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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
国家の転機
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村のコヴ様の帰還

干物。

 一般的には乾き物全般を指すが、特に魚類を天日干ししたものを指す事が多い。


 魚は釣り上げたそのままでは急速に腐敗を進める。まず血を抜き、内臓を除去する。そうすることで主な可食部である肉付きの鮮度を急速に落とすことを防止できる。


 しかしそれでも輸送や交易品として扱うのには限界がある。

 気温、湿度、天候。様々な要因で腐敗は進んでいき、商品としての価値は失われ続けていく。


 様々な手段で魚の商品の価値を維持することが試みられてきたが、それらは時代を経て積み重ねられ、幾つかの分野に離散集合していく。


 「水分を抜く」、「日光によって腐敗の原因菌の増殖を抑える」この二つを行うことで、飛躍的に保存期間を伸ばした「干物」もその一つである。


 下処理として高濃度の塩水に漬け込む、高温で殺菌を行うなどの手法を試みるものも少なくないが、水分が抜かれることで体積、重量が減ることもそれが普及していく要素の一つである。



 青年は炉に向かいあっている。


 自らが作った煉瓦種を火にかけている。それは一緒にこの村にやってきた青年たちもまた同様だ。

 同じ豆を食い、同じ寝床で寝て、朝から晩までを共にする青年たちが、それぞれ、炉の前で、自分が割った薪で、煉瓦種を焼いている。


 先日やってきた「トウコ様」が、四日間先まで新しく教えることはないと、そう言った。

 いつもより早く仕事に入る彼らの代わりに、この村の住人数人と子供たちが集められていた。



 その日の昼。

 突然「トウコ様」が姿を消した。村の詩魔法師も居なくなった。


 村は一時大騒ぎになったが、常駐した役人がそれを押さえた。

 村中に足を運び、そして青年達のところへもやってきた。

 結局、その日の午後もいつもと変わらない光景が村に繰り返された。


 いつもの昼寝の際の心地よい土笛は、辿々しい物であったが子供達がそれを代わり、最初の昼こそは大人の笑い声が時折混ざり、眠りも浅かったが、二日目には気にもならない安眠となっていた。


 荷車が送り出された二日目。

 「トウコ様」の指示通りに、青年たちは薪を割った。村の誰かの介助ではなく、青年たちで自分たち自身を助け、薪を割った。

 その日の朝は煉瓦種を作っている。半日ずつの作業であった。


 村の役人が時折見回りに来る。

 監視のようなものではなく、怪我や火傷はないかを一人ひとりに尋ねて周り、或いは昼寝休憩や食事を伝えに来る。

 文字や数字の読み書きで既に知遇があった彼らは、温和なやり取りを交わしている。

 逆にいつもやってくる子供達は村の方々を土笛を担いで走り回っていて、青年たちの前に顔を見せることはなかった。


 三日目。同じ様に、朝は煉瓦種を作り、昼は薪割りをする。

 村の大人たちは少し硬い表情をしては居るものの今日も窯場に、炊き出しにと汗を流している。

 青年たちは積まれていく薪と昨日の煉瓦種を誰もが気にしている。



 四日目の昼、数日ぶりに村に戻った幢子が最初に足を運んだのは、炉の前でそれを真剣に見つめる青年たちの場所であった。

 男たち一人一人の側へ寄り、煉瓦種の出来を聞き、炉の火の強さを見て回る。


 村の子供達は返ってきた詩魔法師のエルカの元へ集まって、青年たちにとってその村で初めての「子供の泣き声」を披露した。


 教会で幢子を待っていたのは、コ・ジエの小言の嵐であった。


 この三日の村への腐心、村の人々の不安、幢子自身の心配、そして如何に幢子が村や領にとって大事な存在であるかを、長々と拘束し語り続けた。

 同時に次々と村人が手を止めて入れ代わり立ち代わりやってくる。

 中には涙まで流して無事を喜ぶものも少なくない。


 真っ先にやってきたのは一号窯を主として切り盛りしている夫妻であった。

 婦人は帰ってきた幢子を目にした途端、それを駆け寄って抱きしめた。

 夫がその婦人の肩に手を置き、黙って二人を見ている。その目には薄く涙が滲んでいた。


 コ・ジエはそうして、小言から逃げるように村人に接する幢子を見て、ふと目をやると、幢子が纏っている衣類に、見覚えがあることに気づく。

 亡き母のよく着ていた日常服であることに気づくのにそう時間はかからなかった。


 今なお母を深く愛する父がそれを着せたであろう事に驚いたが、どこか母を思わせるその髪型を見て、父がそうした理由もまた、僅かであるが解った気がした。



 オカリナの音が、村に優しく響き渡る。複音で優しげに楽しげに音色が村を包む。


 火の落ちた炉の前で、青年が煤の中の煉瓦が待ちきれないとばかりにソワソワとしている。

 まだ熱の籠る周囲を、青年たちが集まっていく。

 彼らの気持ちは等しく、煉瓦の出来の予想で話題は持ちきりだった。


 赤い夕日が村を赤く染めていく頃、炉から煤まみれになりながら煉瓦が掴みだされていく。


 炉の側に運ばれた川の水の入ったかめに、幢子の手によってその一つが沈められ、煤が落とされる。

 固唾を呑んで見守る青年たちの前に、赤い煉瓦が形が崩れることもなく引き上げられる。


 そして、次々と煉瓦が煤落としを終えていく。

 その度に青年たちが小突きあい、鼻をすすり、頬を煤で汚した。


 青年たちの煉瓦は、どれも崩れること無く村の備蓄に並べられた。

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