領主たちの画策
サザウ国の通貨
近隣三国、かつてスラールと呼ばれた地域では、同様の通貨形態を取っている。
多く流通しているのは青銅貨である。
東スラール、今のバルドー国には豊かな銅鉱脈があり、スラール国建国以前より、銅を売り、錫を大国より輸入し、造幣し、流通させている。
それよりを希少としているのは真鍮貨。これもまた、他国より亜鉛を輸入し、造幣を行っている。
また少量の銀塊を貨幣として扱うこともある。
この流通は国内ではなく、バルドー国以東にある大国であり、渡航者による利用が主な流入源である。
ただ銅は錫、亜鉛とのみ同価値の比率でのみ取引を行われるため、銀塊は国家によって価値を定められ、国家の両替に寄って流通貨幣に改めなければ扱えない。
それよりも希少な金貨となると、より高価値での両替となるが、持ち込まれることは稀である。
銅の価値が錫や亜鉛の価値を定め、その取引は国内での銀や金を価値を決める。
ここ数十年は錫の価値、亜鉛の価値は銅を3として、錫が2、亜鉛が3。
また貨幣の主な鋳造はバルドー国であり、貨幣価値の主導権はサザウ国が握っている。
ただし、独立商人たちによる貨幣そのものを重用する流れは薄い。
現物での等価交換が主である。
貨幣そのものは独立商人たちが王族、領主、貴族などと取引をする際に現れ、または関税の支払いに主に扱われる。
貨幣は税の授受として使われることもあるが、これは領主、国とのやり取りで用いられる他、貴族間での取引に使われる。
サザウ国では、国家同士、或いは他国と領での取引の際には依頼書を求め、関税を加味した当価値交換が行われることすらある。
貨幣は欲しい時になく、しかして不要な時には貨幣しか無い。
その悩みは、貴族にも独立商人にも共通し、サザウ国内で長年蔓延する問題であった。
間の悪いことに、冬を前に、ディル領には貨幣がなかった。
これは積年の悩みの一つであったが、今年のそれは更に深刻である。
ディル領にとって貨幣の入手手段は海路を使った独立商人が港に関税として持ち込むものの他、他領で支払われた貨幣を商品を媒介にして集めるしかない。
幢子の問題がなくとも、年々この状況は深刻化しており、内政府への税の納入に腐心をするのは、コヴ・ヘスの頭痛の種であった。
ディル領とエスタ領の懇意はここにある。
リゼウ国と陸路で接点を持つエスタ領は、貨幣の所持に例年、若干の余裕がある。
税の納入は十分に賄え、関税を紙面上でのみ計算する「依頼書」でのやり取りすら迎合する風潮がある。
余った貨幣に使い道がないのは、エスタ領より先、リゼウ国へ陸路で向かう商人以外、国内を走り回る独立商人がそれを嫌い、むしろそれでの支払いを求めるからである。
よって、ディル領は税として得た木材や食料を、エスタ領は同価値の貨幣で両替をする。
そこで得た貨幣に、港で得た関税貨幣、港に定住する独立商人からの買い上げで得た貨幣を乗せ、漸く国庫への納税を済ませる。
ディル領の手元には、今年とても扱いにくい品として「陶器」が存在した。
それも、時間の経過によって延々と「増え続ける」のである。
まずはこの初期の陶器をエスタ領と一定数取引をする。ここまでが当初の計画であった。
だがこれでは翌年までに続々と届く陶器が行き場を失う。
それを王都での流通に求めたが、それは「鉄の皿」の登場で阻まれてしまった。
そこで、二領は共謀し、一つの画策を行う。
まず税の納入は冬季の間に国庫へ収めれば良いという前例を盾に、冬季交流に王領へ向かうことを遅らせる。
ここへ、ディル領の困窮と、コヴ・ラドの「ここだけの話」を流布する。
即ち「貧窮による秘蔵の陶器の放出」である。
実際にエスタ領へは陶器が運ばれる。
その噂が始まった頃に、実際にコヴ・ヘス自らが自領の港にて独立商人、果ては漁師とまで安値で陶器を交換する。
求めるものは幢子が求める貝殻や食料、木材の他、貨幣も引き取る。
そしてこれを冬季に王領へと向かう独立商人たちに目撃をさせる。
コヴ・ラドは王都の交流会で頃合いを見て、噂に加筆をする。
「ディル領は今年、貧窮を極めており、また彼の地から陶器を買い入れた。」
実際に、陶器は陸路を荷車で運ばれている。
しかしそれは、初めに買った陶器が移動しているのみである。わずかに追加で買い入れはしたが、実際に自領の館にて陳列を増やし、接客に用いるだけである。
そこへ、再びコヴ・ヘス自身が港へ足を運び、王領とバルドー国側へと流れる独立商人から陶器を使って貨幣を買い上げる。そこに、港での商取引での貨幣受領も上乗せをする。
続々と現れる目撃者と噂話が広まった頃。安価な陶器を求めて独立商人たちは動き出す。
彼らの手元には王領で取引したばかりの不要な貨幣があり、彼らは早くこれを手放したいと考えている。
そして、次の段階として秘蔵の陶器の「在庫」の陰りを匂わせる。
ディル領の港での貨幣との交換価格を釣り上げる。
そうすると独立商人たちは、大量に買い入れたと噂されるエスタ領へと荷車を向ける。
後はディルの港と、エスタの館で、陶器の価格を操作していくだけである。
冬季の中期が始まる前に、コヴ・ヘスとコヴ・ラドの手元には、二領の納税分を大きく超える貨幣が集まっていた。