危機感の違い
サザウ国 農作
冬季が明けると農作が始まる。それは次の冬季が来るまで続けられる。
各領に存在する開拓村では、一定規模の豆畑を持っている。
冬が明け、雨季がやってくるまでの猶予の期間に村人は冬季の間に固く締め付けられた畑を耕す。
土は固く、年々硬さを増していくかに感じられる。それでも必死に耕して、形を作っていく。
数日をかけて耕し終えると種を蒔く。
一度目の豆は赤い豆。畑に蒔いて、詩魔法師による祈りの詩が捧げられる。数日の詩を経て、芽が出る。そこからは世話が始まり、雨季の中盤前の二ヶ月で収穫を得る。
雨季に雨に打たれながら村人は二度目の耕しを行う。
赤い豆の枯れた茎や根を丹念に混ぜ、雨水を含んだ土は重い。しかし一番収穫を得られるのはこの二度目である。
数日をかけて耕し直し、白い豆の種を蒔く。
蒔いた後で祈りの詩を捧げる。数日をかけて芽が出る。雨季の最中を豊穣を祈る詩が歌われ続ける。
六十日と少しをかけて二度目の収穫を迎える。この二度目の収穫はその殆どが税として収められる。
長雨が続くと豆が病気にかかる。その兆候にどれだけ早く気付けるかが大事になる。
少しの休耕を経て、暑さも和らぎ乾季がやってくる。
雨が降り止むのを待って畑を耕す。
取り置いた豆の茎や根を混ぜ込み、曲がり豆の種を蒔く。
村にとっては一番多くの備蓄となる豆だ。
詩魔法師の祈りの詩はこの時期が一番長くなる。
芽が出て世話を重ね、六十日程で漸く収穫となる。
収穫の頃には冷たい風が吹いている。やがて冬が訪れる。
「我が領で年々、豆の収穫量が落ちているのは、話をしていなかったな。」
「ヘス!」
口を開いた言葉の思いコヴ・ヘスに、コヴ・ラドが静止をかける。
「いいのだ。私の焦りや危機感の根底はここなのだ。父の代、そのまた父の代から少しずつであるが収穫が落ちている。状況は悪い。だから家畜の飼育を試みた。ラドを頼ってな。ラドも同様だろう?豆は育ってるか?」
コヴ・ラドは間を置いて、静かに首を振った。
「国単位で豊作は十年規模で起こっていない。確実に毎年、収穫量は減っている。確実にだ。」
それが恐らく、誤魔化してきてしまった部分なのだろう。それを聞き、栄治は頭を抱える。
「だが何をすればいいのかわからない。祖父の代に開拓村を増やして以降、人口は横ばいだ。水と、木材と、食料。港に求められるそれをただ提供するだけの領に成り下がって、尚、それを維持するのに手一杯だ。家畜も上手く言っているとはいい難い上に、今年は狼で被害が出た。」
幢子の訪れはまさに、コヴ・ヘスにとって転機だった。
今年を乗り切る算段だけでなく、光明が見えた。それだけに、突きつけられた事実は重い。
「エスタ領も、そしてリゼウ国の状況も恐らく似たようなものだろう。リゼウは早くから畜産にも目を向けていた。エスタ領はそれに習って、たまたま上手く行ったに過ぎない。運命の悪戯もあったのだ。」
親友の吐露にコヴ・ラドもまた口を開く。
自分が親友の様に嘆く立場でもあったかも知れない。そういう不安は常に何処かにあり続けていて、それが可視化された気がした。
「危機感を持たぬものも居る。バルドー国やそこに隣接するシギザ領だ。バルドー国は古くはこの一帯を支配したスラールという国の本土に当たる。その、インフラ、というものに恩恵を得ることが多かったのだろう。接するシギザ領はバルドー国との交易で税収もあり、また税収という結果だけを見る王領や内政府の貴族にも危機感は薄い。」
頭を抱えたまま、コヴ・ヘスは言葉を続ける。その声は枯れ、細い。
「我々の祖父の代、今から五十年ほど前に一度、大きな危機感が生まれた時期があってな。その時に行われたのだ、各村への詩魔法師の配置と、点在する居住地の再編がな。」
補足するように、コヴ・ラドが口を開く。二人の言葉をエルカが頷く。
それは王立学校で詩魔法師として習った歴史の一端であった。
だがその背景や今、領規模で起こっている事は知らない事であった。
「末期だな。」
栄治が呟く。彼はこれと似た事を知っている。
限界集落に落ちるかどうかの瀬戸際。それと規模は違えど同質のものに思えた。
「参ったな。リゼウの国主様が、余所者を信じるわけだ。追い詰められていたって訳だ。」
栄治は実際にその目の前で、変われる、抜け出せる可能性を見せてしまった。
「俺が預かったのは、農作と酪農の見直しだ。それができれば身柄の保証と、知識や情報を集めることを約束してくれた。それを行う上で必要なものとして幾つかの権限を借り受けている。」
何処まで付き合ったらいいものか、栄治の中で不安が湧き上がる。こんな世界で延々と面倒を見きれないという部分が深い影を落としていた。
「ワクワクするよね。右見ても左見ても、やりたい事ばかりだよ。」
「はぁ?」
幢子が言ったその言葉に、栄治は耳を疑う。
「だってそうでしょう。見える所直していけば、目に見えて結果が出る時期が一番面白いんだよ。」
窯も煉瓦も陶器も、幢子にとってそれだった。それが国規模で広がっている。
「まず何から手を付けたらいいかな。食料の自給率マイナスとか栄養価が崩壊してるとかだけでも、やればやっただけ何処まで伸びるか気になって仕方がないよね。どこからやりましょうか、京極さん!」
幢子の顔は赤く上気し、頬が緩みきっていた。
そんな幢子の顔を見て、エルカはほんの少しだけ安心と暖かな気持ちを噛み締めていた。




