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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
国家の転機
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文字数字と計算のその先

サザウ国 貴族。

 その多くはスラールからの独立、建国時に出資をし、支えた独立商人の一族。

 極一部に、後年の国家貢献と国家へのその資産の寄進によって貴族となった者が居る。


 基本的には貴族の子は貴族である。ただし厳密には幾つかの要件を満たす必要がある。


 まず、一族には当主を持つ。

 その当主は男女を問わないが、一族に一名である。これを「コヴ」とする。


 さらに四つある地方領主には特殊な慣習がある。

 次代当主候補である「コ」を一人、ないし数名持つ。


 「コ」を名乗ることができるのは王都の王立学校にて履修しその卒業を経た者、その中で当主の信任を得て、内政府へと届け出た者に限る。


 この領主一族の「コヴ」、「コ」をサザウ国では公的に貴族と認めている。


 更にその多くのコヴはコに対し、商人としての資質を問う。

 自らの下でその執務を手伝わせ、経験を積ませ、その中で最も優れたものを「次代のコヴ」として存命中に指名し届け出をする。


 仮にコヴが次代を指名せず鬼籍に入った場合、その任命権は内政府貴族院から推薦を経た候補者のコを国王が任命する。


 コヴ、そしてコを名前に頂く者は、その一族外からはコヴ、コとのみ略し呼称される事もある。


 家族や親しき仲、稀に目上の相手や敬う立場の者に、相手に直接名を呼ぶ事を許す。

 そうでない場合は、公的なものである以上、本人や周囲には侮辱や侮蔑であると受け取られる。


 稀に存命中にコヴを、次代のコヴへと譲位する場合もある。これは極めて少ない例ではあるが。

 その場合は、前任のコヴは貴族位に残る。しかし一族の最終的な決定権は持たない。



 コ・ジエは王立学校を優秀な成績を経て卒業をしている。

 彼よりも優れた成績を得たのは、同世代ではシギザ領主の一族のコ、内政府貴族院の有力議員の一族といった数名である。


 コ・ジエは彼らとはあまり親密ではなかった。

 親の世代からの軋轢、そして一族に於ける商人としての評価基準による価値観の違い、領土や国民に対する価値観の違い等がその要因である。


 むしろ、交流を行っていたのは、一つ上の階生で有力議員のコとなった者たちである。孤立していたわけではないが、同階生としては少数派であったの否めない。


 しかし下の世代であるコ・ニアに至っては孤立といっても過言ではない状態であったと聴いていた。


 国全体の主導権、少なくとも次代は、シギザ領やその親派が握ると考えられている。そしてそれはこの冬も着々と進んでいる。


 その日、未明から村には冷たい雨が降り続いた。


 窯場も、昨晩からの一号窯の火が炊かれ続けているのみで、村人たちは数日ぶりに腕の張らない休日を得ていると言っても過言ではなかった。

 村にやってきて十日を超えた青年団たちもこなれた表情を見せ始めている。


 しかし、その疲労色は強い。

 朝やってきた幢子に休日である旨を伝えられ、数名が教会へやってきて暖を取っていた。


「この村の連中は、なんというか、怖い時があるよな。」

 そう語る男は、その前の日、ちょっとした問題を起こしていた。


 慣れが余裕を経て、夕餉ゆうげの際に幢子に絡んだのである。


「確かにトウコは村の女にない色気を感じるし、まして無頓着だが、相手を考えた方がいいぞ。」

 その場の空気が一瞬にして変わったのが誰の目にも理解できた。


 村の大人は一様に手を止め、ただ黙して注視した。

 心地よく鳴っていたオカリナの音も止み、子供達はそれを不思議がる。


「この村に限ってコヴ様は、あのトウコだ。」


「身に染みたよ。だが守ること守れば、この村は飯もケチらないし、窯の当番さえなければ夜寝たら朝まで凍えず寝付きがいい。仮に当番でも朝から昼過ぎまで寝れて、遅い昼飯までくれるんだしな。」


 そんな教会に、コ・ジエが入ってくる。それに続いて小屋で休んでいたはずの青年たちもやってくる。


「どうしたんだ?今日は休みだろ。」

 小屋で手足を伸ばして休日を満喫していた連中の表情はやや重い。


「すまないが、諸君らにはこれから文字と数字の授業を受けてもらう。」

 コ・ジエの表情もまた重い。男たちを集め、文字の彫られた木版を広げるのであった。



「で、どうだったのかな、ジエさん。」

 夜の炊事を前に、幢子は火の落ちた仄かに熱の残る一号窯の中から声を出す。


「トウコ殿に字を教えていた時がどれだけ楽であったのか、思い知らされていますよ。」

 幢子は多種多様となった陶器を手に取り眺めながら、それを聴いている。


「文字版を彫ってあげたじゃないですか。せめて簡単な計算と、簡単な指示が読める所まで行かないと、それぞれの村に帰せませんよ。」

 子供と大人では基礎学習を行うのはその労力が異なる。幢子はコ・ジエにそれを感じてもらいたかった。


 村の子供達は既に、簡単な字や数字を読めるし書ける。

 幢子がよく行う手慰みの片手で三十一まで数えられる方法も、まるで遊びの様に習得してしまっていた。


「数字と計算を覚えれば、正確な時間把握や記録ができるんです。指示を与える他にも、問題が起こった時にそれを記録し、その記録が報告に乗れば、何をすればいいか検討しやすいでしょう。」

 それ自体はコ・ジエもよく理解している。

 王立学校に上る前までに父が付きっきりで教えてくれた文字と計算は、その後、どれだけ有利になったか数え切れない。


「それ教えても、紙とインクが山の様になければ、まだ意味はないでしょう。」


「だから作るんですって。鉄が出来たら直ぐにでも。素材はその場に大体あるんですから。」

 幢子の語る展望は、コ・ジエの頭を延々と悩ませる。


 文字数字と計算を知った先には困難ばかりがあるぞ、と先程の苦戦する青年たちの顔を思い浮かべながら嘆かずには居られなかった。

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