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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
国家の転機
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国境線の向こうの男

草木灰

 草や木を燃やし、残った灰を総称的に指す。


 木を燃やせば、灰が出る。

 人類の歴史は火の歴史であると同時に、同じ量だけこの灰も生み出してきた。


 寒さに暖を取るために火を炊けば灰が出る。

 水を炊けば灰が出る。肉を焼けば灰が出る。


 単純に灰と言っても、色や燃焼具合から様々に分かれる。


 十分に燃え切らねば黒い粉末のすすと別の名称にもなる。

 大きく形状を持ったものを消し炭とも言う。


 これは酸素との結びつきが足りず、炭素原子同士が強く結びついたままの状態を指し、人体への悪影響を懸念される。或いは空気中に滞留する微量な煤は、強い熱量を得ると大気中の酸素の助燃性により再度燃焼元となる事もある。

 また白くなったものは空気中の酸素の接触を阻害する消火剤として機能する。


 燃焼元となった草や木の主成分と炭素の結びついた化合物の側面もあり、炭酸カリウムを含むものは酸化し過ぎた土壌を中和する土壌改良に用いられる事もある。

 水に溶き、釉薬、灰汁あく等と再利用されることも多い。



 コ・ニアは領主である父が冬季の貴族交流、まして今年に至っては様々な根回しに王都で東奔西走している間、エスタ領を実質的に任されている。


 領主一族のコとして、館にて領内の荷の移動や、来訪者への対応、諸問題への対応など、一定の采配は一任されており、領主不在の間、緊急性を伴うものについては決定権を持っている。


 この冬は特に館への来訪者が多い。独立商人の出入りが多く、懇意である商人の他、まるで縁がなかった商人まで街道を逸れ足を伸ばしてやってくる。

 そうした独立商人たちへの対応もまた、コであるコ・ニアの重要な役目であった。


 その日やってきた男は荷車もなく、館の門衛にコヴではなく、コ・ニアへの取り次ぎを願った。


 門衛はその男を過去に見た記憶があり、また同じくコ・ニアが応対した事に覚えがあったため、館の家令への確認を行った。

 丁度、急ぎの案件もなく、接客中でもなかった事もあり、許しを得て男は館の門の内側に通される。


「よう、ニアお嬢さん。邪魔するよ。」

 館の戸まで迎えに出た家令とコ・ニアに男は慣れた様子で声をかける。


「あら、今回は何をお求めですか?またお塩が欲しいのかしら。それとも貝殻?」

 覚えのある男の挨拶に、コ・ニアは微笑み返す。


「ま、似たような話ではあるんだが、鶏、送ったろう。感想も聞きたくてな。」


 応接間へと通された男に、家令が茶を差し出す。

 コ・ニアはまずその茶に口をつけ、そしてそれを勧める。


「どうも。これがくだんの陶器かい。ここに来る前に王都に寄ったが、酒場で噂に聞こえてきたぜ。」

 男はそういうと椀の色艶を眺め、茶を口に含む。


「おや、どんな噂でしょう。」


「あんたの所に出入りしてる懇意の商人が言ってた。浅からぬ仲のさる方から訳ありで山程、秘蔵の陶器を仕入れたってな。この茶、美味いな。故郷の茶に似ている。こいつも扱ってるのか?」

 男は茶を飲み干す。置かれた椀に、同伴する家令が改めて茶を注ぐ。


「今回のお求めは陶器かしら。それともお茶の方がお気に召しまして?」

「ま、そいつはまた今度なんだわ。あんたから買った塩と貝殻で扱える品を増やしてな。代わりに調達しなきゃならんものが増えちまってな。」


「それは素晴らしいお話ですね。私どもでご用意できる品かしら。御依頼書さえお持ちであれば、リゼウ国へご用意して運ばせますわ。ええ勿論、関所を通して。」

 コ・ニアは男の顔を見やると、静かに微笑む。


「まだその話をするか。わかってるよ。生憎、今は持ち合わせてないが、ちゃんと国主様からもぎ取ってくるさ。何せ、あんたから仕入れた品を使って、覚えが目出度めでたいからな。面倒なものまで貰っちまったが。」


「灰を仕入れたい。単価は知れてるだろうが、あればあるだけ買ってもいい。」


「あら、灰でしたら今は国中何処でも手に入るのではありませんか。わざわざ国境を超えて取引をせずとも御国元で苦労せず手に入るでしょう。」

 男は自身を微笑みながら表情を崩さず見つめるコ・ニアに、手元の椀を突き出す。


「冬の間はな。だが欲しいのは春から先ずっと。それも安定して、大量に。商品としての価値も問う。大量の灰を解って売ってくれる相手から、解って大量に灰を買いたいのさ。あんたにその仲介を頼みたい。」


「心当たりがあるんじゃないか?灰の出処に。」

 そうして男は、突き出した椀を指差してみせる。それでもコ・ニアは表情を崩さず微笑む。


「ここに来る途中、陶器を運ぶ荷車を追い越したが、あれは騙しだな。荷の上辺には陶器を並べているが、下は乾豆か何かだろう。その逆もだ。ここから出る荷車に袋一杯の乾豆と見せかけて、下には何か別のものを運ばせてる。俺の予想では、木材じゃないのか?」

 男の言葉を飲み込み、コ・ニアは作り笑いを止め、商人としての顔を見せる。


「もしそのような相手がいるのでしたら、と、コヴに伺ってみますわ。生憎、不在でして。」


「なるべくなら直接あって話したいと伝えてもらえると助かるね。そちらさんとも仲良くやりたいのさ。俺は一度国に戻って、一筆いっぴつ、依頼書をもぎ取ってくる。どうせ要るんだろ。」

 そうして男は話は終わったとばかりに席を立つ。コ・ニアもそれに合わせて立ち上がる。


「ええ勿論。密輸をお求めであれば、他をあたってくださいまし。」

 そうして微笑むコ・ニアに、男は背を向け手を降った。

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