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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
国家の転機
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詩魔法中毒

産業革命。

 一般的には、動力の研究と発展が実を結び、それが爆発的な社会の変化を促したという「結果」の話である。


 だが実際には、それは蒸気機関の発展が呼び水になっただけである。


 物事には様々な側面はある。

 動力の運用という点には既に水車も風車もあり、その有用性は既に周知されていた。

 その水車や風車も、石臼で粉をひくという単純な作業の有用性があってこそ理解され、その石臼で挽かれる小麦や大麦、新大陸で発見されたトウモロコシなどを粉にして輸送・保管する有用性が理解されて存在する。


 全ては遠い昔から存在する何らかの技術や研究、それらが積み立ててきた結果の延長線上に存在する。


 何処かでその有用性が信憑性を失えば、その上に成り立ったものに理解は得られない。得にくい。

 理解されるという事は、その前段階が成熟し、浸透していることを指す。


 これがインフラである。


 もし仮に、その過程を飛び越してそれを得て活用している時、人はどう思うだろうか。

 未開の地に山の獣道を突然、アスファルトで舗装された平らな道路に変える技術があっても、きっと、多くの人々は獣道を歩き続ける。無くても困らない。有用性を理解できない。


 しかしそれが起こったら「無かったら、困る。」つまり、それは依存である。

 或いは、中毒である。



「地続きでない技術や知識は、引き返せないんです。それはとても危ないことなんです。」

 幢子は、四人を前に強い口調で言う。ずっと思っていたことが一つある。


「ヘス様、それにコヴ・ラド様。お二人は商人でもありますよね。考えたことがあるはずです。無ければ買ってくればいい。それができる所から、対価を経て入手すればいい。」

「ああ、商人としての基本だ。」

 コヴ・ラドは答える。その答えを受けて、幢子は頷く。しかし表情は崩れない。


「では、詩魔法がない時、それに変わるものは入手できますか?価値を積んで、資源や人材をつぎ込んで、どうすればそれを今までの生活水準に近いものを維持できるか算段をつけられますか?」


 栄治はそこまでを聴いて、幢子が言おうとしている一端を理解する。

 だがそれを幢子は目で抑止する。


「それは不可能だ。」

 コヴ・ヘスが答える。それに、一拍の間をおいてコヴ・ラドが頷く。

 しかし、エルカは頷かなかった。


「でも今、エルカはここに居ますよね。エルカがここに居ても、多分、何日かはポッコ村は大丈夫なんです。大騒ぎにはなってしまったと思うし、十日や二十日を見れば、支障が出てくるし困ったことに気づくと思うのですけれど。村の人達はそれで不安になって作業の手を止めたりしない。」


 コヴ・ヘスは先程の自分の懸念に話が戻ってきたことで、それに気づく。


「やってる事は今の生活の延長でしか無いからです。乾豆のスープを作るのと同じ様に火を焚いて、その火で土を焼く。煉瓦を作る事の延長で陶器を作る。荷車が来たらそれを積んで、ヘス様の屋敷へ送り出す。詩魔法がなくてもできることなら、それが続けられます。勿論、その詩魔法にも備えがあることもあるのですけれど。」


「はい。作業をしてくれている村の人、ちょっとしたやけど、疲れてしまったり、寒さを感じたり、お腹が空いたり。そういう気持ちを和らげるための詩魔法なら、難しい詩を知らなくても、大丈夫なんです。だから子供達がやってくれているはずです。自分たちのオカリナを吹いて。」

 コヴ・ラドは、そこで漸く気づく。


「商人さんの職業病みたいな所もあると想います。でも、逆にこういう事は商人さんこそ早く気づけると思うんです。作れなければ買ってくればいい。買ってこれなければ作ればいい。この二つは左右で損得の許容範囲でなければいけない。」


「でも、詩魔法はそういうのをある程度誤魔化せちゃったんです。無くても大丈夫、って。きっと昨日までと変わらない明日が、何となく作れちゃったんです。」


「最初は土地、次は食料、次は寒さ、次は安眠。豆なら大丈夫って気づいちゃった不幸は多分あると思います。けど普通なら、住める土地にできるだけの道を少しずつ作っていく。この見えない道を、私達の世界ではインフラといいます。」


「そうか!そうかそれでこの地域の連中は、寒村なのにあんな草を織ったような薄着で!羊が痩せてても、危機感がないのも!あんな痩せた鶏が生きていられるのもそれか!豆ばっかり食って生活できてるって問題だけじゃないのか!」

 栄治の記憶が知識と漸く一本で繋がる。そして幢子が言おうとしていることにも近づいていく。


「少しずつ不便が積み上がっていって、それで冬が来て、いよいよ空腹に耐えられなくなったり、寒さに耐えられなくなったり。見えている所だけでそれなら、もう相当な末期なんです。次の冬を超えられない人たちが、どんどん増えていきます。あっという間に滅びます。」

 幢子が続けていく言葉に、コヴ・ヘスが頭を抱える。コヴ・ラドが静かに目を閉じる。


 何処かで気づいていた、感じていたことだと、正体不明の危機感や不安が、漸くと判明する。


「だから急がなきゃいけないんです。今何がおかしくて、今何をしなきゃいけないのか。ちゃんと理解して、ここを本当に人が住める土地にして行かなきゃ駄目なんです。」

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