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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
国家の転機
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インフラなき発展、知識なき繁栄

豊穣の詩

 畑の健やかなるを願い、詩魔法師たちは歌う。


 硬い地面を根は進み、茎は太く、葉は大きく。


 豊穣の詩を歌う光景は、開拓村では毎日の光景の一つとなっている。


 やがて花が咲き、実が付き、豆が落ちていく。

 別種の豆を植えて三ヶ月、また別の豆を植えて三ヶ月。


 年に三度の収穫。人は開墾し、水を与えて、それを助け。

 得た豆を干して、それを保存食とする。豆を食べて人は育つ。


 人の健やかなる成長を。豆の健やかなる成長を。

 共にあることを願って、詩魔法師たちは歌う。


 豆は今日も、魔素を吸って育っていく。サザウ国の人々は、豆を食べて生きていく。



 領主たちの会談に呼びだされたエルカは、その様相に怯えきっていた。


 一体何事か、自分が何か失敗をしただろうか。

 しかし緊張と不安を前に、幢子は微笑み自分を見ている。


「ねえ、エルカ。エルカが村でやっていることを、教えて。」

「村で詩を歌うことですか?」

 エルカは何を問われているか、一瞬を迷う。しかしそれを以前にも問われた事をにわかに思い出す。


「私の仕事は詩を歌うことです。それが国で学び、村を任された詩魔法師の仕事です。村の皆の健やかを願うこと。作物の豊作を願うこと。怪我をした人が出れば快癒を願い、病に倒れた人が出れば安眠と快調を願い、子供の誕生を喜び、その成長を祝う。」


 幢子はエルカが言うそれを答え合わせをするように聴く。

 ポッコ村で詩を習うようになって、まず最初に教えてもらったことがそれだった。


「ヘス様。詩魔法師が仮に、居ない村があった場合はどうなりますか?」

「そんな村はありえない。少なくともサザウ国ではな。リザウ国でも、バルドー国でも同様のはずだ。人が住める地となるとは思えない。」


「私達の、生まれて育った故郷、世界では、詩魔法師は居ないんです。」

 幢子がそう述べると、栄治もまたそれを頷く。だが栄治の内心もまた、動揺の中にある。


「ねえ、エルカ。詩魔法は、魔法の一つだよね。エルカは他の魔法は使える?」


「使えません。二百年も、三百年も前の人なら使えたかも知れませんけれど。」

 それもまた、幢子がかつて聴いた質問そのままだった。

 問われた事があったから、エルカは迷わず答えることが出来た。


「豊穣を祈るお祭り、例えば踊ったり、騒いだりみたいな事は私達の故郷もあったんです。でも、それは、してもしなくてもいい。しなかったからと言って作物が育たなくなったり、人が弱っていったりはしない。」

「ちょっと待ってくれ、河内さん。それじゃあ、その詩を聞かなかったら、無かったら。」


「詩魔法師が居ない村はありません。大国の方は知りませんけど、この地方ではとても生きていけません。」

 栄治の問いにエルカが、静かに答える。コヴ・ラドが頷き、そしてコヴ・ヘスが頷いた。


「私もちゃんと解ってなかった部分だよ。でも、そうなんだと思う。この世界はきっと、この地域は少なくとも詩魔法に依存しすぎて生きてる。だから異様にインフラが遅れてる。無くても、生きれてしまうギリギリの所まで。」


 知らず知らずのうちに、自分もその中で生きていたことを幢子は自覚する。


 同時にそう願って、永らえさせてくれたエルカの存在を愛おしく思う。

 自分も含めて、その平穏と健やかを願ってくれた友人に感謝をする。


「きっとそうやって百年も二百年も生きてきた中で、知らなくても何とかなってしまうこと、判らなくても出来てしまうことを、突き詰めて行き過ぎたんだと思う。農作もそうだし、器具や発展、知識もそう。少しの問題なら、詩魔法がどうにかしてしまうんだよ。」


「知識の壁、のお話ですか?」

 エルカが問う。幢子はその表情を少しだけ綻ばせて、エルカに向かって頷く。


「いや、そうだ、待て、今ポッコ村は、詩魔法師を欠いているではないか!」

 コヴ・ヘスがそれに気づく。


「二、三日は問題ないはずです。交代でオカリナを吹いてくれる子供達が居るから。」

「そういう事なんだよね、多分。」

 実際に、もうエルカは詩自体を歌っていない。

 そう願い、そう想い、オカリナを吹く事がそれと同じだけの力を持っている事には気づいていたし、その事は幢子に詩魔法を教える過程で、子供達にも伝わっていた。


 エルカはそれを子供達の詩魔法の才能だと解釈し、幢子は詩魔法の重要性自体を重く受け止めていなかった。


「どちらにしても、インフラを整えなくちゃ、知識と技術と道具を普及させなくちゃ、駄目なのは変わらない。この地域は生きるのだけに限界の所にまで来ちゃってるんだよ。ちゃんと見えてないだけで。何か起こったら、壊れちゃうかも知れないんだよ。」

 幢子の心はそれをハッキリと意識した。そうして京極栄治をハッキリと見る。


「力を貸してください、京極さん。お願いします。」

 栄治は目の前で頭を下げる幢子を見て、少なくない動揺をする。

 だが今知ったこと、今まで見てきたことを整理するだけで、手一杯の状況であった。


「ちゃんと説明をして欲しい。あんたは何を知って、何を見てきたんだ。俺も、分からない事ばかりだ。それに今、何となく気がついたばかりなんだ。」

 栄治の動揺は、また別の形でコヴ・ヘスやコヴ・ラドにも同様に存在していた。


 この場で幢子だけが感じること。

 或いは会話を密にしてきたエルカもそれに近い不安を感じ得てきていたこと。


「産業革命、みたいなことをやります。実際にもう始めてるんです、少しずつですけど。」

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