表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
国家の転機
39/238

不健康な卵

卵。

 生物の発生には様々な過程があるが、究極的に言えばそれは一つの細胞からなる。


 そしてその一つの細胞は、理解を深めるならば「卵」と同じ形をしている。

 或いは「卵」を一つの細胞という視点で捉えることが可能である、という見方が適切かも知れない。


 卵の構造は、人類の食卓に上がる「鶏卵のゆで卵」をみるとその大凡おおよそを伺い知れる。


 外界から中身を守る卵殻。

 卵殻の内側を包む薄い卵殻膜。

 内容物である卵白。そして卵の中心の卵黄。


 卵が生物の発生として適切な状態であれば、卵黄が分化していき、卵白を取り込みながらやがて生物の形を作っていく。

 外界で生きていくことが可能なまでに育った時、自ら卵殻膜を破り、卵殻を割って、その外へと這い出していく。


 鶏卵のそれは実は地球上のあらゆる生物の発生と、根源的には同じである。


 卵生であっても、哺乳類であっても、究極的には単細胞生物であっても。

 そして、「地球の構造」すらも、一つの見地から「卵」と主張する説もまたある。



「飼料改善?あの良質な鶏は、その結果なのか?」

 コヴ・ラドが栄治の話に割って入る。彼の信用を裏付ける一因には、興味を示す点があった。


「ああ。じゃあ、その辺りから話すか。河内さんも少し聴いていて欲しい。」

 栄治の言葉に幢子は興味深く頷く。

 ポッコ村しか知らない幢子にとって、彼の視点からのこの世界に興味があった。


「最初に関わったのが、鶏の卵なのさ。あんたたちは、卵の孵化がどれくらいのを気にしたことがあるか?」


「餌を十分に与えた母親鶏から生まれた卵で、二十ほどあれば一つは、といった所だろう。多くは温めても孵らぬか、親鳥からも捨てられるような卵だ。」

 コヴ・ヘスが答える。その言葉にコヴ・ラドが頷く。

 対して幢子はそれを見聞きして何かを口にしようとするが、それを思い留まる。


「だろうな。河内さんのその印象がまんまってわけじゃないが、俺の最初の感覚だ。俺が真っ先に思ったのは、親鶏から捨てられる卵が多すぎるって事だ。つまんで少し爪を立てると殻が割れる。そのまま卵殻膜も破れて卵白が吹いて潰れる。そんな卵が二十だったら十を超える。」


「それが、普通ではないというのか?」


「そんなわけないじゃないですか!」

 コヴ・ヘスの反応に幢子が声を上げる。

 幢子の反応をコヴ・ヘスは意外だと驚いたが、やがて得心する。


「そうか、ポッコ村の鶏は、件のオオカミ騒ぎで。」

 二人の会話を、栄治が手で静止する。


「そっちの話は後にしてくれ。問題は、こいつが改善できるって話だ。何のことはない、親鳥の身体が、卵の殻をちゃんと作れる状態じゃないってのが、まずそれだ。そこを改善するだけでこの状況は根底から覆る。」

 コヴ・ラドの目が栄治を食い入るように見ている。エスタ領もまた多くの畜産を開拓村で試みている。

 実際に鶏を育て、その肉の加工と出荷を税としている村もある。喉から手が出るような情報だ。


「鶏の卵の殻と海の貝殻は、ものとしちゃ一緒と考えていい。だから貝殻が欲しかった。砕いて餌に混ぜれば殻の厚みが増す。それだけで細菌感染率も下がるし、俺たちのせか、クニでも諸説はあるが、分厚く冷たい殻は逆に親鳥が好むという話がある。」


「殻の固い卵が、孵らない条件ではないのか。」

 一部、聞き慣れない用語については一旦聞き流し、コヴ・ラドがそれを問う姿に、栄治が頷く。


「そこは卵の中身そのものの問題だな。殻の次はそこだ。幸い乾いた豆には簡単に目処がついたがそれだけじゃ親鳥の食いつきが悪い。潰して粉にして餌に混ぜ、後少し塩も入れてやった。塩の入れすぎには注意が必要だが、それでも生草や枯れ草ばかりを食わせるよりは足した方がいい。」


「それで、塩と貝殻の手配を求めたのか。合点がいった。」


「俺は国境近くの小さな村でそれを試そうとした。聞けば国境を超えて少しいった場所にある館に荷車が出入りしているという。結局取り合っちゃもらえなかったが、そこで、どうすれば良いか目算がついて、次はリゼウ国の国主様に掛け合ったのさ。幸い、城内に養鶏場もあったからな。都合が良かった。手近の資材で硬い殻の卵が生まれたよ。硬い殻の卵だけだ。それでまず驚かれた。」


「カルシウム不足ってことは、鶏さん自体も、ですよね?」

 幢子が問う。カルシウムは人間にとっても重要な栄養素だと流石に知識として知っている。

 そう思えば、今更ながらにこの半年の自分の食生活にも、思い返して反省すべき点が感じられる。


「骨が弱い。二足で動く鶏のような姿をしちゃいるが、産卵、気性、歩行、運動量。俺から見れば生きてるのが奇跡だ。そういう品種なのだと言われたら信じるレベルでな。だから硬い卵が生まれただけで騒ぎになり、運動量や気性が変わって騒ぎになり、いつの間にか手元に欲しかった依頼書があった。」


「だが、それは不健康な卵から生まれた不健康な雛、それが成熟した親鳥が、多少元気になっただけの話だ。」


「健康な卵から生まれた雛が、健康に育てば、産卵率もあがり、孵化率もあがる。同時に餌の消費も増えていくし、体格も、肉付きも変わる。飼料の元である作物の生産性を上げなきゃ、人が痩せるだけだ。結局、行き着くのはそこだ。大規模化するための、その底辺のインフラが、今のこの地域じゃ絶望的だ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ