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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
国家の転機
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京極栄治の求めるもの。

灰汁あく

 人間社会に於いて、知識として知っていれば、調理に、紡績に、界面活性剤にと、灰汁の存在を意識することは驚くほど多い。


 同音異義語で「あく」とされる調理時の苦味、渋味などの原因物質と混同されることも多いが、これは誤りであり、草木灰を水で溶いた上澄み液を指す灰汁はそれに比べてより長い歴史を持つ。


 灰は火を用い定住を始めた人間たちにとって日常的に生まれるものであり、同時に産業廃棄物ではなく、その用途は研究をし、開拓を経てきた。


 そんな中で、灰汁に求められたのは衛生面や粒子構造、化学的な特性に於いて主に「汚れとの戦い」である。

 刈り取った羊の毛は灰汁で洗浄され、それらが染料で色付けされる際にも灰汁は用いられる。

 それは羊毛に限らず、植物性繊維である綿、動物性繊維の代表格である生糸であっても同様である。


 或いは、それは人間でも同様であり、石鹸が流通するまでは皮脂汚れを落とすのにも用いられた他、その石鹸にもそれを用いるものがある。

 衛生概念が持つ医療的役割を深く理解していれば、それは人間の寿命にも関わる重要な役割を持っていると言っても過言ではない。



「お目通り叶いまして光栄に存じます。京極栄治と申します。リゼウ国より使者として商談にやってまいりました。」

 栄治は目の前にいる初老といえるだろう男に恭しく頭を下げる。


 随伴し、共にこの場へとやってきたエスタ領の領主であるコヴ・ラド同様、身なりを整え、貴族然としている相手には貫禄も畏怖のようなものもある。

 やはり話し易さではやはり、その子の世代であるコ・ニアぐらいの方が安心感があると感じていた。


「領地から出られぬ多忙に付き、使者殿には遠路ご足労願い申し訳ない。まず、依頼書を確認させてもらってよろしいだろうか。」

 既にコヴ・ラドに目通しし、その信憑性は実証しているはず。形式的なものであるかと、栄治は持参したそれを改めて差し出す。

 リゼウ国の国主本人より確かにその場で執筆し捺印してもらったものである以上、公的な力を持つのは間違いないという確信と自信があった。


「失礼だが、キョウゴク・エイジ殿と申されたか。リゼウ国のお生まれではない様に見受けられる。この依頼書はリゼウ国の国主によるものに相違はなさそうですがの。」


「確かに私はリゼウ国の生まれではありません。仔細はお答えできかねますが、帰ることのままならぬ遠い異国で生まれ、故あって今はリゼウ国に身を置き、手慰みに家畜の世話などをやっている者です。」


 髪と目の色は隠す事ができない。頭を剃り上げようにも剃刀かみそりも入手もままならない現状、下手に隠すよりは真正面からの突破こそが易い、栄治はそう考えていた。


 実際、国主に相対した際も、それと実績で信頼を得たのだと自負をしている。


「良い鶏肉を届けて貰ったと、ラドからも聞いておる。お生まれの異国では、そういった知識を広く学ばれておられたのですかな?」

 妙に生まれについて突っ込んでくる、そういう違和感のようなものを栄治は肌で感じる。


 その違和感は一握りの可能性の広がりを期待させずには居られない。


「素晴らしい陶器をお持ちと聞き、実際にエスタ領でも拝見をさせていただきました。既に多くを手放されたと噂では聞きますが、私の生まれ故郷にも、それに劣らぬ陶器が身近にありましたので。」

 やや赤みを感じる黒釉であったが、白米を乗せるような茶碗が出てきた時には、まさかと感じざるを得なかった。栄治にとってこの陶器の出処がどうしても気になった。


 勿論、灰の調達も本命ではある。灰があれば、上手くすれば木酢液の調達も現実的になるかも知れない。そっち方面の期待もまた、事実としてそこにある。


「灰をお求めと聴く。御国元では賄えない量なのですかな?」

 御国元。その言葉が指す意味に一瞬、栄治は迷う。その上で答える言葉を組み立てていく。


「故郷では炭焼きや陶器焼き、或いはもっと大きな火を焚いて十分な量を、季節を問わず入手ができていましてね。しかし国柄が違う事で難儀をしている次第なのです。こちらでならば、或いは同じ様に季節を問わず入手できるのではと。幾らあっても困るものではない、でしょう?」


 そうして栄治は、手元にある陶器の茶碗を手に持ち、敢えて指をさす。

 例えばそう、この陶器の釉薬にも灰は利用しているはずである、と思ったからだ。


 しかしそれ以上に、栄治はその些細な変化を見逃さなかった。


 コヴ・ヘスの目やまぶたの動き、頬骨の動き、視線の位置、鼻の高さ。

 感触を得た言葉は、陶器焼きではない。


「炭、ですか。となると、もしや、煙から水を作っていたりしないですかね。独特な臭いのする。」

 栄治がそう問いかけると、今度は露骨な変化。栄治の推測は、確信へと変わる。


 ここでは炭を焼いている。

 日常に炭を焼く習慣もなければ、陶器にも炭は「不可欠」とは言えない。


 この文化圏で、それと隠して炭を焼く。

 その意味は、その先があり、それを知られたくない事情がある。そう推測をする。


「紙と羽、インクをお借りできますか?欲しい物を具体的にお並べしましょう。」

 栄治はまだこの文化圏での文字について十分な把握をしていない。

 表音文字であることはなんとなく理解していたが、書き慣れていない上に、それが存在する言葉なのかどうか自信を持てない。


「灰の他に、モクサクエキ、というのと、この下のものは?文章の様ですが。」


「窯元に聴いてみてください。私の故郷の言葉でしてね。見事な器を焼くその場には、遠く離れた故郷の同胞やその子孫がいるかも知れないと期待をするものです。同じ事が書いてあります。」

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