パズルのピース
詩魔法師
サザウ国に限らず、詩魔法師は多くの地域に国の事業として育成され、配置されている。
バルドー国でも、リゼウ国でも同様である。
詩魔法師は基本的に、村単位に一人は配置されている。
大きな街には複数人、王都とも慣れば酒場に一人以上が雇われ、国軍ともなれば数十名が管理下に置かれている。
詩魔法師の役割は国によって細部が変わるが、配置された場所、例えばそれが村であれば、村人の健やかな生活と健康を祈り、詩を唄うこと。
或いは農作物の成長を願い豊穣を祈る、詩を紡ぐこと。
怪我人が出れば快癒を願い、詩を与えること。
一日を終え疲れ果てた村人たちに安らかな眠りを与える、詩を囁くこと。
国家ともなれば、空を征く雨雲が無ければ雨雲を願い、海運を担う大店の独立商人ともなれば、船に風を呼ぶことを祈る。
漁港や鉱山ともなればその無事と成功を、複数の詩魔法師が祈り、詠う。
詩魔法師の存在は国力そのものを支える必要不可欠な存在と言える。
少なくとも、開拓の最果てと呼べる、世界の外周とされる国々に住まう生命全てにとって。
「インフラ、というのはなんだ?この先、必要になるものか?何かの総称のように思えるが。」
コヴ・ヘスが問う。コヴ・ラドに目をやり、そしてコヴ・ラドもまた深く頷く。
「リゼウ国で土を見た。畑もだ。全体的に硬い。掘り返しも浅く、土質も悪い。農業のレベルが地域の広がりや人口に合致しない。さっきの例じゃないが、痩せてガリガリの状態で、外から見れば何故生きているのか不思議な状態だ。にも関わらず、豆だけは育ち、収穫でき、なんとか人は生きている。いや、その人もおかしい。何故、乾いた豆だけで生きて行けているんだ。」
栄治が逆に問う。それはこの半年で栄治が積み重ねてきた疑問であった。
実際栄治は、少しずつ自身の体が栄養失調のような状態になり始めているのを感じている。
不思議とそれが持ち直すこともあり、それが返って、疑問を深めていた。
「ああ、ああそうなんだ。うん、私もそれは思っていた。そこが変なんだ。」
幢子は、日々少しずつ感じていたこと、忙しさに気づかなかったことへの指摘に、漸く、疑問が視認性を持って現れたことを感じていた。
だが、コヴ・ヘスやコヴ・ラドはそれが解らないという顔をしている。
「ヘス様、何処までお話していいでしょうか。」
「どこまで、というのは?」
幢子の中で、疑問は今解決しておくべきだとふつふつと湧き上がる。
そのためにも、自分が考えている事、理解している事をある程度話す必要があった。
「今後の、私が作ろうとしているものについてです。」
コヴ・ヘスは悩み、目を閉じる。暫く経って、コヴ・ヘスは一度だけ深く頷く。
「鉄、作ろうとしてるんです。私。この周辺の地域?全体でかな、鉄製品って不自然な偏りをしてると思いません?京極さん。」
頷きを許諾と認識して、幢子は矢継ぎ早に口を開く。
「まさか、そんなはずはないぞ。リゼウ国でも村で薪を割っていたし、王城にも鉄器がいくつも。」
そこまで述べて、栄治は言葉を止める。記憶の糸を手繰り寄せていく。
「確かに、無いわけじゃないんです。でもそれって輸入品なんですよ。確か、大国、ですよね?」
以前、今後を話し合った時、そういう話をやり取りした記憶を手繰り、幢子はコヴ・ヘスの目を見て補足を求める。
「そうだ。バルドーからも少し仕入れているが、品質の高い鉄製品は国で管理し、割り振り、そして維持している。」
「リゼウでもそれと変わらないはずだ。むしろ陸路的には西の果て。流通する鉄製品は更に少ないはずだ。少なくとも輸入は、密輸でもない限りは私の把握する所ではほぼ無いと言っていい。」
コヴ・ヘスの話を受けて、それをコヴ・ラドが追記する。
「豆が育つのは、豆が詩魔法の影響をより良く受けるからだ。他の作物は詩魔法の恩恵を豆ほどは受けられない。だから育たないし、育てられない。違うのか?何か他に理由があるのか?」
「そう、それなんだ!」
コヴ・ラドの言葉に幢子が声を上げる。
その単語が、幢子にとってより深く理解を進め、それがどういうものか、どういう役割を果たしているのかをようやく視認する。
「詩魔法!ギリギリのインフラをなんとか維持しているのは、詩魔法!」
「魔法?そんなもの、このせか、この地域にあるのか?」
栄治は幢子の発見が何であるかを理解できない。
幢子の驚きと、魔法という単語から、そういう物があるのを今、初めて認識したからである。
「疲れて体が動かなくなれば、詩を聞く。へとへとになっても、詩を聞いていると安らぐ。詩を歌うと、草木が元気に育つ。怪我をしたら詩を歌ってもらう!よく眠れるし、元気に起きれる!」
「なんだそれは?この地域の風習か何かなのか?」
幢子にとってそれは発見であった。
同時に「この世界」を漸く読み解き始めることが出来た気がしていた。
組み立てていたパズルのどうしても埋まっていなかった箇所が、カチリとハマり、そこに広がる絵がようやく見えてきていた。
「ヘス様。エルカ、お屋敷に居ますよね。実際に見てもらったほうが早いです。」




