官僚でその関係は近い。国主による直接的な統治とも、国主と官僚の合議による統治とも言える。


「今後行っていく農耕改善に先だって、その資材である大量の灰の手配も、エスタ領から紹介を経てディル領とも今後関係を深めていく事になった。今後、我が国と離れたディル領を取り持ってもらう為に知恵を借りることも多いだろう。より親密な協力関係を築いていきたいものです。」

 別の官僚がコヴ・ラドの手を取る。その手は熱く握り返され、両者の親交は約束をされる。


「早速だが今回の本題だ。農耕改善の一環で、手つかずの森林部にある可食果実を整理し、管理して行く事になった。同時に、人里へそれを植樹し、手を入れることで豆以外の食料を安定して得られないかを模索する。リゼウ国内では既に調査を始めているが、エスタ領にも協力を願いたい。」

 栄治が切り出す。既に先だってコヴ・ラドとはやり取りをしている内容ではあったが、栄治の目線はその場に臨席する、コ・ニアに向けられていた。


「エスタ領では既に、目星をつけているものがあるのではないかな?」

 自分に目線が向けられている事に気がついたコ・ニアは、観念したかのように手を掲げる。


「発言よろしいでしょうか、お父様。」

 コヴ・ラドがそれを許し、コ・ニアが席を立つ。面々へと軽く会釈をする。


「エスタ領のコ、ニアです。お初にお目にかかります。父の元、次代の領主として勉強させていただいております。以後、お引き立ていただけますよう宜しくお願いいたします。」

 同席するリゼウ国の官僚にも既に知遇のあるものも居る。その場を臆さず、一人若いコ・ニアは挨拶を重ねる。


「果樹、という事であれば私に幾ばくか心当たりがございます。農耕改善の御知恵を拝借できれば、人里での植樹にも大変興味があります。お求めであれば、何種か御用意させていただきましょう。」

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