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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
国家の転機
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接触

養豚。

 畜産の歴史でも古く、最初期から行われているものと言える。


 原種ははっきりとしており、イノシシである。


 家畜化以前に狩猟対象とされてきたイノシシがあることで、その肉の有用性は有史以前から一貫して変わっていないと言える。

 肉に限らず用いられる部位が多く、革や骨等も副産物として求められることが多く、その利用の追求もまた文明史とともに歩んでいる。環境への適応能力も高く、生活圏も広い。


 野生化したものはイノシシに先祖返りをする事もあるほど、種としての強さがあり、繁殖力が高い。


 その反面、雄豚は成熟すると生殖力を由来とする独特の匂いを持つようになり、必要数を除いて去勢が古くから行われている。

 この点について、その必要性には近代賛否の両論があるが、それを理由に豚の家畜としての価値の否定や、野生種であるイノシシの保護などを求める声にまでは至っていない。無管理とも言えるイノシシは農作・人的被害などの有害性も高く、また極めて高い繁殖力によって種そのものを維持しているからでもある。


 人類の版図拡大によって豚もまた増え続ける。

 それはある意味、人類の繁栄というそれにすらも、環境適応しているといえるだろう。



「トウコ様、こちらをお召ください。」

 陶器を運ぶ荷車とともに知らせなく現れた幢子に、家令から知らせを受けたコヴ・ヘスは慌て、執務の手を止め、給仕に指示を出す。

 村人然とした姿のまま、仮にも一国の使者の前に出すわけには行かないという極めて理性的な危機感からである。拘束された幢子は、草布の服を剥ぎ取られ、湯で全身を拭かれ、用意された衣類を強引に羽織らされる。


 幢子を伴って来たエルカは別室で、コヴ・ヘスにその仔細を問われることになる。


 手紙を受け取った幢子は血相を変えて直ぐにでも向かうと言って聞かず、その場はなんとかコ・ジエと共に押し留めたこと。

 その日の昼、村を出る陶器の荷車に随伴し、こっそりと向かおうとする幢子を見かけ、慌てて自分もそれを追った事、そしてそれを追ってこないだろう事からも恐らくコ・ジエが村に残り孤軍奮闘しているだろうこと。


「あの髪はどうした。」

「手紙を受け取った時、私と、コ・ジエ様で丁度、切り揃えている最中でした。やはり、長い髪のままの方が、トウコ様は。」


「いや、そうか。あれでいい。手間が一つ減った。」

 以前、領主の館に現れた際の無精そのものと言える幢子や、親友を伴って会った際に見た幢子を知っているコヴ・ヘスは、会わせるならば身なりの整えは必須であると思っていた。


 現れた幢子の髪型には何処か見覚えを感じていたが、そこへコ・ジエの名前が連なっているのを聞き、腑に落ちた気さえする。

 顔立ち、髪質、背丈は異なるものの、切り揃えに何処か亡き妻の姿を思わせるものであったからだ。


 今、館にある女物の衣類となると、滞在する給仕のものか、亡き妻の遺品のそれしか無い。

 抵抗がないわけではないが、領の客人待遇とする幢子にはそれを着せることを考えていた。

 それらは何かの縁のようなものを感じていた。


「変ではないでしょうか。着慣れない服で、どうにも。」

 コヴ・ヘスは落ち着かない幢子を応接間に立たせ、家令に客間の客人を呼びに行かせた。


「トウコ殿。聞くまでもない確認であるが、あの文字が読めたのだな?」

「はい、私のその、読める字であったかなと。何故か、ですけれど。」

 幢子は今更に記憶喪失の設定を思い出し、言葉を濁し、選ぶ。


「今更、記憶喪失などという話は信じておらんよ。トウコ殿と同郷の、と考えて良いのか?」

 コヴ・ヘスの言葉に頬を赤くし、鼻を掻いて、幢子は頷く。記憶喪失という嘘は、流石にもう通用しないことを感じる。


「私の生まれた国の、慣例のような事が書かれていました。生活が厳しいので必要な物がある。送ってほしい。その御礼はする、といった類の内容です。」

 幢子が受け取ったままの解釈を伝える。

 あの文面は回りくどかったが、何処か馴染みのある風習そのものを指す。日本語で書かれたそれを見た瞬間、幢子の気持ちは抑えが効かなかった。


「あれらは、用意できるものなのか?」

 幢子は、コヴ・ヘスを見て頷く。


「詳しい話は後でじっくり聞こう。今後の方針も含めてな。向こうの意図も探らねばならない。」

 不意に戸口が叩かれる。幢子は胸の高鳴りを飲み込むようにして、顔を作る。


「やっぱりこの服、落ち着かないです。」



 京極栄治は開かれた戸をくぐる。

 その先には館の主ともう一人の姿がある。


 髪の色、目の色、顔立ちは何処か馴染みのある、安心感のある姿と言えるが、まとっている服はこの文化圏の貴族の、見知った相手で言えばコ・ニアなどと同じものの様に思えた。


「初めまして。京極栄治と申します。お嬢さん。」

 その表情は固く、強張りながらも、栄治の姿を食い入るように見ている。


「同郷の者と考えていいんですかね。日本人で、いいのか?伝言は読めたか?」

「はい!」

 言葉の途中から被せるように相手は満面の笑みで声を張り上げる。


「河内幢子です!良かった、話が通じそうな人で。依頼の品は用意できます!」

 目の前で顔を歪め、目を伏せるコヴ・ヘスを見て、栄治は色々と察する。


「成程、苦労をしてたってわけだ。」

 誰に宛てたとは濁し、栄治は目を細め、同時に意図せず自然と頬を緩ませる。


「その、色々と、理解した。同郷の者が迷惑をかけた。まずは謝罪したい。」

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